「Not the 社長 Type」な女性新社長が率いる、スリーエム ジャパンのこれから

「ポスト・イット® ノート」などで知られる、1902年にアメリカで創業した世界的サイエンスカンパニー3M。その日本法人スリーエム ジャパンの新社長に、2021年6月、宮崎裕子氏が就任した。

キャリアの前半は弁護士として、後半は組織の中で法務のプロフェッショナルとしての道を歩んできた宮崎氏。入社4年目と社歴が比較的浅く、事業部経験のない人物が企業のトップに抜擢されるのは異例の出来事とも言える。宮崎氏の目から見た3Mのイノベーションの源泉、そして今後目指したいリーダー像について聞いた。

「自他共栄」の精神がイノベーションをもたらす

宮崎氏

宮崎裕子(みやざき・ひろこ)氏/スリーエム ジャパン代表取締役社長。1969年、埼玉県生まれ。慶応義塾大学 法学部 卒業。ワシントン大学法科大学院 知的財産法・政策学コース 修了。1996年、最高裁判所司法研修所 修了(48期)、弁護士登録、尚和法律事務所(現・ジョーンズ・デイ法律事務所)入所。2001年、あさひ・狛法律事務所(現・西村あさひ法律事務所)入所。2004年、Davis Wright Tremaine LLP(シアトル)入所。2005年、ニューヨーク州弁護士登録。2006年、あさひ・狛法律事務所へ復帰。2007年、デル株式会社 入社 法務本部 本部長 ジャパンリードリーガルカウンセル。2013年、日本アルコン株式会社 入社 法務コンプライアンス本部 部長。2017年、スリーエム ジャパン株式会社 入社 ジェネラルカウンセル 執行役員 法務及び知的財産担当。2021年6月から現職。

——宮崎社長がスリーエム ジャパンに入社したのは2017年。その前後で、自社に対する印象はどのように変わりましたか?

グローバルで5万5000種類を超える製品数や年間平均約4000件に及ぶ特許取得数など、人々の生活をさまざまな側面から支えている3Mのサイエンスカンパニーとしての存在感はデータを通じて把握していました。しかし、なぜ長年にわたりイノベーションを生み出し続けられているのか、その理由は入社するまでは、はっきりとは分からなかったんです。

秘密は3Mの「人」にありそうだとだんだん分かってきたのは、実際に働き始めた後でした。入社したばかりの私に対して、社員たちはこぞってアドバイスをしてくれたのです。部下であっても、他部署であっても、相手に自分の経験を積極的に提供する「コラボレーション」、日本で言うところの「自他共栄」の精神が根付いている。イノベーションの源泉は、こうした社員のマインドにあるのだと認識しました。

——なぜ「自他共栄」の精神が、イノベーションに結びついていると考えたのですか。

イノベーションは、結び付くと思われていなかった「既存の知」同士の出会いによって生まれるケースが多い。「自他共栄」の精神は「既存の知」同士の出会いにつながります。3Mには技術者同士が横に連携するカルチャーがあり、さらに技術を事業部だけでなく社内全体で活用できる環境が整っています。

3Mでは、全社で「既存の知」を蓄積、共有するための基盤技術「テクノロジープラットフォーム」があります。技術は事業部ではなく会社が所有しており、事業部を超えた技術の活用にもハードルが存在しないため、他者との議論の中で「あの技術はこの分野の問題解決に使えるのでは?」といった柔軟な発想が生まれやすいのです。

またイノベーションを促す要因としては、3Mで脈々と受け継がれてきた「15%カルチャー」という不文律も影響が大きいと思います。

——「15%カルチャー」とは何ですか?

「ビジネスに役立つ」と考えられることであれば、自分に与えられたテーマとは別に労働時間の15%までを費やしてその研究などに取り組むことが認められているのです。例えば、当社の代表製品の一つである「ポスト・イット®ノート」は15%カルチャーから生まれました。

最近の例では、医療現場で物資が不足しているニュースを聞いた社員が部署を超えて連携し、15%カルチャーを活用してわずか3週間で「3Mフェイスシールド」を開発・製造し、1万枚を厚生労働省に寄贈しました。

