今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
『イノベーションのジレンマ』で知られるクレイトン・クリステンセン教授は、ジェフ・ベゾスやピーター・ティール、ハワード・シュルツなど錚々たる20名強のイノベーターにインタビューし、世界を変えた起業家の「4つの共通点」を見出しました。
この4つの共通点は、将来を先取りした革新的な解決策をいち早く示すうえで重要だ、と語る入山先生。詳しく解説していただきましょう。
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ソートリーダーシップとは何か
こんにちは、入山章栄です。今回はBusiness Insider Japan編集部の小倉宏弥さんが教えてくれた、こんなキーワードについて考えてみましょう。
BIJ編集部・小倉
いま、「ソートリーダーシップ(Thought Leadership)」という言葉が気になっています。これは日本語に訳すと「思想的リーダー」というような意味で、企業が特定の分野(業界・テーマ・社会問題)において、将来を先取りした革新的なアイデアや解決策をいち早く発見し、示すことで、その分野における主導者となることを言うようです。
例えばスターバックスはカフェを「サードプレイス」として定義し直しましたし、SDGsの文脈ではいち早くストローを紙製にしたことでソートリーダーシップを発揮したといえます。イケアは家具を「一生使い続けるもの」から「ライフステージに合わせて気軽に買い直すもの」に定義し直しました。
こういう革新的なアイデアが生まれる思考を深めるために、先生はどんな点を重視すればいいと思われますか?
「ソートリーダーシップ」という言葉を、僕は初めて聞きました。もしかしたら、最近よく言われる「本質的なコンセプトやニーズから考えてイノベーションを起こす」という、デザイン思考にも通じる視点かもしれませんね。
そういう意味では、これは本当に重要だと思います。特に日本には、本当は素晴らしい価値を生めるのに、長い間“塩漬け”になっている要素・素材・技術・人材などがたくさんある。そういったものがいい意味で「再定義」されていくと、また新しい価値を生めるはずです。日本こそソートリーダーのような、革新的なリーダーが求められていますよね。
クリステンセンの「イノベーションのDNA」
ではそのために何が必要かということを考える上で、僕の好きな論文が参考になると思うので紹介しましょう。
それは、あの有名な『イノベーションのジレンマ』の著者であるクレイトン・クリステンセン教授が『ハーバード・ビジネス・レビュー』(HBR)に書いた、「イノベーションのDNA」という論文です。
より正確に言うと、HBR論文というのは研究者が学術論文で発表した研究内容を実務家向けに書き直した場合がよくあるのですが、これもそうで、このクリステンセンのHBR論文のベースになっているのは、彼が『ストラテジック・アントレプレナーシップ・ジャーナル』(SEJ)という、起業研究分野では世界有数の学術誌に掲載された論文です。この論文は、クリステンセンだけでなくジェフリー・ダイアーなど一流の研究者による共同研究です。
「イノベーションのDNA」は、クリステンセンがジェフ・ベゾスら著名な起業家たちに行ったインタビューがもとになっている。
REUTERS/Joshua Roberts
余談ですが、意外にもクリステンセンはSEJなどの本格的な学術誌には、それほど論文を発表していません。しかし『イノベーションのジレンマ』を筆頭に実務家からは非常に評価が高いので、ハーバードの教授を務めていたと私は理解しています。その意味では、このクリステンセンのSEJ論文は、彼が発表した数少ない本格的な学術研究の一つと言えるでしょう。
この「イノベーションのDNA」やその元になったSEJ論文でクリステンセンが行ったのは、「世界を変えるような革新的な起業家たち」が有する共通の個性を探る、ということです。
従来の起業家に関する研究では、ある人が少しでも新しい事業を始めれば、その人を「起業家」と見なしてデータをとることが多かったのです。極端な話、脱サラをしてコンビニなどの自営業を始めただけでも「起業家」ということになっていたわけです。
