バイオテクノロジー業界では毎日のように資金調達額の記録が更新され、新会社が立ち上げられている。そこでInsiderは、バイオテック業界屈指の情報通であり、賢明なベンチャーキャピタリストたちに、最も胸躍るスタートアップはどこかを尋ねた。
取材に応じたのは、バイオテック業界で最も影響力のあるVC(アーチ・ベンチャー・パートナーズ、ニュー・エンタープライズ・アソシエイツ、サード・ロック・ベンチャーズなど)のベンチャーキャピタリスト合計12人だ。
選定にあたっては、VCの支援を受けている未上場のバイオテック企業で、今後1年以内に急成長すると思われる会社を挙げてもらった。24社の名前が挙がったが、本稿では調達額が1億ドル(約110億円)以上の12社に絞った。
製造プロセスの革命から、ソフトウェアやテクノロジーを取り入れた研究、医療を変える可能性を秘めた薬品の開発に至るまで、今後12カ月のうちに急成長するとベンチャーキャピタリストたちが予測するバイオテック12社を、アルファベット順に紹介する。
Arrakis Therapeutics(アラキス・セラピューティクス)
アラキス・セラピューティクスのマイケル・ギルマンCEO
Arrakis Therapeutics
推薦者:RTWインベストメンツのマネージング・パートナー兼チーフ投資オフィサー、ロデリック・ウォン
業務内容:RNAを標的とする、がんや神経系疾患、希少疾患向けの低分子療法の開発。
調達額:投資家から1億1500万ドル(約127億円)。さらに、製薬の世界的大手ロシュとの提携で1億9000万ドル(約210億円)
今後1年の成長が見込まれる理由:アラキス・セラピューティクスは、低分子によるRNAの調整を目指す企業だ。もしこれが実現すれば、これまでは医薬による介入ができないと考えられていた標的も狙える可能性がある、と投資家であるウォンは話す。
アルナイラム・ファーマシューティカルズによる初のRNA干渉治療薬の発売や、ファイザーやモデルナによるメッセンジャーRNAワクチンなどのおかげもあり、RNA創薬は医薬業界でトレンドになっている。
Benchling(ベンチリング)
ベンチリングのサジ・ウィクラマセカラCEO
Benchling
推薦者:ラックス・キャピタルのパートナー、ディーナ・シャキール
事業内容:ライフサイエンス企業のデータ管理支援としてクラウド・コンピューティング・サービスを提供。
調達額:3億1180万ドル(約344億円)
今後1年の成長が見込まれる理由:製薬業界が引き続き成長する中、投資家であるシャキールは、データ管理サービスなどの同業界向けのインフラは、さらに重要度を増すだろうと強気な見方をしている。
ベンチリングは、ギリアド・サイエンシズ、ビーム・セラピューティクス、エディタス・メディシン、ギンコ・バイオワークス、リジェネロンなど多くの企業を取引先とする。
同社に期待しているのはシャキールだけではない。インデックス・ベンチャーズのパートナー、ニナ・アシャディアンもまた、2020年12月に注目企業としてベンチリングの名前を挙げていた。
Boundless Bio(バウンドレス・バイオ)
バウンドレス・バイオのスタッフ
Boundless Bio
推薦者:NEA(ニュー・エンタープライズ・アソシエイツ)のゼネラル・パートナー、アリ・ベーバハニ
事業内容:バウンドレス・バイオは、染色体外にあるDNAの小片が、がんの成長を促進しているという考えを追究するバイオバンチャーだ。カリフォルニアに拠点を構え、いわゆる「染色体外DNA」の働きを抑制する医薬品の開発を目指している。
調達額:1億5100万ドル(約167億円)(シリーズBラウンドは1億500万ドルを調達して2021年4月にクローズ)
今後1年の成長が見込まれる理由:バウンドレス・バイオの広報担当者がInsiderに明かしたところによると、同社は今後12カ月以内に開発候補を決定したいとしている。
