開催終了をしらせるフジロックの公式ブログ(左)、9月18日〜19日の開催を予定しているスーパーソニックの公式サイト(右)。ライブ音楽産業はいま、どうあるべきか。
編集部
新型コロナウイルスの感染拡大により各地の医療体制が限界を迎えていた8月、フジロックやNAMIMONOGATARIという2つの音楽フェスティバルの開催が物議を醸した。
フジロックに関しては、デルタ株が広がっていた都心部から大規模な移動を伴うイベントを開催したこと(来場者の6割が首都圏から移動したとされる)、また両イベントともに対策の実効性が不透明なままの開催だったからだ。
特に愛知県で開催されたNAMIMONOGATARIフェスティバルは、聴衆がマスクなしでステージ前に密集している様子がSNSを通じて拡散され、酒類が提供されていることも発覚し、各社が報道した。
長引くコロナ禍での逆風とも言うべき状況のなかで開催されたこれらの音楽フェスが、国内に投げかけた問題は大きい。
諸外国で実施が始まっている大規模イベントでの感染調査の比較を通して、感染対策や危機管理のあり方について考察したい。
日本の大型イベントに「事後の追跡」はないのか
8月20日から22日まで3日間にわたって開催されたフジロックは、音楽フェスティバルがまだ一般的ではなかった1990年代後半に始まった音楽フェスの先駆けで、“社会的なメッセージを伝えるフェス”としても注目を集めてきた。環境問題に関する啓発活動などに積極的に取り組み、社会的課題に対する意識も高い。それだけに、今回の開催はより多くの人に驚きを与えた。
対人距離を保つことやマスクの着用に関して、そもそも有効な感染対策がほとんど機能していなかったNAMIMONOGATARIは論外として、フジロックではスタッフから観客がルールを守るように指示が徹底されていたと報道やSNSでは伝えられている。が、広い会場ではルールに反して酒類の持ち込みが行われていたという情報もある。
今年のフジロックに参加した音響スタッフの書き込みからは複雑な心境がうかがえる。
しかしフジロックの運営について、筆者は大きく2点の疑問を持った。
一つは来場者の感染状況をどのように(追跡)調査しているのかという点。事後の検証がなければ、そもそもフジロックでの安全対策が実際にどの程度効果があったのか評価することができない。
開催2日後の8月24日発表の「フジロック’21 終了のご報告」では「現在のところ、会期中の会場においては、ひとりの陽性者も確認されていない」と発表している。が、追跡方法はもちろん、その後開催から3週間が経とうとする現在に至るまで、参加者の感染状況の有無に関して追加の発表はない(なお、開催地の湯沢町HPでは8月26日に1名の陽性者が確認された他には、現在まで感染者を出していないと発表)。
一方、THE PAGEの報道によると、NAMIMONOGATARIに関しては愛知県が呼びかけた無料PCR検査に958件の申し込みがあり、9月6日時点で2件の陽性が判明している(参加者総数は8000人以上とされる)。
感染状況の違いはあるが、多くの海外の音楽フェスティバルでは参加者への追跡調査が実施されている。フジロックを始め日本の多くの音楽関係者は海外の音楽フェスティバルの動向をリサーチしているので、事後調査についてなど、彼らが海外の対応について全く知らなかったとは思えない。
もう一つの疑問は、フジロックが興行中止保険の適用対象になっていなかったかという点だ。この2点について、フジロックの事務局に8月27日に電話とメールで取材を申し込み、質問を送ったが現在に至るまで返答はない。
なお、ある大手損害保険会社は、Business Insider Japan編集部の取材に対して、
「あくまで一般論だが、現在、コロナを対象に含めた興行中止保険を引き受けるケースは極めて少ないのではないか」(大手損保会社)
とする。フジロックがどうだったのかは不明だが、実際その損保会社では、リアル/オンラインの開催形態に関係なく、コロナ等の感染症を対象とした保険の引き受けはしていないという。
海外で進む大規模イベントと感染の追跡
今、世界の大型イベント開催における、感染対策や追跡調査はどのように進んでいるのか。
報道や公的な発表からは、先行する諸外国では音楽やスポーツなどの大型イベントが日本よりも厳しい基準で開催され、また実際の観客から実証データを得るためにイベント来場者への追跡調査が行われている。その状況を以下にまとめる。
■イギリスの場合
英国のNHS(国民健康サービス)はサッカー欧州選手権やテニスのウィンブルドン選手権、音楽賞のブリットアウォードなど2021年4月から7月までに開催された37のイベントで実証実験を進め、結果のデータと分析をWebで8月に公開している。
この実証結果には、各イベントの観客数や収容率、イベント前後での感染者数、マスクの着用義務、事前の検査やワクチン接種証明による入場制限の有無、といったデータが示されている。
チケットを持たない観客が会場周辺に集まって騒いでいたサッカー欧州選手権のような一部のイベントを例外として(決勝戦では、6万人超が観戦し約3400人が感染)、ウィンブルドン選手権のように有効な対策が講じられていれば(30万人が観戦し、881人が感染)、リスクを十分に減らした上で大規模イベントが開催できるとレポートでは結論づけられている。
■スペインの場合
スペインの人気ロックバンドLove Of Lesbianが4月に行った実証実験イベントの模様。
スペイン・バルセロナでも、地元の医療機関とアーティストや音楽フェスティバル事務局やライブハウスなどの音楽関係者が協力して、2020年12月から安全対策を検証するための音楽イベントを段階的に開催している。
2021年4月には2万人が収容可能なアリーナで5000人の観客が来場する試験的なコンサートを開催。抗原検査のために市内数カ所のライブハウスが検査場所として利用された。
