米労働省の発表によると、米国の2021年4月の離職者数は400万人にのぼった。マイクロソフトの調査によると労働者の41%が今年中の退職を検討中だという。また米世論調査研究所ギャラップの研究の調べでは、48%が実際に転職活動を行っているか、または新たな仕事の機会があれば検討したいと考えていることがわかった。
コロナ禍により観光業やホテル業など人員削減が生じた分野もあるが、テクノロジーや専門サービスの分野では人手が不足している。したがって、企業は才能ある人材を惹きつけるためには工夫しなければならない。
高い給料、高い評判、名の通った企業であるというだけでは、もはや人材を惹きつけることはできない。彼らが複数の会社からオファーを受けていたり、コンスタントに競合他社からもスカウトメールを受け取ったりしている場合はなおさらだ。
では、従業員や求職者が「本当に」求めている勤務条件や福利厚生とは何だろうか? 人事・採用の専門家らに取材した結果、5つの傾向が見えてきた。
1. 働く場所や時間は自由に決めさせてほしい
シカゴ大学、スタンフォード大学、メキシコ自治工科大学(ITAM)の研究者や教授らが共同で2021年6月に実施した「働き方・働く姿勢に関するアンケート調査」によると、「会社からフルタイムでのオフィス勤務に戻るように言われたら、在宅勤務が可能な他の仕事を探す」と回答した労働者は約35%にのぼった。うち約6%は、そうなった場合は次の仕事を確保していなくても今の仕事を辞めると回答した。
マサチューセッツ大学ローウェル校の経営学教授、キンバリー・メリマン(Kimberly Merriman)はInsiderの取材に対し、「誰もが在宅勤務を望んでいるわけではありません。ただ、これまで以上に仕事に自由度の高さが求められて(期待されて)います」と語る。
人事・人員管理プラットフォーム開発のヒボブ(Hibob)で最高マーケティング責任者(CMO)を務めるリアノン・ステイプルズ(Rhiannon Staples)も、仕事の自由度は企業が従業員に与えるメリットの中でも不可欠なものだと同意する。
リアノン・ステイプルズ
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「従業員たちは自分が求める条件で雇ってくれない会社に失望するようになりました。これまで自身が生産性の高い人材だと証明し続けてきた従業員に対して『オフィスに戻って仕事をしなさい』と言うのは、誠意がないと思われても仕方がありません」
もちろん、仕事の自由度というのは物理的な勤務地に限らない。
コロナ禍により、多くの企業は従業員が職場の外でも生産性を維持できるだけでなく、厳密なスケジュールで従業員を縛る必要もないことを認識した。
例えばソフトウェア管理会社アトラシアン(Atlassian)では、従業員がオンラインで対応しなければならない時間を1日4時間のみとしている。それ以外は、仕事をきちんとこなしている限り、どの時間帯に働くかは各従業員の裁量に委ねている。
国際的人材紹介会社ロバート・ハーフ(Robert Half)のシニアエグゼクティブディレクター、ポール・マクドナルド(Paul McDonald)は、こうした働き方を「ウインドウワーク(個々の仕事を窓枠のように時間枠で区切った働き方)」と呼ぶ。
ポール・マクドナルド
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「多くの労働者たちが自由度の高い働き方や、ウインドウワークへと移行しつつあります。仕事の自由度を高めれば、人材の定着率も高まります。能力が高い人の代わりはなかなか見つかりませんから、企業は高いスキルを持った人材の定着にいっそう注力しています」
ただし、仕事はすべて在宅でできるとは限らないし、すべて従業員の都合に合わせて片付けられるわけでもない。
求人検索サイトのアズーナ(Adzuna)の北米業務責任者、リリー・バレンティン(Lily Valentin)によると、医療の分野では、仕事の自由度のような従来型のメリットは必ずしも享受できないという。その代わりに、雇用主はワークライフバランスを考慮したり、子育ての負担を考慮したりするため、シフトや勤務時間の変更に努めている。
2. 心身の健康をケアしてほしい
コロナ禍以前は、多くの企業が健康と福利厚生を物理的な側面からだけ見ており、従業員の期待もそのようなものだった。しかしコロナ禍により、健康を身体的な健康だけでなく、精神的、感情的な健康も含む包括的な問題として扱うことの重要性が改めて浮き彫りになった。
国際従業員給付制度財団(International Foundation of Employee Benefit Plans)が実施した調査によると、調査対象企業の49%がメンタルヘルスに関する申し立てが「わずかに増えている」と回答し、14.5%が「大幅に増えている」と回答している。
同財団のコンテンツ担当副社長、ジュリー・スティッチ(Julie Stich)によると、調査対象企業の16%が「コロナをきっかけにメンタルヘルス関連の手当を拡充している」と回答したという。
スティッチによれば、コロナ禍以降に変化した点として、精神医療従事者が配置されたこと、社員支援プログラム(EAP)で利用できるサービスが増えたこと、マインドフルネスやレジリエンス(回復力)、カウンセリングへのサポートが増えたこと、メンタルヘルス向上のための休暇が増えたことなどが挙げられるという。
また、前出のステイプルズは法律で定められた休日に加えて「リセットデー」なる特別休暇を新設した企業もあると明かす。
