アーティスト・草野絵美さんの長男「Zombie Zoo Keeper(ゾンビ飼育員)」くん。
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小学3年生の、通称「Zombie Zoo Keeper(ゾンビ飼育員)」くんが生まれてはじめて自分で稼いだお金は、仮想通貨(暗号資産)「イーサリアム」だった。
しかもそれは、夏休みの自由研究でつくったピクセルアートを売って得たお金だった。そのアートは今、約80万円の価格で取引されている ── 。
一体なにが起こったのか?
小3の夏休みの自由研究に「NFTアート」
最初は無料のアプリでドット絵を作り始めた。
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「ママ、これ僕もやってみたい!」
都内で働く草野絵美さんの長男(8)が目を輝かせてそう言いだしたのは、夏休みも終わりかけの、8月下旬のことだった。
NFT(※)のブームが盛り上がりを見せる中、あるニュースに長男が思いもかけない反応を見せたのだ。
NFT:Non-Fungible Token(非代替性トークン)。ブロックチェーン技術を使ったデジタル資産の一種。画像や音声など特定のデータを、唯一無二のものとして証明できる。
12歳の少年が「おかしなクジラたち(Weird Whales)」と名づけた自作のNFTコレクションを売り、約110イーサ(ETH、約4000万円)を稼ぎ出した ── 。
母親である絵美さんも、東京藝術大学の非常勤講師であり、テクノポップ音楽ユニット「Satellite Young(サテライトヤング)」のメンバーとしても活動しているアーティスト。以前からNFTには興味を持っていた。
2021年2月頃に、仲間たちの間でもNFTについて頻繁に話題に上がるように。絵美さん自身、作品をアーティスト向けのNFTマーケットプレイス「Foundation(ファウンデーション)」に出品してみたこともある。その作品は、870ドル(約9万円)ほどで売れた。
「じゃあ、夏休みの自由研究としてやってみる?」
まずはドット絵が描ける無料のアプリをiPadにダウンロード。大好きなマインクラフトのゾンビと、図鑑や絵本で知った虫や動物たちの絵を掛け合わせてピクセルアートを描くことにした。
その日のうちに絵美さんは、NFTの売買ができる取引所(マーケットプレイス)世界最大手「OpenSea(オープンシー)」のアカウントを開設。英語で発信するためのインスタグラムやツイッターのアカウントも作成した。
そして「0.006イーサ(ETH、当時の値段で約2300円)」ほどで最初の作品3枚を売り出した。8月25日のことだった。
有名DJがツイッターのアイコンに
「最初に売れた時が一番嬉しそうでした」(絵美さん)
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とはいえ、最初の1週間ほどは「無反応」だったという。
最初に「Zombie Zoo」のドット絵が売れたのは、そこから1週間ほど経った9月2日。買ってくれたのは、ドット絵イラストを多く手がけるイラストレーターの「たかくらかずき」さんだった。その額は2300円ほど。
「すごい、ポケモンカードが何パック買えるんだろう!」
「ゾンビ飼育員」くんは飛び上がって喜んだ。
そこから一気に「Zombie Zoo」は世界に知れ渡っていくようになる。
何人かの人がおもしろがってアートを買ってくれた後、アメリカの人気シンガー、ケイティ・ペリーともコラボしたこともあるDJで、300万人フォロワーを誇るバーチャルインフルエンサー「リル・ミケーラ(Lil Miquela)」のプロデューサーでもある「Trevor McFedries」さんが購入してくれたのだ。
「We love @ZombieZooArt」
Trevorさんが拡散したことで、落札数は一気に増えた。彼ら・彼女らがこぞってZombie Zooのイラストをツイッターなどのアイコンにしたことで、さらにZombie Zooの人気も高まった。
小学生が描いた絵が80万円で落札
NFTマーケットプレイス「OpenSea」の「Zombie Zoo Art」ページ。最高で2ETH(約80万円)で落札されている。
撮影:西山里緒
NFTが特徴的なのは、転売の仕組みだ。OpenSeaでは、自分が購入したアート作品を二次販売(転売)することができる。
さらにその作品が売買された時には、作者は販売額の一定の割合を手数料(ロイヤリティ)として受け取ることができる。
9月9日現在、二次流通市場で「Zombie Zoo」の作品は最高で18ETH(約700万円)で出品されている。絵美さんによると、最高で2ETH(約80万円)で絵が落札されたこともあったという。
「8歳が描いているというのがめずらしかったのと、2000円程度のものが(転売することで)一気に価格が上がる、という現象も起こっていました。それを目指して買っている人もいると思います」(絵美さん)
絵美さんは当初、ロイヤリティを初期設定の2.5%にしていたものの、現在は10%に上げている。
「この3日間は出したら、1分以内に売れてしまっている状態で……。最初の価格も低すぎてすぐ落札されてしまって買えない、とのDMをもらって、今は1万〜3万円ほどに上げています」
OpenSeaのアカウントを見てみると、9月9日現在、Zombie Zooが出品しているアート全48点の合計の取引高は9.9ETH(約380万円)にまで膨れ上がっている。
しかしこの全てが収益になるわけではない。イーサリアムの取引が追跡できるサイト「イーサスキャン(ETHSCAN)」で「ZombieZooKeeper」のアドレスを見てみると、一時販売や二次販売手数料を含め、売り上げとして入ってきているのは、2.3ETH(約80万円)ほどだ。
お金が多すぎたら、人生変わってしまう
アートを売って得たお金でポケモンカードを買いたい、と語ってくれた「ゾンビ飼育員」くん。
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小学3年生の夏休みの自由研究から始まった思いがけない「NFT狂想曲」。
ブロックチェーン調査企業の「Dune Analytics」によると、8月のOpenSeaの月間取引高は34億ドル(約3700億円)を突破。8月29日には1日の最高である3億2200万ドル(約350億円)の取引高を記録したという。
NFTブームの影の立役者の一人となった小学3年生の「ゾンビ飼育員」くん。本人にも話を聞いてみると、
「最初売れた時は嬉しかったんですが、だんだんお金が溜まりすぎて、それでいいのかなあって。あんまりお金が多すぎたら、人生が変わってしまいそうで」
と、意外にも冷静な返事が返ってきた。
現在は1日3枚、休日には1日7〜9枚ほど描くスケジュールで制作を続けているという。アート作品が売れたお金で、趣味のポケモンカードをお父さんに買ってもらった、と明かしてくれた。
嬉しいニュースだけではない。「Zombie Zoo」人気に伴い、偽物や盗作のアカウントが現れてもおり、絵美さんはSNS上で注意を呼びかけている。
「楽しく描いてもらうのが一番かな、と。SNSでの反応など全部を共有してあげるにはまだちょっと早い年齢かな」(絵美さん)
ちなみに、夏休みの自由研究はどうなったのか?
「ゾンビ飼育員」くんは学校で友達に「自分の作品に価格がついて売れた」と話したが、ウソだ、と信じてもらえなかったそう。NFTの仕組みについてはまだ理解も難しく、結局別の作品を提出することになった、と絵美さんは語る。
「ネット上で有名になってバレるまでは、もう友達にも先生にも(アート活動のことは)言いません」(ゾンビ飼育員くん)
(文・西山里緒)