観客は「医療関係者による抗原検査」を受け、ヨーロッパで一般的な「FFP2の規格を満たしたマスクを着用」することが義務付けられたが、対人距離の制限はなし。コンサートから14日経った時点で陽性の報告は6名のみで、コンサートが原因で大規模な感染が起こった可能性は低い、と研究者が結論づけた。
これらの結果を元に、バルセロナ市内では7月に3つの音楽フェスティバルが行われ、検証も進んでいる。各フェスティバルでは合計5万人ほどの観客に「陰性証明書の提示」と「マスク着用」が義務付けられた。開催15日後の時点で、計2279名の感染が報告されている。
発表によると、この感染者数はフェスティバルに参加しなかったグループと比較して76%多く、事前に想定していたよりもかなり高い数値だったとされる。
■オランダの場合
オランダでは7月初めにVerkniptフェスティバルが開催された。40時間以内の検査による陰性証明書かワクチン接種証明書の提示を義務付けていたが、2万人の参加者から1000人以上の感染者を出した。フェスティバル開催の条件として、政府から証明書の提示を義務付けられていたが、公式アプリの欠陥でデジタル証明書の偽造が横行していたことも原因として挙げられている。さらに7月中旬、感染者増を背景に、11月1日までオランダで音楽フェスやナイトクラブの営業が禁止が決定されている。しかし厳しい規制に対抗して大手コンサートプロモーターが政府を相手取って訴訟手続きを始めているという情報もある。
■ベルギーの場合
こういったオランダの状況を受けて、隣国のベルギーでは陰性証明・ワクチン接種証明用のアプリとともに、IDカードの提示を義務付けるといった対策が取られている。
さらにイベント会場にCO2計測器を設置し、二酸化炭素濃度が900ppm以上の場合には必ず換気しなければいけないなど、安全基準が細かく定められている。
また直近では、8月中旬に英国のコーンウォールで開催されたサーフィンと音楽のフェスティバルBroadmastersで、来場者5万人中4700人の感染が確認された。入場時に陰性証明書かワクチン接種証明書の提示が求められたが、マスクの着用は任意だったという。
イベントの安全対策を実証する「国内のデータ」が少ない
このように、各国では状況の変化に合わせながら、開催したイベントから実証データを取りつつ、開催可否や安全の基準を具体的に考察し、法令やガイダンスに落とし込もうとしている。日本国内では、イベントの安全対策の妥当性を実証するデータが少ないことも問題だ。現状では、イベント開催前後の期間に来場者の間で感染がどれだけ発生したか、主催者からの情報公開がない。
日本国内で、今この時期に大型イベントをどうしても開催するのなら、主催者と公的機関が情報を共有し、安全対策をできるだけオープンにして、事前事後の感染状況についてデータを公開する体制を整えて、開催されるべきだったのではないか。
ライブ音楽業界が失った社会からの信用
もっとも、音楽業界だけに感染対策の責任を負わせるのはフェアではない面もある。
日本では、自治体からの要請がベースで、関係者から戸惑いの声も多く聞かれる。朝日新聞によると、フジロック側は1年にわたって行政機関と調整を進めてきたという。それでも、どう対策していれば十分か、またイベント開催が可能か、基準が明確にされていない。そのため、運営によって受け止め方も違い、対策にムラができる原因にもなっている。
自治体側は会場使用の拒否といった強い措置を取れば営業補償を行う必要があるため、できるだけ「要請」に留めたい。
一方イベント運営側は延期・中止による負担増はもちろん、感染対策を丁寧に行うほどにコストが増え、入場者数を制限するほどチケット売り上げが減少する。ここに、両者が及び腰になって感染対策が中途半端になりやすく、追跡もされづらい構造がある、ともいえる。
これから9月18日〜19日に開催される予定の「スーパーソニック」では、開催地の千葉県から入場者数を減らすことが要請され、スタジアムを所有する千葉市からはイベント延期が要請されている。一方、開催直前の変更に、主催側は難色を示している。
多くの不安や反対を押し切るような形で大型イベントが開催され、実際にイベントの現場で感染対策がきちんと行われているか確証が持てない……そんな現状では社会からの信頼も失い、結果としてイベント出演も減少しているという上記のようなミュージシャンからの不安の声もある。
音楽業界4団体は9月2日に共同声明を出し、団体に所属していない音楽事業者によって運営された野外フェスティバルにおいて感染対策に問題があったことを批判した(具体的言及はないが、NAMIMONOGATARIの一件が念頭にあると考えられる)。
日本社会から音楽フェスに対する不安の声を意識していることが、こういった声明からは伝わる。しかし、業界の信頼回復を考えるなら「自分たちはちゃんとやっている」ことを強調するだけではなく、政府や地方自治体に対して「規制を裏付ける科学的な根拠」を示すように提案するべきだ。そのデータを取るために、政府や地方自治体だけでなく音楽ファンの協力も欠かせないものだろう。
多くの音楽関係者が仕事の機会を失っている現状で、音楽フェスに対して不信感を持つだけでなく、ライブ音楽産業が孤立しないように具体的な支援のあり方も、社会全体で探っていかなければならない。
(文・類家利直)
類家利直:2011年からスペイン・バルセロナを拠点にヨーロッパのクラブシーン、音楽系テクノロジーやMakerムーブメントなどについて執筆。元々音楽教育が専門で、大学院ではコンピューターを活用した音楽教育を研究テーマに修士号を取得、青森県内の県立高校で音楽科教諭として勤務した経験を持つ。近年は広くテクノロジー教育事情について取り上げる機会が増えている。