芥川賞贈呈式に合わせ、漢民族の伝統衣装・漢服を着た李琴峰さん。
撮影:稲垣純也
「生まれてこなければよかった。いつからそう思うようになったのか、もはや思い出せません。(中略)生まれさせられてしまったことに対して、やり場のない怒りと絶望感を抱きながら生きてきました」
2021年8月27日、都内のホテルで開催された芥川賞の贈呈式で、李琴峰さん(31)はそう切り出した。
台湾出身の李さんは、日本語を母語としない作家としては史上2人目となる芥川賞を受賞。その快挙は日本国内だけでなく、台湾でも注目を集めた。
李さんはこれまでに、性的マイノリティーや日本に暮らす外国人が登場する小説を発表してきた。作品に共通するテーマは、「カテゴライズされる苦しみへの抵抗」だという。
芥川賞贈呈式のあいさつで李さんは、受賞決定の直後からSNSで「外国人は日本の悪口を言うな」「反日は出ていけ」などの誹謗中傷があったとし、こう続けた。
「『あなたは〇〇だから、〇〇であるべきだ。あの人は〇〇だ、道理で〇〇なわけだ』。彼らはそういう形で、本来であれば極めて複雑な思考を持つ人間を、極めて単純な条件反射的な論理によって解釈しようとします。
そのような暴力的で、押し付けがましい解釈は、まさしくこれまで私が文学を通して、私の文学を通して、一貫して抵抗しようとしてきたものなのです」
なぜ李さんは、マイノリティーを書き続けるのか?
意識したのは『1984』
『彼岸花が咲く島』を手にする李さん。「性別や年齢問わず多くの人に届いてほしい」と話す。
撮影:稲垣純也
芥川賞受賞作『彼岸花が咲く島』は、架空の〈島〉を舞台にしたファンタジー要素を含んだ設定の作品だ。これまで現代日本を舞台にしてきた李さんの作風とは一線を画する。
ただ過去の作品と共通するのは、ジェンダーや言語、国家について、一般的なカテゴリーには収まらない世界を描いている点だ。
小説は、記憶を失った一人の少女が〈島〉に漂流してくるシーンから始まる。〈島〉の人々は独自の信仰を持ちながら平穏に暮らしており、〈島〉には結婚という制度や家族という概念はなく、性別に関わらず希望者が子どもの世話を担っている。
「この小説を書くきっかけになったのは、2017年にデンマークへの旅行で訪れたクリスチャニアで見た光景。このエリアはヒッピーの聖地で、住民が独立した自治権を主張しており、エリアを出る門には『あなたは今、EUに入ろうとしている』と書いてある。
『もしこれが東洋、あるいは日本にもあったらどういう世界になるんだろう』という想像や妄想に繋がった」
〈島〉で住民が話す言語も特徴的だ。それらは李さんが日本語、中国語、台湾語などを混ぜて、この小説のために創作した新しい言語で、島の人の会話はその新しい言葉で交わされている。
「なんのシマ?」
「〈島〉は〈島〉べー」
「わたし。なんでここにいるの? ……わたしは誰?」
「リー、海の向こうより来(ライ)したダー!」(『彼岸花が咲く島』より)
「言語の実験をやってみたかった。SFの小説や映画では、言語の問題は解決された世界が多い。例えば、人間が団結して宇宙人と戦う話では、通訳システムを使って意思疎通することもある。でも人間が言語を乗り越えるのは、そこまで簡単ではないという思いもあった」
『彼岸花が咲く島』を書く時に意識したのはディストピア小説の金字塔『1984』(ジョージ・オーウェル著)だという。
「外の世界はディストピアかもしれないけれど、町の中は平和なユートピアがある。そんな世界を描きたかった」
LGBTとくくられ、そぎ落とされるもの
2019年の東京レインボープライド。同性婚などLGBTの権利を求める運動が、日本でも注目されている。
GettyImages
李さんはこれまで、性的マイノリティーなど、簡単にカテゴリーに括(くく)られてしまう存在を描き続けてきた。
2020年2月に発表した『ポラリスが降り注ぐ夜』では、新宿2丁目のレズビアンバーを訪れる同性愛者やトランスジェンダーの人々の苦悩や希望が、多面的に語られた。
「カテゴリーで括られることで多くがそぎ落とされる。マイノリティーの中にも、いろんな考えの人が、いろんな立ち位置の人がいるのはごく当たり前のこと。でも残念なことに、それを考えようとしない人が世界には多いのが現実だ。
LGBTとひとくくりにして、私の作品も『どうせLGBT小説なんでしょ』と言われることがある」
日本では性的マイノリティーに関する認知も高まっているが、そうした風潮に懸念も覚える。
「やってはいけないのはそこで思考停止すること。社会的な認知度が上がってきたから、パートナーシップ条例ができたからといって、『もう平等なんでしょ。これ以上何を求めるんだ』というふうになってはいけない。
LGBTという言葉がどんな社会的文脈で生まれ、どのような変化を経て、どのような多様性、異質性を内包しているのか。それを考えずにカテゴライズするだけではいけない。私には大きな影響力はないかもしれないけれど、文学の力で思考停止と戦いたい」
