アマゾンのアンディ・ジャシーCEO(左)と創業者のジェフ・ベゾス。
Mike Blake/Reuters; Mark Ralston/AFP/Getty Images
企業文化やリーダーシップの原則にとりわけ重きを置いているアマゾンのような企業では、経営幹部を採用する際のリスクは大きい。
アマゾンの関係者によると、創業者ジェフ・ベゾスの有名な言葉「顧客至上主義」や「常にDay1(創業1日目)のつもりで」など、独自の社内哲学を受け入れられない新しい幹部は長く生き残れない傾向にあるという。
そのためアマゾンは、能力の高い人材が社内文化にスムーズに溶け込めるよう、3日間の「エスケープ・ベロシティ(脱出速度)」(ロケットなどが重力圏から脱出し、飛び立つための最低速度)という名の研修プログラムを2018年から導入している。
「エスケープ・ベロシティは社外から採用された取締役やバイスプレジデント向けに考案されたオンボーディングプログラム(新しく採用した人材に対して行う育成プログラム)で、彼らがアマゾンで新たな役割を果たすことができるようにサポートするものです。受講者からの評価は高く、このプログラムのおかげで新しい役割に5割早いスピードで馴染むことができたという声も上がっています」とアマゾンの広報担当者は言う。
このプログラムを受講したある人物はエスケープ・ベロシティを「改宗プログラムだ」と表現しているが、アマゾンはこれに異議を唱えている。
「アマゾンに入社するからには不要な知識は捨てて、新しく必要なことを学び直す必要があります。そうでなければ生き残ることはできません」と、同プログラムの参加者はInsiderに語っている。
また、同社のある元幹部によると、中途採用でアマゾンに入社した上級社員の中には「燃え尽き症候群」に陥る人もいるという。別の元幹部の言葉を借りれば、上級社員として入社しても「アマゾニアン」として会社に馴染むのに時間がかかりすぎて辞めてしまう人もいるということだ。
「アマゾンで働き始めたその日から、従業員はアマゾニアンになりきれているかどうかで判断されます。そのことを軽く見ていると、古参のアマゾン社員が言うところの『移植臓器の拒絶反応』を起こすことになるでしょう」とその元幹部は語った。
「そして、スリーストライクを待たずに退場になります。上級社員になればなるほど退場までのカウントは少なくなります。一度でも失敗すればアマゾニアンであるという信頼は得られません」と言う。
アマゾンの広報担当者は、「移植臓器の拒絶反応」や「燃え尽き症候群」という言葉は社内で広く使われているわけではないと言い、また、経営幹部が受けるコーチングや経営プログラムは同社の他の従業員と同じものだったと述べた。
元の会社で身につけた習慣を捨て去るための集中研修コース
「エスケープ・ベロシティ」プログラムを受けた人たちがInsiderに語ったところによると、このプログラムは幹部以上の新規採用者を対象とし、元の会社で身につけていた習慣を捨て去るための厳格な研修コースだという。
「この3日間のプログラムは、期待値の設定やアマゾン独自の文化の理解に焦点を当てます。セッションは、アマゾンの幹部たちが活躍・成功するために必要な、アマゾンのリーダーシップの原則、考え方、習慣、スキルについて深く掘り下げて理解している同僚たちが中心となって行います」とアマゾンの広報担当者は話す。
これには、いわゆるストーリー形式の文書での発表を優先してパワーポイントによるプレゼンテーションをすべて禁止するというアマゾンの哲学や、より少人数のチームでの作業に重点を置いていることも含まれると広報担当者は述べた。
このプログラムの元参加者が語ったところによると、プログラム自体は通常の3日分の労働時間をまるまる消費する集中的なものだという。アマゾンの広報担当者によると、このセッションは2020年初めのコロナの流行以来、オンラインで行われてきた。
この3日間はアマゾン社内の登壇者が次々と発表を行い、時には創業者ジェフ・ベゾスや後任のアンディ・ジャシーCEOといった経営幹部も登場し、まるで「小さなビジネススクール」のようだと語る人もいるという。他の大手テック企業にも同様のプログラムがあると指摘する人もいる。
アマゾンの広報担当者によると、プログラムの参加者は学んだことをチーム内で共有するよう奨励されており、セッションの大半は録画され、従業員が自分の好きな時間に視聴できるように公開されているという。
一方でアマゾンは経営幹部の流出に直面している。公式発表やLinkedInのプロフィール、アマゾンの事情に詳しい関係筋によると、4月の時点で過去15カ月に少なくとも45人のバイスプレジデントやシニアエグゼクティブがアマゾンを退職しているという。マイクロソフトに移籍予定のアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)のシニアバイスプレジデント、チャーリー・ベルのような主要な経営幹部が会社を去っている。
「アマゾンは経営幹部の定着率と勤続年数の長さを誇っています。当社のバイスプレジデントの平均在籍期間は10年で、シニアバイスプレジデントとなるとそれよりさらに長くなります。他の企業と同様に個人的な理由や専門性を理由に退職する社員もいますが、キャリアを重ねるうちに戻ってくる社員も多くいます」とアマゾンの広報担当者は述べている。
(翻訳:渡邊ユカリ、編集:大門小百合)