フェイスシールド

提供:スリーエム ジャパン

特徴的なのは、この取り組みが「不文律」であるということ。明文化されたルールではありませんが、研究開発部門の社員を中心に根付いています。

——なぜ、あえて「不文律」という形式を取るのでしょうか。

ルールにした途端、人は、能動的に行動する活力が失われてしまうのではないでしょうか。「やろうと思っていた矢先に、先生や親にやれと言われるとやりたくなくなる」という経験は誰しもあるかと思いますが、それに近い感覚です。やはり、ルールではなくマインドのあり方が重要です。

ルールに関しては、私は法務時代から「インテグリティ(誠実性)の価値観は、ルールで縛っても浸透しない。自分事として、腹落ちする必要がある。そのためには、トレーニングも楽しくしたい」と考えてきました。

社長になった今も、自主的に楽しく働く社員をいかに後押しするかは重要なテーマです。楽しいから働く。好きだから働く。社員がそう思える環境こそが、3Mの強さの源ですから。

STEM教育支援、映画製作、人事……「DE&I」への本気度が違う

_MA_4362

──3MはD&IにEquity(公正・公平)の概念を加えたDiversity、Equity & Inclusion(DE&I)をグローバルで推進し、STEM教育支援にも活かしていると聞きました。具体的にどのような取り組みをしているのでしょうか。

3Mは長年、STEM(Science, Technology, Engineering and Mathematics)分野と技能スキルの次世代向け教育活動に力を入れてきました。次世代を担う子どもたちに科学への関心を深めてもらうため、国内主要拠点で「3M夏休み子ども科学実験館」を開催するほか、家庭で楽しく科学を学べるようオンライン学習コンテンツ「サイエンス アット ホーム」を無料公開しています。

このSTEM教育支援の中で大切にしているのが、それぞれの個性を活かすこと。2021年の6月には3Mがプロデュースした「Not the Science Type(理系じゃないタイプ)」というドキュメンタリーフィルムを公開し、STEM分野におけるさらなるインクルージョンの必要性、そして「いわゆる科学者として想像されるような人物像」の固定観念にとらわれることなく自己実現できる、というメッセージを社会に訴えました。

固定観念にとらわれていた自分に気が付くということは、実は私自身も経験しました。私は、社長候補の指名を受けた際に、自分は「Not the 社長 Type(社長じゃないタイプ)」だと思ったんです。3Mという理系のイメージが強い企業のリーダーには、もっとシニアで事業部経験の長い人がなるものだと思い込んでいました。しかし、「大切なのはチャレンジ精神だ」とグローバルのボードメンバーの言葉と上司になる人との対話から、固定観念に縛られていた考え方から脱することができたのです。

入社4年目で事業部経験のない51歳の女性を社長に指名するのは、会社にとっても、勇気のいる決断だったと思います。ダイバーシティへの取り組みを表明していたとしても、ここまで振り切った人事ができる会社は少ないのではないでしょうか。

──DE&Iの日本での推進にあたり、宮崎社長が大切だと考えているのはどのようなポイントでしょうか。

日本でポイントとなるのは、「個々人の考え方やライフスタイルなどは一人ひとり異なる」という本来当たり前のことを前提として、会社の目的に向けて統合することだと考えています。

まず、3Mとして譲れない核となる価値観はある。この価値観を具現化するための方法論、例えば、個々の経験の活かし方、それぞれの社員のライフスタイルは、100人いれば100通りあります。その違いが3Mの核となる価値観と整合していれば尊重していきます。

例えば、午後5時のミーティングと子どものお迎えが重なってしまった場合、かつては「ミーティングを優先すべし」という考え方を良しとしていたかもしれませんが、「お迎えに行くほうが大事」と考える社員の考え方も大事にします。その両方の考え方を尊重して、3Mの目的を達成するために統合していくことが肝要です。

こうしたインクルージョンの前提となるのは、「自分がどうしたいのか」を周囲に伝えていく一人ひとりの姿勢です。変に空気を読んで周囲に合わせてしまうのはよくありません。

——宮崎社長のDE&I推進の原動力になっているのはなんですか?

