褒めてもらえると思ったのに
目玉焼き作ったことはありますか? まったく料理をしない人でも一度や二度は作ったことがあるのではないでしょうか。
あなたがもし誰かに「目玉焼きを作って」と言われたら、どうしますか?
まずは材料の用意から。卵、油、塩、コショウを準備して、フライパンをコンロで熱します。熱くなったフライパンに油を引いたら卵を割り入れ、塩コショウで味を整えて、目玉焼きのでき上がり!
さっそく依頼主のもとへとその目玉焼きを運びながら、あなたは心の中で思います。見た目も綺麗だし、サッと作ったわりにはおいしそう。きっと満足してくれるはず——。
Daniela Simona Temneanu / EyeEm/GettyImages
ところが、その依頼主は褒めるどころか、文句を言い出したのです。
「え、この目玉焼き、半熟じゃないの? 付け合わせは? ベーコンとレタスは必須でしょう! しかも味付けは塩コショウだけ? 醤油たらしてほしかったなぁ」
褒めてくれると思っていたのに、さんざんな言われようです。曲がりなりにも手間暇をかけて作ったのに、どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。
実はこの「目玉焼き作り」のエピソードの中に、プロジェクトマネジメントの成功に必要なエッセンスが隠されています。
今回のお題は、「目玉焼き作って」というものでした。では、冒頭のパラグラフの「目玉焼き」を「企画書」に置き換えてみましょう。こんな具合です。
企画書を作ったことはありますか? まったく企画業務をしない人でも一度や二度は作ったことがあるのではないでしょうか。
そんなあなたが、「目玉焼き」ならぬ「企画書」を作ってと依頼された。依頼主はおそらく上司か顧客でしょう。そして、あなたが作った渾身の企画書を見るや、不平不満を並べ始めます。
「え、この企画書、クライアント提出用じゃないの? 予算の根拠は? 事前の社内稟議は必須でしょう! しかもフォーマットはドキュメントだけ? スライドでも用意してほしかったなぁ」
これと似たようなことが、ひょっとしてあなたの周りでもよく起きていませんか?
目玉焼きなら笑い話で済むかもしれませんが、実際の仕事でこんなことが起きたらシャレになりませんね。どうすればいいのでしょうか?
目玉焼きプロジェクトを成功させるには?
仕事の大半はプロジェクトだと考えることができます。そこで、今回の「目玉焼き作り」もプロジェクトだと考えてみましょう。
プロジェクトを開始する際には、必ず「3点セット」が必要です。順に紹介しましょう。
(1)ゴール:何を、誰のために、どうやって?
今回の「目玉焼き作り」は、このゴールが不明確でした。ゴールを明確にするには2つポイントがあります。
1つ目は「目的」です。誰が何のためにこの目玉焼きが必要なのかということです。
もう1つが「QCD」の優先順位です。QはQuality(品質)、CはCost(コスト)、DはDelivery(納期)。つまり、どのような品質の目玉焼きを、どれくらいのお金をかけて、いつまでに作るのかということです。
誰だって「品質が高くて、コストは少なく、納期は早い」がいいに決まっています。しかしこの3つが同時に成立することはまずありません。だからこそQCDの優先順位を明確にすることが必要になります。
(2)体制:プロジェクトオーナーとプロジェクトマネジャー
3点セットの2つ目は「体制」です。
どのプロジェクトにも必ず登場するのが、「プロジェクトオーナー(発注者:PO)」と「プロジェクトマネジャー(受託者:PM)」の2名です。これに、目玉焼きの例では登場しませんが、実際のビジネスでは「プロジェクトメンバー(M)」が複数いるケースが大半ですね。
POはやりたいこと、つまりゴール(目的とQCDの優先順位)をPMに伝える責任があります。もし仮にPOがゴールを確定していなければ、それを確定させる権利と責任はPMにあります。
今回の目玉焼きプロジェクトでは、POがゴールを事前に伝えなかったこと、そしてPMがゴールをあらかじめ確認しなかったことに問題があったわけですね。
(3)スケジュール:いつまでに?