投資家のベーバハニはバウンドレスの取り組みについて、「これまで聞いたことのない考え方」だと称賛している。
Dyno Therapeutics(ダイノ・セラピューティクス)
ダイノ・セラピューティクスのエリック・ケルシックCEO兼共同創業者
Dyno Therapeutics
推薦者:フンボルト・ファンドのゼネラル・パートナー、フランシスコ・ドパソ
事業内容:人工知能(AI)を使った、遺伝子治療の提供に使われるアデノ随伴ウイルスベクターの設計。
調達額:アンドリーセン・ホロウィッツがリードして2021年5月に行われたシリーズAラウンドでの調達額1億ドルを含む、合計1億1100万ドル(約122億円)
今後1年の成長が見込まれる理由:遺伝子治療は、医薬品開発において最も注目されている分野の1つだ。しかし一部の製薬企業にとって、健全な状態の遺伝子をDNAに挿入することが困難なケースもある。
ダイノは、身体の深部に治療のために挿入する遺伝子を送る運び屋として、感染の危険性をなくしたウイルスの殻(キャプシド)を作っている。ノバルティス、サレプタ・セラピューティックス、ロシェの子会社スパーク・セラピューティクスの大手3社は、ダイノがいわゆる「ステルス・モード」から脱した直後に、提携を発表した。
「ダイノはすでに提携先がいますし、素晴らしい投資家も複数います。今後1年のうちに公開企業になるだけの全てを持ち合わせているのです」と投資家のドパソは言う。
Forge Biologics(フォージ・バイオロジクス)
左から:フォージ・バイオロジクス共同創業者ジェイソン・エイコルツ、ティモシー・J・ミラー、エランディ・デ・シルバ
Forge Biologics
推薦者:パーセプティブ・アドバイザーズのベンチャー・ポートフォリオ・マネジャー、クリス・ガラベディアン
事業内容:他社の遺伝子標的薬の製薬を支援しつつ、自社の医薬品も開発するハイブリッドな遺伝子治療企業。
調達額:1億6000万ドル(約176億円)
今後1年の成長が見込まれる理由:一般的に、医薬品メーカーは製造コストの問題に悩まされている。中でも遺伝子治療のスタートアップは、受託製造業者の順番待ちリストに載ったまま何カ月、何年も待たなければならない場合もある。
創業以来1年、フォージは契約顧客数を伸ばしており、投資家からの注目度も上がっている。シリーズAラウンドからわずか9カ月足らずとなる2021年4月には、シリーズBラウンドで1億2000万ドル(約133億円)を調達。投資家のガラベディアンによると、同社はIPOを検討しているという。
Insitro(インシトロ)
インシトロのCEO兼創業者、ダフニー・コラー
Insitro
推薦者:アーチ・ベンチャー・パートナーズのマネージング・ディレクター、ロバート・ネルセン
事業内容:予測機械学習モデルを使用し、製薬研究開発におけるボトルネックの解決や、創薬法の改革に取り組んでいる。
調達額:6億4320万ドル(約709億円)(2021年3月にはシリーズCラウンドで4億ドルを調達)
今後1年の成長が見込まれる理由:ネルセンは、機械学習やAIを活用し、医薬品開発プロセスを改善する。とりわけ、クリエイティブなコンピューターモデルを使い、発病の原因や病気が進行する様子を調べるインシトロの戦略は、際立っている。
2020年はインシトロにとって多忙な1年だった。筋萎縮性側索硬化症(ALS)でブリストル・マイヤーズスクイブと、非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)ではギリアド・サイエンシズと共同研究に励んだ。また、機械学習をベースとした分子設計によって大量の創薬候補を見出すことを可能にした大処理化学プラットフォーム、ヘイスタック・サイエンシズを買収している。
Korro Bio(コロ・バイオ)
コロ・バイオのラム・アイヤーCEO
Korro Bio
推薦者:NEAのゼネラル・パートナー、アリ・ベーバハニ
