イラスト:iziz
シマオ:佐藤さん、今回は、ちょっと驚きのご相談が来ています! 早速お便りを読んでいきますね。
“外食産業大手で7年ほど働いています。配属された店の常連さんと話していたら、彼を介して中東の豪族の一人から息子のように気に入られてしまい、金を出すからオーストラリアで一つ、勝負してみてはどうだ、と言われています。
こんな話あるんでしょうか。ただただ驚きの連続です。彼はユダヤ人が始めたスイスの某私立学校に学んだそうなのですが、その学友のトルコ人VIPを紹介してもらうなど、目まぐるしい日々です。
こんな話も、海外に住んでいたら珍しくもないそうなのですが、佐藤さんなら、いかにして真贋を見極めるでしょうか。まだ、確証を得ていません。”
(Tackyさん、30代後半、男性、会社員)
注:お便りが長文でしたので、編集部にて要約させていただきました
信頼できる約束は「具体性」を伴っている
シマオ:Tackyさん、お便りありがとうございます! 映画みたいな話で、にわかには信じがたいですね……。こんなうまい話、あるんでしょうか?
佐藤さん:海外に行けば、このような話は珍しいことではありません。例えば、中東の王族には莫大な資産を持っている人も数多くいます。そうした人たちの中には、面白い人がいれば気軽に投資してみて、感謝されることが趣味という人がいます。
シマオ:趣味がいいのか、悪いのか……。
佐藤さん:中東だけでなく、中央アジアやロシアなどにもいますから、Tackyさんが出会ったのはそういう人かもしれません。
シマオ:では、信じてもいいんですかね?
佐藤さん:ただ、このお便りの内容だけでは、あまり具体的な事項が分かりませんので、真贋の区別は難しいです。まずは、その出資者がちゃんとお金を出してくれるか確認しましょう。飲食店を始めるのであれば、渡航費から店の建設費、開店当初の人件費など数千万円単位のお金が必要でしょう。それを実際に出してくれるのかどうかは最低限、確かめなければなりません。
シマオ:オーストラリアに行ってみたもののお金はなかった、なんてことになったら大変ですもんね。
佐藤さん:信じられる約束は、固有名詞や具体的な金額、期日を伴うものです。それがないのであれば、怪しいと思ったほうがいいでしょう。
シマオ:なるほど!
佐藤さん:当然のことですが、経営リスクもあります。初期投資をしてくれたとしても、事業がうまくいくかどうかは、Tackyさん次第です。仮に倒産して負債を抱えても、出資者は助けてくれないでしょう。彼らにとっては、あくまで遊びみたいなものですから。
「一生モノの負債」になるからこそ、裏を取る
イラスト:iziz
シマオ:うーん、悩みますね。もし僕がその立場だったら、受けるかどうか……。
佐藤さん:もし、この人物からの提案が具体性を伴っているならば、そんなに悩むことはありませんよ。舞台を用意されて「踊ってみないか?」と言われているのです。特に失うものがないのなら踊ってみればいいんです。人生の後悔には2つあります。やってみて失敗したのなら、それは仕方ありません。やらなくて後悔するのなら、それは取り返しがつかないのです。
シマオ:失うものかぁ……。
佐藤さん:大手企業に勤めて安定した収入を得ているほうが自分にとってよいなら、それを失うことはリスクでしょう。それでも何とかなると思うなら、チャレンジしてみればいいのではないでしょうか。ただ、この手の話には、もう一つ注意しておくことがあります。
シマオ:何でしょうか?
佐藤さん:Tackyさんが仮に今後どれだけ成功したとしても、その出資者に頭が上がらなくなる。そういう力関係の中に入るということです。出資者から何か頼まれたら、全てのことに優先して取り組まなければなりません。それを疎かにすれば「恩を仇で返すのか?」ということになる。そういう意味では、一生モノの負債とも言えます。
シマオ:一生モノの負債って、重い響きですね……。でも、その王族の方をそんなに信じていいものなのでしょうか?