最後が「スケジュール」です。最終成果物である目玉焼きをいつまでに作り上げるのか、その間にどのような段取りを踏むのか、といったことを明確にします。
ゴール、体制、スケジュールの3点セットは、プロジェクト成功の必要条件です。
私がいたリクルートテクノロジーズでは、この3点セットが整っていないものはプロジェクトとして認められず、議論の俎上に載せられることもありませんでした。必須条件すら固まっていないものについて議論をするのは時間の無駄、というわけです。
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うまくいかないプロジェクトの特徴
これまでに数え切れないプロジェクトに関わってきた経験から言うと、うまくいかないプロジェクトにはいくつかの共通点があります。
ゴールが不明瞭
まず多いのは「ゴール」が不明確なケース。目的を盛り込みすぎて混線している例もよくあります。「目玉焼きを作る」というゴールのはずが、いつの間にか「付け合わせはグアンチャーレとパスタにしよう」などと誰かが言い出し、もはや朝食用なのか夕食用なのかわからなくなるようなものですね。
こうなってしまう要因はPOにもあります。どうしてもてんこ盛りにしたがるPOと仕事をする場合は、目的を「Must(必須なもの)」と「Want(できれば欲しいもの)」の2段階に分けるのがコツです。
メインディッシュは何にしたいのか。目玉焼きではなくカルボナーラを「Must」にして、グアンチャーレは手に入らないかもしれないから「Want」としよう、などという具合です(出発点は目玉焼きだったはずですが、このように途中で目的が変わることもありえます)。
グアンチャーレ入りのカルボナーラ。もはや当初の「目玉焼き」は影もないが、プロジェクトにはこういうことも付きものだ。
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QCDの優先順位が曖昧
また、QCDの優先順位も不明確なことが多いものです。たいていどのプロジェクトでも「品質が高くて、コストは少なく、納期は早い」を目指しがちですが、基本的には無理筋です。
特に「品質神話」が根強い日本では、品質という目に見えにくいものにこだわりがちです。しかも、相手が認知できる品質ではなく、自己満足の品質を追い求める人が多いのも困りものです。グアンチャーレを探しに行って、夕食に間に合わなかったら意味がありません。
これら3点セットをプロジェクトの初期に確定させることが、成功の必要条件となります。
コミュニケーションの齟齬を防ぐには?
さて、POと打ち合わせの結果、目玉焼きプロジェクトはカルボナーラプロジェクトに変更になりました。
そうなるとまた食材を買い出しにいく必要がありますし、カルボナーラの作り方も調べなければいけません。1人では手が足りないので、プロジェクトメンバーを増やすことにしました。
先ほどお話しした「ゴール、体制、スケジュール」の3点セットは、プロジェクトメンバーが増えたときにこそモノを言います。
大規模なプロジェクトほどこうした事前確認はきちんとなされるのでそれほど心配はないのですが、問題は少人数のチームでプロジェクトに取り組む場合です。
人数が少ないと「わざわざ明文化するほどのことではない」と錯覚し、3点セットが明示されていないこともよくあります。
しかし少人数のプロジェクトだからといって侮ってはいけません。メンバー間で起きるコミュニケーションの齟齬はたいてい、ここでの一手間を惜しんだせいで生じるものだからです。3点セットは、簡単でもいいのでできるだけドキュメント化しましょう。そうすれば、メンバーが新しく追加された場合でもすぐにキャッチアップが可能です。
相手の力量に合わせて仕事を「因数分解」する
さて、PMであるあなたは、プロジェクトメンバーに仕事を割り振ります。どのように仕事を依頼しますか?