事業内容:オリゴヌクレオチドと呼ばれる、RNA治療薬を元にしたゲノム編集プラットフォームの開発。これらの薬品は、治療の一環としてRNAの遺伝子を1文字だけ変えることを目指す。
調達額:2020年夏にシリーズAラウンドで調達した9200万ドル(約101億円)を含む、合計1億500万ドル(約116億円)
今後1年の成長が見込まれる理由:CRISPRセラピューティクスの役員でもある投資家のベーバハニは、ゲノム編集技術CRISPRの次に来るものを常に探していると話す。
コロ・バイオがベーバハニの目に留まったのは、DNAではなくRNA編集に焦点を当てている点だ。ベーバハニによると、初期の結果では、RNA編集は、ゆっくりと分裂する特定のタイプの細胞をより効果的に治療できる可能性があるという。
「DNAを永続的に変えるよりも、RNA編集の方が適している疾患もあります」とベーバハニは話す。
コロの主要プログラムは、α1-アンチトリプシン欠乏症という遺伝性の肝臓および肺の疾患だ。2022年に最初の新薬候補を決める予定としている。
Maze Therapeutics(メイズ・セラピューティクス)
メイズ・セラピューティクスのジェイソン・コロマCEO
Maze Therapeutics
推薦者:アンドリーセン・ホロウィッツのゼネラル・パートナー、ベニータ・アガーワラ
事業内容:メイズは、膨大なデータセットの中から新たな標的となる遺伝子を見つけ、治療するための最善策を見つけ出すことに注力している。バイオテック業界ではほとんどの企業が、単一プラットフォーム技術の開発に振り回されているが、メイズは低分子、高分子、遺伝子治療を採用し、標的となる遺伝子に取り組んでいる。
調達額:同社が正式に創業した2019年2月に、サード・ロック・ベンチャーズとアーチ・ベンチャー・パートナーズがリード投資家となり、1億9100万ドル(約210億円)を調達
今後1年の成長が見込まれる理由:メイズにとって、今後12カ月は忙しくなりそうだ。メイズは2022年前期、同社初の新薬候補であるMZE001のポンペ病に対する臨床試験の開始を予定している。さらに同年、慢性腎臓病とALSに対する2つの新薬候補を先に進める見込みだ。
投資家のアガーワラは、ジェイソン・コロマを「素晴らしいCEO」と賞賛する。とりわけ、特定の技術を構築する代わりに、遺伝学を中心としたアイデアに注力するメイズの戦略を高く評価している。
「モダリティ(低分子化合物、中分子薬、蛋白質医薬、核酸医薬、細胞医薬、再生医療といった治療手段)にはとらわれないと断言するまでには、かなりの創造性と先見の明を要したはずです。人類の遺伝学に関する仮説を追求するために、彼らはあらゆる種類のモダリティを活用し、パイプライン(新薬候補)と複数のプログラムを開発しています」
National Resilience(ナショナル・レジリエンス)
ナショナル・レジリエンスのラフル・シングビCEO
National Resilience
推薦者:DCVCバイオの共同マネージング・パートナー、キルステン・ステッド
事業内容:2020年に創業したレジリエンスは、複雑な治療法を作り出すさまざまな企業を買収することで強力なグループになることを目指している。
調達額:2020年11月にクローズしたシリーズBでの7億5000万ドル(約826億円)を含む、合計8億ドル(約881億円)
今後1年の成長が見込まれる理由:レジリエンスは、莫大な資金を使い、さらなる製造能力を獲得してきた。
2021年3月には、ボストンにある31万平方フィート(約2.9万平方メートル)の工場をサノフィから取得。さらに7月、ノースカロライナ州ダーラムの遺伝子治療関連製品の製造工場をブルーバード・バイオから1億1000万ドル(約121億円)で買収した。取引が完了すれば、レジリエンスは、合計100万平方フィート(9.3万平方メートル)を超える10の製造拠点を北米に持つことになる。
