PwCコンサルティング マネージングディレクターの馬渕邦美氏。
撮影:竹井俊晴
東京大学とPwCジャパングループが、6月から実施している人気講座「AI経営寄附講座」。前編に続き、特別講師を務めるPwCコンサルティング マネージングディレクターの馬渕邦美氏に、アメリカのテックジャイアント企業がイノベーションの推進装置としている「AI経営」の姿と、日本企業の復興のカギを聞く後編。
—— 今後、AI導入で産業が変わっていくような業態、導入効果を得やすい業態にはどんなものがありますか。
馬渕:例えば、物流では荷物のトラッキングであったり、コンテナヤードの中での分析や、ロボットをどうやって動かしていくかなど、バリューチェーン全体にAIを活用している事例もあります。
馬渕氏によると、AI活用を進めやすい産業には、この3つの領域があるという。もちろん日本企業においても、それは共通だ。
出典:PwC Japanグループ資料より
ほかに比較的AIが導入しやすいのは、デジタルマーケティングのような「顧客体験のマネージメント」、それから製造販売管理、セールス関連ですね。
もともとあるデータを使って、さまざまな機能を構築しやすい。
例えば保険会社でも、
若者のクルマ離れが進むなかで、AIを用いて「顧客基盤を活かせる新しいサービス」を模索している事例があります。
またヘルスケアの分野でも、顧客とのコミュニケーションにAIを用いるプラットフォームが出てきています。
ヘルスケア業界での導入パターンのイメージ。
出典:PwC Japanグループ資料より
ヘルスケアは、もともと伝統的な業界ですが、コロナによって、ある意味で地殻変動が起こって、デジタル化が進みました。
オンライン診療だったり、「治療から予防へ」の転換だったり、病気のAI解析も含めて、デジタルやAIによって業界のありさまそのものが大きく変わりつつあります。
AIを「人工知能」と呼んだ功罪
PwCコンサルティング マネージングディレクターの馬渕邦美氏。
撮影:竹井俊晴
馬渕:もともと、(PwCコンサルティングに入社して)「AI経営」という話を始めた当初は、「ビヨンドDX」と言っていました。
DXでいかにデジタルに対応するかは、もちろん重要です。それでも、印鑑が電子印鑑になったというような、単にデジタルに置き換わればいいということではない。
新しい価値、新しい局面を作っていけるかが、今後の日本企業の収益の源泉になっていくと思っています。
以前オードリー・タンさんと対談させていただいたときに、彼女がAIを「アシステッド・インテリジェンス」(補助的な知能)と言っていたのが非常に印象に残っています。
—— AIに「人の仕事を奪う」ような印象がある背景には、コンピューターによって拡張された知識を「Artificial Intelligence」(人造の知能)と呼び、その訳語に「人工知能」をあてたことの功罪もあります。Assisted(補助)、またはAugmented(拡張)の方が適切だったのではとよく思います。
馬渕:AIを用いることで働く人間を支えて、企業そのものの成長を促していくように早くシフトしていかなければ。
ただ、組織の中には大きな変化を嫌う人もいます。
企業と経営層には「アンラーン」が必要
この約30年での時価総額トップ企業の変遷。顔ぶれがすっかり変わり、日本企業の存在感は薄れている。
出典:PwC Japanグループ資料より
—— どうすれば、企業のマインドは「AI前提」に変われるでしょうか。
馬渕:前進するには、トップダウンとボトムアップの「両方」が必要です。
「トップダウン」の例で言えば、経営陣のほぼ全員がプログラミング講習を受けている企業もあります。
何もプログラマーになる必要はない。ただ、(経営陣自身も)自分でプログラムを書いてみることで、何ができて何ができないのか、どれぐらいのコストが発生するかが身をもってわかります。
ITのことはなんでもIT部門にお願いすればいいのではなく、今までの経験とか知識を超えて新しいものに取り組む。
今の時代のキーワードは 「アンラーン(unlearn)」であって、知識をアップデートすることが大切です。
一方の「ボトムアップ」は、AIのAPIが公開されていて誰もがそれをいじれるようになっており、みんなで工夫した新しいツールをシェアして、一番良くできたツールをみんなが使うようになる、そういった(新しい企業)文化です。
もう(最先端の企業では)「何年もかけてすごいシステムを作りました」という時代じゃなく、いかにアジャイルに、新しい発見を回していけるかが勝負になっている。
「AI経営寄付講座」を受講する東大生もそうですが、若い世代はそうしたテクノロジーの吸収に非常に柔軟です。毎回、Q&Aやディスカッションでは、我々のパートナーがたじろぐほど質の高い質問や、センスの良いアイデアが出て驚きます。
AIと経営を結びつけていくことを、自分ごと化して考える。こういう人たちがこれから、日本企業の経営に関わっていくと思うと、すごく頼もしい。
—— もちろん、受け入れる側の企業も、こういう視点と感性の人材が入社してくる。その準備が必要だ、ということですね。
(文・太田百合子、聞き手・伊藤有、撮影・竹井俊晴)
馬渕邦美(まぶちくによし):PwCコンサルティング合同会社マネージングディレクター。大学卒業後、米国のエージェンシー勤務を経て、デジタルエージェンシーのスタートアップを起業。事業を拡大しバイアウトした後、米国のメガ・エージェンシー・グループの日本代表に転身し、4社のCEOを歴任。その後、米国ソーシャルプラットフォーマーのシニアマネージメント職を経て現職。経営、マーケティング、エマージングテクノロジーを専門とする。