単に「目玉焼きを作って」「買い物に行ってきて」ではうまくいかないことは、もうお分かりですよね。
人に仕事を依頼する際のポイントは、相手の力量に合わせて持てる荷物の大きさに分解すること、これに尽きます。
ここに重い荷物があったとします。力持ちの人なら難なく持てるかもしれませんが、力がない人には酷でしょう。力がなくても運べるように、相手の力量に合わせて荷物を小分けにして、持てる重さにする必要があります。
プロジェクトマネジャーは、メンバーの力量に合わせて仕事を因数分解しよう。
Ghislain & Marie David de Lossy/GettyImages
この「相手の力量に合わせて荷物を小分けにする」作業を、私は「因数分解する」と呼んでいます。
実はこの「因数分解力」は、仕事においてとても重要なものです。にもかかわらず、あまり訓練されていないスキルでもあります。
因数分解力は、仕事の段取りを整えるときに役立つだけでなく、仕事相手の力量を推し量る際や、業務改善や課題解決(例えば「どうすれば時間を短縮できるか」「どうすれば品質を高められるか」など)をする際にも有効です。
初めて仕事をする人の力量を、因数分解力を使ってどう推測すればよいか分かりますか?
このときに有効なのが、次の3ステップです。所要時間はたったの1時間30分。これで相手の力量を把握し、コミュニケーションの齟齬なく仕事を進めることができます。
(1)30分間でメンバーに依頼したい仕事内容を説明する
(2)30分間でメンバーにどのような段取りでやるのか考えてもらう
(3)30分間でメンバーとその段取りを確認し、力量に合わせてアドバイスする
(1)でのポイントは、上述した「ゴール、体制、スケジュール」の3点セットを伝えること。そして、メンバーからの質疑応答にはきちんと回答するということです。
それを受けて、今度はそのメンバーに仕事の段取りを考えてもらいます。仕事の力量は、その段取りの仕方に如実に表れます。つまり、(3)でそのメンバーが話す「段取り」を聞けば、相手の力量がだいたい把握できるわけですね。
例えばあなたが、「プロジェクトの事前準備をしてほしい」と依頼したとします。もし依頼された相手が、
- ゴール・体制・スケジュールの3点セットに因数分解し、
- 現在分かっていること/分かっていないことを伝えてくれて、
- それをどうやって把握しようとしているのか伝えてくれる
……ここまでできる人物なら100点です。その人にはこれ以上の因数分解は必要ありません。
目玉焼きのケースであれば、こんな感じでしょうか。
「私ならまず、卵、油、塩、コショウを準備します。卵は冷蔵庫にあるので買い出しの必要はありません。次にフライパンをコンロで熱します。フライパンに油を適量入れ、その後卵を落としてしばらく焼きます。最後に塩、コショウをかけてでき上がりです。所要時間は保守的に見積もって20分でしょうか」
この人は、目玉焼きを作る工程を5つの段取り(材料の準備、調理器具の準備、調理後にフライパンからはがしやすい工夫、調理、仕上げ)に因数分解できていますね。これを聞けば、PMであるあなたは相手がどうやって目玉焼きを作ろうとしているのかが非常に具体的にイメージできるでしょう。
あとはこれに、必要に応じてあなたからアドバイスを返します。例えば、「おいしい目玉焼きを作るコツは温度と時間管理。卵は冷蔵庫から取り出してすぐに調理するのではなく、あらかじめ常温に戻しておくといいよ」などといった具合です。
これらの段取りを知らないことが分かれば、あなたも指示を出しやすいわけです。
因数分解ができるようになると、チームでの仕事がしやすくなります。因数分解をすることで課題が特定できるため、仕事を前に進めやすくなるからです。そこで次回は、因数分解をする際のポイントをさらに掘り下げ、具体例とともにご紹介したいと思います。
※次回は、10月8日(金)を予定しています。
(連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
中尾隆一郎:中尾マネジメント研究所代表取締役社長。1989年大阪大学大学院工学研究科修了。リクルート入社。リクルート住まいカンパニー執行役員(事業開発担当)、リクルートテクノロジーズ社長、リクルートワークス研究所副所長などを経て、2019年より現職。株式会社「旅工房」社外取締役、株式会社「LIFULL」社外取締役、「LiNKX」株式会社非常勤監査役、株式会社博報堂DYホールディングス フェローも兼任。新著に『自分で考えて動く社員が育つOJTマネジメント』がある。