それは、人は多かれ少なかれ少数派である要素をもっているが、その自分をあるがままに活かして自己実現をしていくことこそが人生である、という信念です。私自身も、中学、高校、大学、その後の社会人生活でも、取り組んでいることや女性であること、子どもがいることなどで所属組織の中では少数派になることが多かったのですが、やりたいことに取り組んできました。

人と自分が違うのは当たり前。自分自身の価値観をその都度表明すればいいと思って、タフに過ごしてきたんです。

しかし、シアトルの法律事務所では、今までと同じようにはいかない時期もありました。思うように組織に貢献できていないと思える状況で周囲に引け目を感じ、人と関わるのを初めて億劫に感じてしまって自分が活かせていませんでした。

ただそこから、日本で働いてきた実績と日本語が使えるという違いを活かして、自分のやりたいことを周りに伝えて、できなかったことではなく昨日より今日できたことを意識して過ごしていたら、事態が好転してきました。この経験から、人との違いを活かし、成長していける楽しさを知ったのです。自分の意思を表現することが大切です。

3Mでは、自分の価値観を表明する姿勢を「スピークアップカルチャー」として推進しています。これはDE&Iの前提として非常に大切な文化です。ただ、自分の力だけでは十分に意見を出しきれない社員、自分の価値観がまだ明確ではない社員もいると思いますし、上司と部下との1対1のミーティングで引き出したり、明確にしたりする手助けをするなど、上司による日頃のコミュニケーションを通じたサポートと環境づくりが重要だと考えています。

経験のないことに挑戦する姿を見てほしい

画像

──DE&Iの推進は、3Mのイノベーションの源泉でもあると感じました。

その通りです。今お話しした「スピークアップカルチャー」に加え、顧客の立場に立って物事を考える「Customer At Core(お客様を中心に)」の精神もまた3Mらしいと思っています。

当社では社員のベストプラクティスをシェアする機会が多くありますが、そこで社員が熱く語るのは、いかに顧客の課題を見つけ、その課題を解決に導いたかのストーリーです。「コンパッション(共にいる力)」の重要性がビジネス界で注目されていますが、まさに顧客の立場に立っている現れだと感じています。

そもそも、人間は本来的に「人の役に立ちたい欲求」を抱えているものです。売り上げなどの内向きな事情だけにとらわれるのではなく、お客様の役に立ちたいという純粋なモチベーションで働ける環境を守っていきたいですね。

——スリーエム ジャパンの社長として、会社を今後どのようにしていきたいですか?

今回ご紹介したような3Mの優れたカルチャーを維持し、一人ひとりが仕事を通じて自己実現をはかっていける会社にしたいです。組織で働く身である以上、受け身になりそうな瞬間はあるものですが、自分たちに関することは自分たちで決めていくという意思を手放してはいけません。

3Mでは、「Work Your Way(ワークユアウェイ)」という取り組みの導入を考えています。出社、在宅またはその両方のハイブリットなのか、働き方を会社が指示するのではなく、社員の希望をもとに上司と相談して決めるというものです。こうした「個人の価値観を尊重する取り組み」の積み重ねが大切だと考えています。

——個人としては、今後どのようにありたいですか。新しいロールモデルとしての活躍を期待する声もあるのではないでしょうか。

そうですね。ただ、ロールモデルを目指すというのは、少し違うなと最近は感じているんです。キラキラした存在よりも、経験がないことに対して必死にチャレンジする自分でありたい。もがきながら挑戦する姿を見てほしいと思っています。

今までの私は、法律という枠組みの中で判断する世界に軸足を置いて生きてきました。枠組みについては、スペシャリストとして正しく伝えなければならないという意識が常にありました。しかし、社長の仕事は枠組み自体をデザインすることです。前例のない状況でもその時々の最善を尽くし、舵取りをしていくのが使命だと思っています。キャリアの中で初めて経験する「枠組みをデザインする世界」を泳いでいくことは、私にとって大きな挑戦だと感じています。

——初めて飛び込んだ「枠組みをデザインする世界」を、泳いでいけそうですか。

泳いでいきたいですね。ある分野の経験の浅さは、裏返すと、新鮮な視点で物事に取り組むことができる強みになると考えています。「Not the 社長 Type(社長じゃないタイプ)」と考えていた私自身が社長として働く姿を見て、「なんだか楽しそうにやってるな」と思ってもらえたら嬉しいですし、社員の皆さんがより自分の幸福を追求しながら働ける環境をつくりたいです。

画像5


スリーエム ジャパンについての詳細はこちら

Popular

Popular

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい

広告のお問い合わせ・媒体資料のお申し込み