台湾で感じた息苦しさ
芥川賞贈呈式で李さんは「今日まで生き延びてこられたのは、他ならぬ知識と文学の力だったと思います」と話した。
撮影:稲垣純也
李さん自身、台湾でも日本でも、カテゴライズされることの息苦しさを感じてきたという。
「今でこそ台湾は先進的にみられますが、私が台湾に住んでいた2010年代前半までは、まだ閉鎖的な雰囲気があった。特に私は台湾の地方出身。あちこちで偏見にまみれている雰囲気に、自分もかなり苦しめられた」
ただ台湾にとって転換点となったのが、2014年に台湾の学生らが立法院を占拠したひまわり学生運動だったという。
小説『ポラリスが降り注ぐ夜』では、学生運動に参加した台湾の若者も登場する。
「本当に何かを変えることができるかはわからない。でもここにきて自分が少し変わったような気がする」
「どんなふうに?」
「デモとか、抗議とか、そんなのはテレビの向こう側の出来事だと思っていたし、政府が国民に対して暴力を行使するのは戒厳令解除前、つまり歴史教科書の中でしか起こらないことだと思っていた。そんな歴史が、今の自分に繋がっているんだなって」(『ポラリスが降り注ぐ夜』より)
李さんはひまわり学生運動は、「社会の雰囲気ががらっと変わるきっかけになった」と話す。
「台湾は2016年に政権交代し、2017年には同性婚を認めないことを違憲とした憲法解釈が示され、2年後には同性婚が法制化された。ただ、民法を修正して認めるべきかを問う国民投票で、同性婚の推進派が大敗したのは2018年のこと。今も保守派は少なくない」
「三十万人もの人間が陽射しの下に出てきて、私達に結婚の権利を与えるべきではないと訴えたんだよ。悲しくなっちゃうよね」と怡君は言った。言いながら鼻の奥がじんと痛み出すのを感じた。(『ポラリスが降り注ぐ夜』より)
政治問題「必要があれば避けずに書く」
撮影:稲垣純也
李さんの作品には、性的マイノリティーの問題だけでなく、政治的にも困難な立場に置かれている人々も登場する。
小説『星月夜(ほしつきよる)』(2020年7月発行)には、日本に留学する新疆(しんきょう)ウイグル自治区出身の学生が登場し、監視や弾圧の現実も描かれる。
「海外と通話すること自体が危険な行為で、無料通話アプリを使っているとはいえ、通話内容は全て政府によって傍受されていると考えた方が良い」(『星月夜』より)
また、新疆ウイグル自治区出身の彼女は自分が同性愛者であることに葛藤を抱えている。
「私が生まれたのは、とても小さな小さな村だった。(中略)同性愛者なんて聞いたこともなかった。もし本当に誰かの家にそんな人がいたら、それは不倫よりも未婚出産よりも恥ずべきことだったんだよ」
「でもあなたは今日本にいる」と私は言った。(『星月夜』より)
小説で政治や社会問題を扱うことをどう考えるか?
李さんは、きっぱりとこう答えた。
「小説で政治批判をしないといけないとは、全く思っていない。けれど、小説や芸術の一つの大きな役割は弱者の味方であることだと思っている。安易にカテゴリーを押し付けられてしまう弱者を描くために、政治や社会との関わりについて書く必要があれば、私は避けずに書きたい」
芥川賞の受賞は「3度目の奇跡」
初めて日本に留学したのは、東日本大震災の直後だった。「周りから日本行きを心配されたが、どうしても日本に行きたかった」。
撮影:稲垣純也
1989年、台湾に生まれた李さんは、ポケモンなどのアニメがきっかけで日本語を学び始め、大学生だった2011年には、1年間日本への留学を経験した。
2013年9月には早稲田大学大学院に入学し、日本語教育学を学んだ。卒業後は、大手企業に入社。正社員としてバックオフィス業務を担当した。
もともと台湾に住む中学生の頃から、中国語で小説を書いてきたが、日本で働きながら初めて日本語で書いた小説「独舞」が群像新人文学賞優秀作を受賞(『独り舞』と改題して出版)。作家デビューした。
来日当初から作家を目指していたかどうかを聞くと、「ないないないない。できるわけがないと思っていた」と笑いながら答えた。
「デビューできたことも奇跡だし、小説が書けるレベルまで日本語が上達したのも奇跡。そしてデビューから4年後に、芥川賞をいただけたことは3つ目の奇跡」
ただ母国語以外で小説を書くのは、苦労の連続だという。
「母国語じゃないので、自分の言語感覚を100%は信頼できない。99%までは大丈夫だと思えても最後の1%は自信が持てない。10万字あれば1%は1000字もあってかなり大変」
それでも日本語で小説を書き続けるのは、自分も文学によって救われてきたと思うからだ。
「文学によって狭い世界から解放された。自分と似たような、通い合えるような『生への痛み』を持っている登場人物が出てくる小説を読むと、共感や救われた感じがあった。
私の小説を読んで、やっと自分の声がすくい上げられたと思ってくれたら、本当にうれしい」
(文・横山耕太郎、写真・稲垣純也)