私は決してこういう仕事が尊くないと言っているわけではありません。コンビニの店長だって、とても尊い仕事です。とはいえ、これらをジェフ・ベゾスやスティーブ・ジョブズと同列に語るのは難しいでしょう。そこでクリステンセンは、ベゾスやジョブズのように、本当に圧倒的なアイデアで世界を変えるような革新的なイノベーションを生み出した起業家たちだけに絞って、そういう人たちの共通の個性を探ったのです。
そこでクリステンセンらが何をしたかというと、そのような「革新的な起業家」20名強に対する徹底したインタビューです。そしてそのインタビュー対象者が、とんでもない豪華メンバーなのです。
スターバックスを創業したハワード・シュルツもインタビューに応じた。
REUTERS/David Ryder
スターバックスのハワード・シュルツ、アマゾンのジェフ・ベゾス、ペイパル(Pay Pal)のピーター・ティール、デルコンピューターのマイケル・デル、サウスウエスト航空をつくったハーブ・ケラハー、Skypeをつくったニクラス・ゼンストロームなどなど……。
こんな錚々たる人たちに私のような並の大学教授がインタビューを申し込んでも、おそらく門前払いでしょう。しかし、アメリカのビジネスパーソンの間で知らぬ人はいないクリステンセン教授だからこそ彼らもインタビューを受けてくれたはずです。そういう意味では、この「イノベーションのDNA」はクリステンセンでないと書けない論文なのです。
世界を変えた起業家の4つの共通点
そしてクリステンセンはこの豪華な20名強の超一流の起業家へのインタビューを通して、彼らの共通要素を4つ見つけました。そしてそれを最終的に他の起業家やビジネスパーソンのデータも使って統計解析してみると、その共通要素がパフォーマンスに与える影響も示されました。
そこで出てきた4つの共通要素とは次の通りです。
1. 疑問力
常に現状を疑い、問いを立てることができる力。
2. 観察力
疑問に思って問いを立てたら、その対象をひたすら観察する力。例えばスターバックスのハワード・シュルツはイタリアを訪れたとき、イタリア人がとても楽しそうにカフェで談笑していることに気づき、彼らを一日中観察していた。「観察力」とはこのように、ひたすら観察することで本質を見抜く力です。
3. 実験力
いろいろな思考を実際に試して、実験してみる力。デル・コンピュータのマイケル・デルやアマゾンのジェフ・ベゾスが自宅のガレージでいろんなものをつくっては壊す実験場にしていたのは有名ですね。
4. ネットワーク力
迷うことや分からないことがあったとき、自分のネットワークを頼って解決しようとする力。これをクリステンセンは「アイデア・ネットワーキング」と言っています。問題にぶつかったとき、自分だけでなんとかしようとせず、「あれ、これ誰に聞けばいいんだっけ」と考えることができる力だと言えます。
世界を変えたイノベーターにはだいたいこの4つがDNAとして備わっている、というのがクリステンセンの主張です(もちろん「DNA」というのは比喩で、人としての特性という意味合いです)。まさに今回のテーマであるソートリーダーシップを持つ人というのも、こういう人たちなのかもしれません。
現状を常に疑って疑問を持ちながら、その対象をとことん観察して、仮説を立ててどんどん実験する。分からないことはたくさんあるので、そこは人脈を使ってどんどん聞いていく。
この連載を読み続けている方なら、これらがこの連載で僕がよく申し上げている「知の探索」(連載第19回を参照)とか「トランザクティブ・メモリー」(同第12回を参照)など世界標準の経営理論と非常に親和性が高いこともお分かりいただけるでしょう。このように考える人たちがソートリーダーになっていくのだ、ということです。
もっとも、人にはこういうことが無理なくできる性格と、そうでない性格の人がいるかもしれません。でも日本人の場合は、本来は潜在性があるのに、組織という枠組みにとらわれてこの力が発揮できていなかっただけの人も多いように、僕は感じます。
「ソートリーダーシップ」という言葉とともに、クリステンセンが示した「イノベーターの4つの共通点」が広まることで、可能性の幅を広げる人が日本でももっと増えるといいなと思っています。
自分自身と照らし合わせてみて、みなさんはこの4条件、どのくらい当てはまりますか?
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。