人工知能(AI)・統合データ分析プラットフォームのデータブリックス(Databricks)のメンバー。
Databricks
この1年の間に、オープンソース(=プログラムをインターネット上で一般公開しているソフトウェアもしくはその取り組み)スタートアップ4社が素晴らしい成功をおさめた。
2021年7月、人工知能(AI)・統合データ分析プラットフォームのデータブリックス(Databricks)が16億ドル(約1760億円)の資金調達を発表、評価額は380億ドル(約4兆1800億円)に達した。
データセキュリティのオペーク(Opaque)はシードラウンドで950万ドル(約10億円)の資金調達を発表した。
ブルームバーグ報道(6月11日付)によれば、AIチップ設計のサイファイブ(SiFive)はインテルから20億ドル(約2200億円)超の買収提案を受けたという。
分散コンピューティングのエニスケール(Anyscale)は2020年10月、シリーズBラウンドで4000万ドル(約44億円)を調達したと発表している。
上記4社の共通点は、いずれも米カリフォルニア大学バークレー校のコンピュータサイエンス専攻のラボ(研究所)から生まれたこと。どのラボにも、在籍期間が5年間に限られるという珍しい伝統が受け継がれている。
2017年設立の「RISELab(ライスラボ)」は最も新しいラボだ。
米カリフォルニア大学バークレー校コンピューターサイエンス専攻の学生たちが所属する「RISELab」の紹介動画。
UCB RISELab YouTube Official Channel
所属する学生たちに与えられる時間はわずか5年で、オープンソースのテクノロジーのみを駆使して、AIなど各専門分野における具体的な問題を解決しなくてはならない。
しかし、そうやって自らに時間制限を課す仕組みは間違いなく良い結果を生み出している。
オペークとエニスケールはこのRISELabから、データブリックスはRISELabの先達で2011年に開設された「AMPLab(アンプラボ)」から、サイファイブはさらにそれより以前に設置された「ParLab(パルラボ)」から生まれた。
データブリックスのアリ・ゴディシ共同創業者兼最高経営責任者(CEO)と、サイファイブのクルステ・アサノビッチ共同創業者兼チーフアーキテクトは、現在もRISELabの客員教授を務める。
データブリックス(Databricks)共同創業者兼最高経営責任者(CEO)のアリ・ゴディシ。
Databricks
また、各ラボはアマゾンやグーグル、インテル、フェイスブック、マイクロソフトなど大手テック企業から数百万ドルの資金提供を受けている。
オペークの共同創業者であり、RISELabの創設者のひとりでもあるラルカ・アダ・ポパは、「ラボに集う才能、(講義や研究の)形式、実績が相まって、いまも脈々と受け継がれているのです」と語る。
5年間の研究期限を設定する意味
ここまで紹介したようなラボの存在は、オープンソース研究がいかにして商業的な成功に結びつくかを教えてくれる。
冒頭の4社はいずれも開発したソフトウェアのソースコードを開放しており、誰でも無料で使用し、加工できる。
開発者はもちろん、銀行などの大企業も簡単にソフトウェアを手に入れられるということは、裏を返せば(ソフトウェアを開発した企業にとっては)多様かつ多数の支持者を得られるということでもある。
例えば、評価額380億ドルのデータブリックスは、AMPLabにおけるビッグデータ分析向けのオープンソース分散処理フレームワーク「Apache Spark(アパッチ・スパーク)」の研究プロジェクトから生まれた。
また、エニスケールが開発を進めるオープンソース分散コンピューティングシステム「Ray(レイ)」も、RISELabの研究プロジェクトから生まれたものだ。
エニスケール共同創業者兼CEOのロバート・ニシハラは、5年間という限定された在籍(研究)期間のおかげで、学生たちは自己満足に陥る間もないと指摘する。
「5年間という時間軸を設定することで、研究者たちは解決すべき最も重要な問題は何かを考え直し、5年ごとに自ら研究の軌道修正を行うようになるのです」
ニシハラはこうも語る。
「ラボに集う研究者たちはみな意欲的な人ばかりで、しかもきわめてクリエイティブで学際的。すぐに結果を出すことにばかりこだわるカルチャーだと、大きな問題に取り組む余地がありません」
左からエニスケール(Anyscale)共同創業者のロバート・ニシハラ、イオン・ストイカ、フィリップ・モリッツ。
Anyscale
スタートアップとラボを行き来する教授も
各ラボでは、巨大IT企業との独自性の高いコラボレーションも行われている。
研究者たちはフェイスブックやグーグル、ツイッターなどの企業を直接訪ね、現場の抱える問題を特定し、解決に取り組む。
RISELabのディレクターで、データブリックス、エニスケール、オペークの共同創業者でもあるイオン・ストイカはこのコラボについて次のように説明する。
「ラボが企業から得るものはすべて『ギフトマネー』です。対価として何かを提供する義務はありません。企業が本当に期待を寄せているのは、次のトレンドを見つけ出し、その流れに乗ることなのです」
RISELabのディレクターで、オープンソース3社の共同創業者でもあるイオン・ストイカ。
Databricks
スタートアップに移っては戻ってくる教授もラボには少なくないが、これもアカデミズムの世界では珍しいことだ。
レースキャピタル(Race Capital)のアルフレッド・チュアンによれば、博士号取得者は「寄り道をせず教壇に立ち、研究を続ける人がほとんど。ストイカのようにラボとスタートアップを行き来する人はめったにいない」と言う。
ラボで研究中の学生がスタートアップに移ることもある。
例えば、データブリックスのニシハラCEOと並ぶ共同創業者のフィリップ・モリッツは、ストイカと組んでエニスケールを創業している。
サイファイブのアサノヴィッチ(チーフアーキテクト)、ユンサップ・リー(最高技術責任者)、アンドリュー・ウォーターマン(チーフエンジニア)は、同社の基盤となるオープンソースのAIチップを学生時代に開発した当事者で、同社を共同創業している。
オペークのシードラウンド資金調達に参画した前出のチュアンによれば、ベンチャー投資家たちもこうしたラボ発の研究プロジェクトに目を光らせており、目ぼしいスタートアップがローンチしたらすぐにでも出資する姿勢で狙っているという。
RISELabは5年の節目を迎えようとしている。
また、新たに2つのラボが生まれようとしている。一方はクラウドコンピューティングと(複数のクラウドをブロックチェーンで結ぶ分散型の)スカイコンピューティングのような新たなコンセプトがテーマ。もう一方はプログラミング言語がテーマという。
データブリックスのゴディシCEOは、バークレーのラボでの経験をこう語る。
「世界を変えられる、何もかも変えられる、やりたいことを何でもできる、そんな感覚を抱ける場所なんです」
(翻訳・編集:川村力)