元ゴールドマン・サックス証券で、現在ビザスクCOOの瓜生英敏氏。
撮影:横山耕太郎
スポットコンサルのマッチングサービスを運営する「ビザスク」が発表した、米企業の買収。
ビザスクは約112億円で、同業の米企業コールマン・リサーチ・グループを買収するとしたが、取扱高を直近1年間で比較すると、ビザスクの約30億円に対し、コールマンは約58億円と約2倍の規模だ。
買収を発表した日の記者会見では、自社よりも規模の大きい企業の買収は、ビザスクにとって負担が大きいのではないかという質問に、ビザスク最高執行責任者(COO)の瓜生英敏氏は、こう言い切った。
「(買収の費用の償却のために)ビジネス成長のアクセルを踏めなくなることはまったく考えてない」
瓜生氏は東大大学院卒業後にゴールドマン・サックス証券に入社。約20年間M&Aを手がけ、東芝メモリ(現・キオクシア)の超大型売却をまとめたことでも知られる人物だ。
ゴールドマン・サックスを辞め、2018年からビザスクに参画した瓜生氏に、「なぜ取扱高2倍の企業を買収できるのか」と、資金調達を含めた今回のM&Aのカラクリを聞いた。
理由は「企業価値」の差
買収によってビザスクの取扱高は約30億円から約88億円に増える。
出典:ビザスク「米国Coleman社買収についての説明資料」
今回の買収が成立したポイントについて、瓜生氏は「企業価値に差がある」ことを挙げる。
株価と発行株数をかけた時価総額をみると、ビザスクは案件発表前で約300億円。これは30億円の取扱高実績の約10倍の金額にあたる。
もし仮に、コールマンも取扱高実績の約10倍の企業価値がある場合は、コールマンの取扱高58億円の10倍、580億円が企業価値ということになる。
しかし、今回の買収金額は日本円で約112億円。112億円という金額は、コールマンの取扱高の約2倍にすぎない。
コールマンは非上場企業であり、買収の金額はビザスクとコールマンの交渉で決まったが、なぜここまでビザスクに有利な金額で買収できるのか?
それは投資家の期待が、ビザスクの株価を支えていることが大きい。瓜生氏は次のように説明する。
「ビザスクは、相談のために知見を持つ人物とのインタビューをマッチングするサービス・ENS(Expert Network Service)の枠にとどまらず、知見を持つ複数の人物への一斉調査や、業務委託、社外役員登用などのサービスを展開している。
そのため顧客もコンサルなどのプロフェッショナルファームだけではなく、事業会社も多いのが特徴。それらの点を投資家が評価してくれているのではないか」
こだわったのは「創業者コールマン氏の再投資」
コールマン経営陣からも資金調達することが、今回の買収のポイント一つ。
出典:ビザスク「米国Coleman社買収についての説明資料」
資金調達の方法にもポイントがある、と瓜生氏は言う。
今回の買収に際して、ビザスクが資金調達する額は約129億円。その内訳は以下の3つに分けられる。
・40億円…みずほ銀行からの借り入れ
・75億円…新規の未公開株式。国内ファンド・アドバンテッジアドバイザーズから調達
・13億8000万円…コールマン経営陣+コールマン既存株主から調達
注目すべきは、コールマン陣営から調達する13億8000万円だ。
13億8000万円のうち8億円は、コールマンの創業社長のケビン・コールマン氏から、ビザスクに再投資してもらう形をとっている。
「今回の案件でこだわったのがこの部分。今後は、ビザスクとコールマンが一体となってプラットフォームを作っていくことになる。その時に、ケビン・コールマン氏にも一緒になってビザスクの成長にコミットしてもらえるように、立場を明確化した」
買収で得た資金で、親会社の株を買うという形は必ずしも一般的ではないという。
「普通に考えれば、会社を売って全額キャッシュでもらえれば、それはそれで良かったのかもしれない。しかも、米企業にとっては、日本というよく分からない市場の株式を敬遠することはよくある」
瓜生氏は「辛抱強く」説得にあったったという。
「日本のマーケットが安全であることを説明した上で、これから一緒にビジネスを成長させていこうと訴えた。もともと、世界展開という共通のゴールを持っていたので、最後には納得してくれた」
コールマン創業社長のケビン・コールマン氏は、ビザスクの取締役に就任する予定。
出典:ビザスク「米国Coleman社買収についての説明資料」
「成長が著しく鈍化するリスクは低い」
とは言え、年間取扱高が約30億円のビザスクが、112億円で企業買収するリスクは本当にないのか。
買収によってビザスクの成長が鈍るリスクについては、次のように話す。
「インタビューマッチングなどENS市場は、年に十数%の勢いで伸び続けている。ビザスクとコールマンが今までの戦略通りにやっていても成長できる状況にある」
ビザスクの2022年2月期第1四半期(3~5月)の取扱高は、前年比約89%増の9億8000万円と急拡大中だ。
「これまでと同じ成長率にはならないかもしれないが、買収によって、例えば成長が一気に5%まで落ち込むとか、著しく鈍化するリスクは低いと考えている」
また日本企業が、規模が大きい外国企業を買収した例はまだ少ない。
「別事業の会社を買収するのではなく、我々と重なるビジネスをしている。合併後の運営についても相対的にリスクは低い」
「人生は1回」ゴールドマン・サックスを退職
買収発表の記者会見を終えたビザスク社長の端羽英子氏(右)と瓜生氏。
撮影:横山耕太郎
今回の買収で存在感を示した瓜生氏とはどんな人物なのか?