佐藤さん:人の信用を確かめる際に、私がやっていることがあります。例えば、紹介もなく飛び込みで私に会いたいという人がいても、いきなり会うことはありません。必ず、共通の知人を3人見つけて、裏を取るのです。
シマオ:3人なら、だましようがないですものね。
佐藤さん:この方法は、ビジネスパーソンが重要な仕事をする際にも役に立つと思います。
インテリジェンスのプロは、どうやって真贋を確かめる?
シマオ:外交の世界でインテリジェンスの仕事をしていると、やっぱり偽物の情報をつかまされてしまうこともあるのでしょうか?
佐藤さん:危険はありますが、偽情報をつかまされるような人はそもそも情報担当の外交官やインテリジェンス・オフィサーではいられません。というのも、情報の世界で一度でも偽情報を見抜けなかったら、その時点で「退場」させられるからです。
シマオ:厳しいですね……。
佐藤さん:それは他の世界でも同じですよ。捏造記事を一度でも書いた新聞記者は、その後同じ仕事はできませんよね。
シマオ:たしかに。とはいえ、そういう情報の真贋を見極めるにはどうすればいいんでしょう。何か訓練みたいなものがあるんですか?
佐藤さん:方法の一つは、共通の話題を見つけて掘り下げていくことです。例えば、情報の世界では、5年程度学年がずれている設定にして「中学が一緒でした」などと言って近づくことがあります。共通の友人はいないけど、先生ならお互い知っています。そこで、「〇〇先生は英語の発音がよくない」といったことを調べ、相手に信じ込ませる訳です。
シマオ:へえ! たしかに、そう言われたら親近感が湧いてしまいそうです……。
佐藤さん:人は一度信用した人のことは、どこまでも信用してしまいますからね。これを見抜くには、その中学にいたのなら絶対知っているであろうことを掘り下げて、確かめることです。
シマオ:例えば?
佐藤さん:私は中学時代、西本郷団地というところに住んでいました。国鉄(現JR)の大宮駅から宮原というバス停まで東武バスが出ていたのですが、中学の同窓生と名乗る人物がいたら、「高崎線の宮原駅までバスで結構時間がかかりましたね」と話しかけてみる。それで相手が同意したら、嘘だと見抜けます。
シマオ:どうしてでしょう。
佐藤さん:当時の東武バスは、宮原駅まで行っていなくて、だいぶ手前の宮原メディカルセンターで終点だったんです。そこから駅まで歩いていかなければいけないので、地元では不評でした。そのことを知らないのであれば、「同窓生」ではありえません。現在は宮原駅まで行くので、昔のことを知らない人は間違えます。
シマオ:さすがプロだ……!
佐藤さん:本当のプロは、こういうところも数年がかりで頭に叩き込んできます。それをインテリジェンスの業界用語で、東側の旧KGB系ではレゲンダ(伝説)、西側のCIA系ではカバー・ストーリー(経歴偽装)と言います。
シマオ:素人では絶対に見抜けませんね。
佐藤さん:そうですね。ただ、具体的に出資してくれる人物は誰なのか、ちゃんと期日までにお金が出てくるかなどを確認すれば、大概の嘘は見抜けるはずです。あとは、チャレンジするかしないか。具体的な進捗があったら、ぜひお知らせください。
シマオ:Tackyさん、ご参考になりましたでしょうか。くれぐれも慎重に、でもチャレンジ精神は大切に、ということです。だまされないよう注意してくださいね!
そして、最後に少し告知です。佐藤さん、以前連載していた『「はたらく哲学」を教えてください』が書籍化されるそうですね!
佐藤さん:はい。『仕事に悩む君へ はたらく哲学』(マガジンハウス)として発売予定です。連載でお話ししたことだけでなく、新しい内容もたくさん追加しました。書き下ろしマンガも入って、非常に読みやすくなっています。
シマオ:どんな内容になっているのでしょうか?
佐藤さん:コロナ禍で時代が変わる中で、ビジネスパーソンに求められるスキルも多様化しています。ただ、慌てることはありません。「自分なんてダメだ」と落ち込む必要はなくて、今の自分のまま、少しだけ知識やコツを身につければいいんです。読んでいただくことで、仕事や人生に対する不安も和らぐ。そんな本になっています。
シマオ:ありがとうございます! それでは「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。次回の相談は9月22日(水)に公開予定です。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、イラスト・iziz、編集・野田翔)