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二酸化炭素排出量の削減、いわゆる脱炭素をめぐる欧州の自動車業界の動きは、新車販売台数のマーケットにも反映され始めた。
欧州自動車工業会(ACEA)が公表したEU(欧州連合)27カ国の2021年上期における乗用車の新車販売台数のデータ(7月16日発表)の結果は興味深いものだった。
乗用車の新車登録台数の動力源別構成比率(図1)を確認すると、ガソリンやディーゼルといった温室効果ガス(GHG)を多く排出する車種の比率が徐々に低下している一方で、ハイブリッド(HV)やプラグインハイブリッド(PHV)、電気自動車(EV)といった電動車(低公害車)の比率が着実に上昇していることが分かる。
欧州でHV/PHVの比率が急拡大、日系も一部好調
とりわけEUが重視するEVの場合、2018年には新車登録台数のわずか0.9%に過ぎなかったのが、2021年上期には6.7%まで上昇した。一方で、それ以上に市場が急拡大しているのが日系メーカーの得意とするHVやPHVの比率だ。HVの比率は4%から18.9%に、PHVも0.9%から8.3%にまで上昇した。
【図1】EU27カ国の新車登録台数(乗用車)の動力源別構成比率。上期の登録台数は前年比25.2%増だが、コロナ以前の2019年に比べると、依然として150万台ほど少ない536.2万台だ。。
出所:欧州自動車工業会(ACEA)
こうした流れを反映しているのだろう、HVやPHVに強みを持つ日韓メーカー製車両の登録も堅調だ。
2021年上期の新車登録台数に占めるトヨタグループ(トヨタ及びレクサス)のシェアは6.3%、また韓国のヒュンダイグループ(キアおよびヒュンダイ)も7.6%とそれぞれ前年上期(5.9%と6.9%)から拡大している。
7月6日(現地時間)、TMMF(トヨタ モーター マニュファクチャリング フランス)はヤリスクロスのヨーロッパ生産開始を発表した。
出典:トヨタ
うちトヨタは7月、欧州市場向けコンパクトSUVである「ヤリスクロス」の生産をフランスで開始したと発表した。将来的なEVシフトを見据えつつ、自社が得意とするHVに関してもまだ市場が広がる余地が大きいという判断のようだ。なおトヨタは現在、2030年までに欧州での新車販売の100%を電動化(HV/PHV含む)するという目標を掲げている。
規制強化で「EV普及」せざるを得ない懐事情
EUで、EVのみならずHVやPHVといった電動車一般の普及が進んでいる最大の理由は、企業平均燃費(CAFEと呼ばれる)規制の強化にあると考えられる。欧州委員会は2020年より、完成車メーカーに対して課す総販売台数の二酸化炭素排出量(CO2)の平均値の上限を走行1キロメートル当たり130gから95gに引き下げた。
完成車メーカーはこの基準を1g超えるごとに「その年に販売した新車1台当たり95ユーロの罰金を支払う」必要がある。欧州最大の完成車メーカーであるフォルクスワーゲンの場合、欧州市場向けのEV及びPHVの供給台数を2020年は前年の4倍に増やした。それでもCAFE規制に及ばず、1億ユーロ(約130億円)を超える罰金を科された。
コロナショックに伴う経済対策の一環として、EU各国の政府が電動車の購入支援策(補助金の給付など)を講じていることも、市場の拡大に貢献していると考えられる。
気になるトヨタの動き
2017年のフランクフルトモーターショーで展示されたトヨタ・プリウスのプラグインハイブリッド(PHV)モデル。
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ところでEUは、2035年までに新車販売をゼロエミッション車、つまりEVと燃料自動車(FCV)に限定するという野心的な方針を示している。とはいえ、ガソリンスタンドの代わりを果たす「充電スタンド」などのインフラ整備も進んでいない現状で、完成車メーカー各社はEVだけに注力するわけにいかない。従って、排出削減が見込めるHVやPHVの供給も重視せざるを得ない。
こうした状況を見据えて、トヨタは欧州事業でも攻勢をかけていく判断をしたようだ。
トヨタは6月、「欧州での新車販売を2025年までに現状の1.5倍に相当する150万台に引き上げる」という目標を掲げた。提携関係にあるルノーの下で欧州事業の合理化を図る日産や、欧州事業の再構築を進めるホンダとは、文字通り対照的な攻めの姿勢だ。
原理主義的なEU vs. 現実主義的なアメリカ
アメリカ合衆国コロラド州の油井。背景に見えるのはロッキー山脈。
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EUでは、欧州委員会が2035年までに新車販売をゼロエミッション車に限定するという目標を取り下げない以上、「HVやPHVの新車販売は2035年まで」という時間制限がついてまわる。
言い換えれば、欧州委員会はHVやPHVの新車販売をあくまで経過措置として容認しているに過ぎないわけだ。
EUとは真逆の考え方を示したのが米国だ。米国のバイデン政権は8月5日、2030年までに新車販売の50%をゼロエミッション車に限定するという、EUに比べると控えめな目標を示した。何より米国の目標がEUと異なるのは、米国の場合はガソリン車やディーゼル車の登録の道を残していることだ。また米では「ゼロエミッション車」の中にPHVが含まれる点もEUとは違う。
これには、両地域がもつ産業の違いが大きく影響している。
米国の場合、自らが世界最大の産油国であるため、石油業界に対する配慮が欠かせない。さらに中道左派の民主党としては、多くの雇用を抱える自動車メーカー、いわゆる旧ビッグ3(GM、フォード、スランティス傘下のクライスラー)との関係も重要だ。さまざまな利害が関わる以上、変革は緩やかに進める必要があるという現実主義的な考えが、米国の方針からは窺い知れる。
もちろん温室効果ガスを十分に削減できる算段があるからこそ、米国はEUに比べると控えめなEVシフト目標を設定したはずだ。とはいえ自国の市場の構造を踏まえたうえで、合理的な目標を定めようとする米国は、原理主義的なEUに比べると、「しなやか」と評価できる。簡単には他者に惑わされない真の大国としての余裕が米国にはある、とも言える。
理想と現実の乖離をEUはどう処理するのか
欧州委員会の野心的な意向もあり、EUの完成車メーカーはEVシフトに備えて、バッテリー生産拠点などの整備を進めている。そうは言っても充電スタンドなどの整備は、そう簡単には追い付かない。むしろHVやPHVも容認していく方向が、本来なら欧州でも現実的だ。
需要が追い付かないという厳しい実情もある。中欧の大国ポーランドの英語ニュースPolish News Bulletinが伝えたところによると、同国では国民の多くがEVの購入に対して後ろ向きであるようだ。
そもそも(注:収入が先進国に比べ十分ではないポーランドでは)中古車のニーズが高く、高価な新車のEVなどに手が出ないのが実情だという。こうした国は中東欧を中心に少なくない。
結局のところ、欧州委員会が描く理想と現実の間には大きな隔たりがある。
脱炭素化という山頂を目指すに当たり、自らの体力を考えずに一番険しいルートを選んだのがEUと言えるかもしれない。
(文・土田陽介)