投資家のステッドは、2021年の成長企業は「製造の制約を克服している」と話し、レジリエンスのアプローチは、テクノロジー・コストの削減と製造力の確保だと指摘している。
Synthekine(シンセカイン)
シンセカインのデバンジャン・レイCEO
Synthekine
推薦者:サード・ロック・ベンチャーのパートナー、アビー・セルニカー
事業内容:カリフォルニア州メンロ・パークに拠点を構えるバイオテック企業。免疫システム研究を応用して新薬を開発。
調達額:2021年6月にクローズしたシリーズBラウンドでの1億800万ドル(約120億ドル)を含む、合計1億8900万ドル(約208億円)
今後1年の成長が見込まれる理由:2020年9月にシリーズAラウンドで事業を本格スタートさせて以来、すでに急成長している。最近行った資金調達のおかげで、主要医薬プログラムで使用する概念実証用の臨床データを入手できるようになるはずだ。
同社は、自己免疫疾患やがんを標的とする主要試験薬について、今後1年以内には臨床試験を開始する予定だ。
投資家のセルニカーがシンセカインをとりわけ気に入っている理由は、彼女が生命科学の分野で「多才なイノベーター」と呼ぶクリス・ガルシアの存在によるものだ。ガルシアはスタンフォード大学の免疫学者で、自身のサイトカイン研究をもとにシンセカインを立ち上げた。
Tenaya Therapeutics(テナヤ・セラピューティクス)
薬剤開発施設で作業する科学者
Reuters
推薦者:RTWインベストメンツのマネージング・パートナー兼チーフ投資オフィサー、ロデリック・ウォン
事業内容:テナヤは、心血管疾患の治療用に遺伝子治療および低分子治療を開発している。
調達額:2021年3月にクローズしたシリーズCラウンドでの1億600万ドル(約117億円)を含む、合計2億4800万ドル(約274億円)
今後1年の成長が見込まれる理由:投資家であるウォンの目に留まったのは、テナヤの臨床前データだった。2021年4月に公開されたデータによると、マウスの心臓機能障害と筋肥大が同社の主要薬によって後退したという。
「私たちが期待するような、前途有望な新薬候補を実際に有する企業は存在するのです。非現実的なプラットフォーム技術ではなく、私たちが求めているのは常にこうした企業でしょう」とウォンは説明する。
テナヤは2022年、アメリカ食品医薬品局(FDA)に対し、2つの臨床試験を開始する許可を申請する予定だ。また、IPOでの上場手続きも進めている。
Umoja Biopharma(ウモジャ・バイオファーマ)
ウモジャ・バイオファーマのスタッフ
Umoja Biopharma
推薦者:DCVCバイオの共同マネージング・パートナー、キルステン・ステッド
事業内容:シアトルに拠点を構えるバイオテック企業。固形がん腫瘍の治療法を開発している。ウモジャの細胞治療は、患者の体内にあるT細胞を改変し、がん細胞を攻撃するようリプログラミングする作りになっている。
調達額:2021年6月、ソフトバンク・ビジョン・ファンド2とコーモラント・アセット・マネジメントが共同で主導したシリーズBラウンドで2億1000万ドル(約231億円)を調達。総額2億7000万ドル(約300億円)
今後1年の成長が見込まれる理由:細胞治療は参入企業が多く、競争が激化している。投資家のステッドによると、そんな中でもウモジャの取り組みは、体内のT細胞を改変する点に魅力があるという。
改変されたT細胞はその後、がん細胞を攻撃できるようになる。体内で施せる治療法をウモジャが開発できれば、医薬品開発と患者の治療プロセスを大幅に簡素化できる。
「ウモジャは間違いなく、2021年に成長するでしょう。同社の取り組みをあちこちで耳にするようになるはずです」とステッドは述べている。
(翻訳・松丸さとみ、編集・野田翔)
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