瓜生氏は前述のように東京大学大学院を卒業後、1999年にゴールドマン・サックス証券に入社。
そこから19年間、投資銀行部門で国内外のテクノロジー企業のM&Aの助言業務を続けてきた。
「仕事はすごく楽しかったのですが、最後に東芝メモリーの売却事業を担当して、これで終わろうと思った。人生は1回。新しいことに挑戦したかった」
次の仕事を見つけずにゴールドマン・サックスを去ったが、2018年、最高財務責任者(CFO)としてビザスクに参画し、現在はCOOを任されている。
そもそもビザスク社長の端羽英子氏は、東大のテニスサークルの後輩。端羽氏も以前、ゴールドマン・サックスに在籍、瓜生氏と同じ部署におり、「節目節目で縁がある」という。
「ビザスクを選んだのは、日本の会社にとってすごく役立つサービスだと思ったから。日本は言語や地理的な観点で、情報収集が圧倒的にやりにくい国。そこに挑んでいくサービスに魅力を感じた。最初は新規株式公開(IPO)のお手伝いをするんだなと思って来たが、シンガポール拠点の立ち上げも担当し、できることならなんでもやってきた」
M&Aにもコロナ影響
そもそも、ビザスクではいつからM&Aを考えていたのだろうか?
「2020年3月に東証マザーズ上場し、そこから海外企業とM&Aを含め意見を交わしていこうと思っていたところにコロナがきた。
Zoomでもいいじゃないかと思うかもしれないが、一般的なM&Aの進め方としては、例えば『出張で来たので、ちょっと会いませんか』と経営幹部に連絡するのがよくあること。その意味ではコロナの影響は大きかった」
ビザスク上場から約1年半でコールマンの買収発表に到達したが、「条件を見ながら一歩一歩、段階を踏んでいった」と振り返る。
「経験上、企業を買いたいと思っていてもM&Aが成立する確率は低い。また今回のように、資金調達をする場合は、極端に言えば、自分の会社を売ることでもある。
その意味では、買う側と売る側をやることになるが、条件を検討していくなかで、やっと資金調達と買収条件の両方が整った」
アメリカに駐在し「橋渡し役」に
オフィス入り口にはいくつかの行動指針が書かれている。瓜生氏は「自由を自覚しているか」という言葉が一番好きだという。
撮影:横山耕太郎
瓜生氏は完全子会社となるコールマンの最高戦略責任者(CSO)を兼務し、今後はアメリカにわたり、コールマンとビザスクの「橋渡し役」を担う。
「ゴールドマン・サックスで何度もM&Aを手伝ってきたが、M&Aがクローズしたら仕事は終わり。その意味では、ここからは初めての挑戦になる」
アメリカ行きを控える瓜生氏だが、現在、情報収集のために使っているのが、ビザスクだという。
「宣伝するわけではないが、ビザスクのスポットコンサルを使って、企業を買収し、現地で働いたことのある経験者から話を聞いている。成功した方も失敗した方もいるが、それぞれ何を考え、どういうことが起こったのか。さまざまなケースを聞き、準備を整えているところ。
不安はたくさんあるが、これまで別々だった会社がどう家族になっていくのか、今から楽しみです」
(文・横山耕太郎)