アメリカの個人消費の動向に世界の注目が集まる。
Shutterstock.com
8月以降、世界経済は明らかに踊り場に差しかかっている。
とりわけ、日本経済の現状と展望は他の先進国(もしくはそれに準ずる国々)より暗いもので、その事実はさまざまな指標から確認できる。
10月には行動制限(緊急事態宣言)が解除される可能性が出てきているが、医療体制の拡充が進まない限り新規感染者数に拘泥する状況は変わらず、経済的には自滅の道を歩み続けることになるのだろう。
消費者心理の動きを示す2つの指数
何も変わりそうにない日本はさておき、踊り場を迎えた世界経済は今、アメリカ次第の様相を強めている。その動向を注視しておくことには大きな意味がある。
アメリカ家計部門の心理は今、伸るか反るかの瀬戸際にあり、それが実際の個人消費にどう影響してくるのかが今後、大いに注目される。アメリカ経済(≒GDP)の約60%を占めるのは個人消費だからだ。
過去の寄稿でも指摘したポイントだが、アメリカ経済は「緩和的な金融環境→株価上昇→家計の保有する株式の含み益増加→個人消費の増加→企業収益の増加」という好循環が強みとして知られる。
アメリカでは家計の金融資産に占める株式の割合が3割超と、世界の国々のなかでも突出しており(日本は1割弱)、株価の上昇は家計にとって大きな意味を持つ。
仮に株高が(企業活動の)本源的な価値を超えるものだとしても、何はともあれ家計の保有する株式に含み益が生まれ、消費・投資さえ焚きつけられれば、実体経済の裏づけは後からついてくるというわけだ。
ところが、8月のミシガン大学消費者態度指数は10年ぶりの水準まで悪化し、株高が個人消費の増加に直結しない状況が生まれている可能性が感じられた【図表1】。
【図表1】米株価と米ミシガン大学消費者マインド指数。右端の点線で囲んだ部分を見るとわかるように、株価(S&P500指数)上昇とのかい離が広がっている。
出所:Macrobond資料より筆者作成
ミシガン大学消費者態度指数……アメリカの消費者心理を表す経済指標で、ミシガン大学のサーベイ・リサーチセンターが毎月発表。300~500人を対象とするアンケート調査の結果で、1966年を100として指数化される。
ただし、ミシガン大学の調査はサンプル数が少ないため、他の代表的な消費者心理調査も合わせて考える必要がある。
そこで、同月のコンファレンスボード消費者信頼感指数も見ると、こちらも2021年2月以来8カ月ぶりの低水準。今年に入って改善基調が続いた消費者心理が帳消しになった格好だ【図表2】。
【図表2】米株価と米消費者信頼感指数。右端の点線で囲んだ部分を見ると、やはり株価上昇とのかい離が広がっている。
出所:Macrobond資料より筆者作成
コンファレンスボード消費者信頼感指数……消費者の観点からアメリカ経済の健全性を図る指標。調査会社コンファレンスボードが景気・雇用情勢や半年後の景気・雇用情勢・家計所得の見通しについて毎月アンケート調査を行い、1985年を100として指数化しており、消費者心理が反映される。
株高と消費者心理のかい離がここに来て可視化されてきたと言っていい。このような家計部門の心理状況悪化が続けば、ほぼ間違いなく実体経済も減速するだろう。
今のところ、コンファレンスボードの経済指標担当者は「新型コロナ感染拡大やインフレ懸念により消費者の信頼感が低下しているとはいえ、こうした低下が今後数カ月で個人消費を大幅に抑制すると結論づけるのは早計」と分析しており、一過性の悪化で終わる可能性も否めない。
本当に恐れるべきは感染の再拡大が行動制限の復活にまで及ぶ展開で、現状ではそこまで至っていないのは確かだ。
最も懸念すべきは「物価の高止まり」
そして、現実の可能性として感染再拡大より不安視されるのが物価の動向だ。その点で、家計部門の消費・投資の原資となる所得の動向はしっかり把握しておく必要がある。
現状、名目賃金は伸びているものの、2021年初頭から高止まりが続く物価が災いして、実質的な所得は悪化傾向にある。実質個人消費支出(PCE)の伸びも過去1年は抑制傾向が続く。
前出のコンファレンスボード経済指標担当者も指摘しているが、アメリカの消費者心理の悪化は、感染拡大だけでなく物価の趨勢(すうせい)にも原因があると考えられる。
感染拡大は予測不可能性をはらむ脅威には違いないが、本格的な行動制限に至らない限りは「恐い」という心理的な問題でしかない。
それに比べると、実質所得の悪化は、家計部門にとって明確な予算制約として効いてくる。消費者心理への悪影響は間違いない。
したがって、デルタ変異株をめぐる感染状況が現在の水準程度に抑制されると仮定すれば、金融政策を司る米連邦準備制度理事会(FRB)にとって本当の脅威になるのは、物価の高止まりということになる。
そうなると、リーマン・ショック以降はほとんど話題になることがなかった「インフレ抑制のための金融引き締め」の可能性も出てくるだろう。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
(文:唐鎌大輔)
唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。