ニューヨーク大学で心理学を教えるジェイ・バン・バベル准教授によると、多様性への取り組みはほとんどが深く掘り下げられていないという。
Insiderが実施した調査では、企業の管理職の73%が、自分の会社では職場の従業員構成の多様性を高めたいと考えていると答えた。しかし、リーダーが多様性の目標を設定するには、歴史的に疎外されてきた従業員たちをサポートできるような準備が必要であり、そのためにはアイデンティティがどのように作用するかを十分に理解する必要がある、とバン・バベル准教授は指摘する。
「チームにさまざまな視点を持つメンバーがいることは素晴らしいことですが、リーダーがチームの考えをひとつにまとめることができなければ、個人の能力の単なる合計以上のパフォーマンスを発揮することはできません。これはリーダーシップの重要なポイントですが、多様性のメリットを引き出すための重要なポイントでもあります」
個人とチームのバランスに目配りしたリーダーシップを
バン・バベル准教授は、リーハイ大学(Lehigh University)のドミニク・パッカー(Dominic Packer)教授と共同で執筆した著書の中で、リーダーがチームの中でさらに信頼できる関係を築くために活用できるツールについて具体的に説明している。
2021年9月に刊行された『The Power of Us(未訳:「私たち」という力)』には、バン・バベル准教授とパッカー教授が世界中から集めた研究成果がまとめられている。彼らの研究成果は、現代のリーダーたち、とりわけ企業大国アメリカが多様な才能を採用し、定着させようと努力している今の時代のリーダーらには大いに示唆に富むものだ。
この本の中心的なテーマのひとつは、個人の人間関係(従業員の目標を観察し、従業員1人ひとりが見守られていると感じられるようにすること)とチーム全体(ビジョンを共有し、仲間意識を築くこと)のバランスをとりつつリーダーシップを発揮する方法だ。
バン・バベル准教授とパッカー教授は、職場におけるアイデンティティの力を引き出す方法に関し、リーダーシップについての重要な洞察をInsiderに語った。
『The Power of Us』
The Power of Us/Little Brown
2003年、カナダのトロント大学の大学院生だったパッカーは、バン・バベルがチーズで窒息しそうになっているところを救った。それから20年近くが経ち、博士号を取得した2人は、あの日経験した社会的な絆をベースにした本を共同で執筆した。
巷で読まれている社会科学の文献では自分たちが問題だと感じていることにほとんど解決策が示されていないことに不満を感じ、自分たちで本を書けばリーダーたちにも役立つのではないかと思い至った。
ともに今回の本がデビュー作となった2人は、章を分けて研究成果をやり取りしながら自分のパートを受け持ったが、原稿の大半はコロナ禍で幼い子どもたちと隔離されている間に書き上げた。
「この本は1万通のメールのやり取りから生まれた、と冗談を言い合っているんですよ」とパーカー教授は言う。
チームワークを大切に考えるインセンティブの与え方
『Power of Us』ではこんなエピソードが紹介されている。
オハイオ州立大学のフットボールチームは成績不振に陥っていたが、ジム・トレッセル(Jim Tressel)が監督に就任し、チームビルディングの力を活用してからはスランプから抜け出すことができた。監督がやってきた翌年、彼らは全国選手権で優勝したのだ。
オハイオ州では選手が試合で活躍するとトチノキの葉が描かれた(ヘルメットに貼る)小さなステッカーをもらえるという習慣があったが、トレッセル監督はこれを、良いプレーをした選手には攻撃側・守備側を問わず配るようにした。監督はチームの成功を第一に考えてインセンティブの構造を構築し、それが功を奏したのだ。
「インセンティブの構造と評価のしくみ。これらは企業にとって特に重要な要素です。個人レベルでのパフォーマンスに報いたいという気持ちはあるでしょう。スーパースターが必要ですから。しかし、集団として機能するために、インセンティブにはもっと大切な役割が他にもあるのです」とパッカー教授は語る。
バン・バベル准教授は、すべての指導者に「部族主義の神話」——ひとたび集団が形成されると、その集団のメンバーが部外者を差別するのは避けられないという考え——を信じるのをやめるべきだと指摘する。彼はこれこそが私たちの社会における最大の神話だと考えており、インタビューをこう締めくくった。
「リーダーの仕事は、他の人々に日ごろの振る舞いを身につけさせることですが、そのためには人々がどのように動くのかという前提が頼りになります。しかし時々、その前提が間違っているリーダーがいるのです。
そのような前提を正すべく、集団の心理学に関する真実の一部を明らかにすること——それが、私たちが本書に込めた狙いです」
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・常盤亜由子)