「求職者や従業員が企業に求めるものが変わってきています。彼らは新しい仕事や今の仕事で成功するために、自分が会社から何を期待されているかだけでなく、従業員として会社からどんなサポートを受けられるのかを知りたがっているのです」と、給与・人事関連サービス、ペイチェックス(Paychex)の人事サービス担当ディレクター、アリソン・スティーブンス(Alison Stevens)は指摘する。
アリソン・スティーブンス
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会社から満足なサポートが得られない場合、従業員は転職を真剣に考えるようになっている。
「以前にも増してワークライフバランスが重要になっています。コロナ禍以前は、雇用主の多くが従業員には肩書を与えておけばいいと考えていました。しかし今では、肩書や給与といった従来の待遇よりも、その仕事によって得られる生活の質(QOL)の方が重視されるようになりました」とステイプルズは指摘する。
3. 在宅勤務手当を支給してほしい
コロナ禍以前は、大手テック企業は無料社員食堂、社内ランドリーサービス、社内フィットネスジムのような豪華な福利厚生でよく知られていた。
しかし、従業員が勤務の自由度を期待(要求)している今の状況では、そのような従来型の福利厚生は求職者を惹きつけたり従業員を引き留めたりするのに役に立たない。
そこで、代わりに在宅勤務手当や通勤手当を支給する企業が増えている。
「現在、求職者は少なくとも『在宅勤務になったことでコロナ禍以前にはかかっていなかった費用を補償してほしい』と考えています」と前出のマクドナルドは言う。高速インターネット、モニター、あるいは最低でもノートパソコンを持っていなければ仕事にならないため、そういったものがコスト増になっているためだ。
4. 子育て支援を手厚くしてほしい
子育てに関する支援は以前から多くの従業員が重視している点であり、その傾向は今後も続くだろうとスティーブンスは言う。そこへコロナ禍が発生したことで、多くの働く親たち、特に母親の負担が増えた。
グローバル開発センター(Center for Global Development)が2021年に発表した報告によると、2020年10月までの間に、平均的な女性が育児に費やした時間(無報酬)は173時間にのぼる。対して男性は59時間だった。
スティッチによれば、従業員のワークライフバランスを向上させるために社内託児所を設置した企業もいくつかあり、一例として2021年に社内託児所を開設した米ユタ州のSaaS企業、ポディウム(Podium)を挙げる。
ヒューマンリソースエグゼクティブの記事によれば、ポディウムの託児所は利用条件に当てはまる従業員が利用でき、生後6週間から5歳までの子どもを最大50人まで預かっているという。
5. 学びと能力開発の支援をしてほしい
コロナ禍をきっかけに、自分が仕事に何を求めるのかを改めて考えるようになり、個人の能力開発と成長に重きを置くようになったビジネスパーソンも多い。授業料や就学補助金、学習・自己啓発のための手当は、優秀な社員たちにとって価値あるものだ。
リリー・バレンティン
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「従業員は専門分野での成長実感が欲しいのです」と前出のバレンティンは言う。
このため、企業はメンター制度や学習・能力開発を売り文句にするような求人情報を掲載するようになってきている。バレンティンは言う。「この発想の前提にあるのは、従業員はただ雇われているだけではないという考えです。従業員とは、会社が投資すべきものなのです」
一人ひとりに合ったアプローチを
コロナ禍で従業員が期待しているのは、ありきたりの福利厚生だけではない——Insiderの取材に応じた専門家たちの意見は、この点で一致している。
「現在の売り手市場では、企業は人材を惹きつけようとユニークな策の打ち出しに躍起になっていますが、最終的には、今の従業員に合った福利厚生パッケージを設計・変更することになるでしょう」とスティッチは言う。
フィデリティ・インベストメンツ(Fidelity Investments)のグローバルコンサルティングプラクティスリーダー、ジャン=フィリップ・プロボスト(Jean-Philippe Provost)がInsiderに語ったところによると、従業員の福利厚生はここ20~30年間ほとんど変わっていないという。
ジャン=フィリップ・プロボスト
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「コロナをきっかけに、雇用主も従業員も会社の福利厚生について考え直すようになりました。思い切った改革をしようと努力する企業ほど、うまくいくでしょうね」
従業員の声に耳を傾けず、従業員が必要とする福利厚生や待遇を提供しようとしない企業は、新しい人材はおろかそれ以上のものを失うことになると前出のスティーブンスは言い、「事業の存続すら危ぶまれる」可能性があると警鐘を鳴らす。
メリマンもこう指摘する。「(会社に不満を抱く従業員は)最終的に退職するか解雇されるまで、業績や企業文化を損ねるおそれがあります。会社として最も憂慮すべきはそういった類の従業員たちです」
プロボストは、企業はまさにこうした脅威から、従業員の期待や要求にかなった方針へと転換し導入するのでは、との期待を込めてこう語る。
「この移行はかなり大きなものですから、多少の時間はかかるでしょう。ただし今後、この方向に向けて具体的な行動を起こす雇用主が増えてくれば、行動を起こさない雇用主は影響を受けることになる。そうやって労働環境全体で機運が高まっていくのではないでしょうか」
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・常盤亜由子)