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【アーティスト・長谷川愛1】科学技術の進歩は幸か不幸か。あなたは同性同士の出産をどう考えますか?

長谷川愛_アーティスト

撮影:MIKIKO

天王洲の運河沿いにある、元は倉庫を改造したギャラリー。一歩足を踏み入れると、そこには不思議な空間が広がっていた。2021年4月から5月にかけて、TERRADA ART COMPLEX Ⅱで開かれた、アーティスト・長谷川愛の個展。天井の高い空間を生かした大掛かりな作品が並んでいた。

性欲は時代遅れの欲望になる?

長谷川愛_アーティスト

「極限環境ラボホテル」では、大気や重力を再構成した部屋が並ぶ。

提供:長谷川愛

入り口からすぐの場所にあったのは、「極限環境ラボホテル」。作品の中に入ると、「石炭紀の部屋」「木星の部屋」「ジュラ紀の部屋」と部屋が分かれている。説明にはこうある。

「これは今現在人類が辿り着けない場所を体験させるラボ、そしてラブホテルです。このホテルの部屋は目に見えないけれども生命にとって重要な環境要因である、例えば大気や重力などを再構成しています」

例えば石炭紀の部屋では、備えられたマスクの中に石炭紀(地質時代の区分の一つで、現在より約3億6000万年前から約2億9000万年前まで)の大気(空気中の酸素含有量35%、現在の地球は21%)を再現している。木星の部屋では部屋自体が回転し、遠心力によって木星の重力を疑似体験することができる。ここでは体重50キロの女性は117キロに、70キロの男性は164キロになる。

長谷川はこの作品を通じて、このような極限の状態で人は果たして性欲を感じるのか、人間の本能や愛情は環境によって変化するのかということを問いかける。

極限環境ラボホテルを制作した2012年ごろ、長谷川にとって性欲というものは「煩わしい」存在だったという。人間はなぜ性欲から逃れられないのか、性欲があるから浮気やさまざまな事件も起きるのではないか。当時、日本でも体外受精で生まれる子どもたちの数は増え続けていた。生殖が科学技術によって代替されるなら、果たして性行為は必要なのか、性欲という欲望は時代遅れになるのではないかと考えたのだという。

実在の同性カップルから子どもを予測

長谷川愛_アーティスト

「(IM)POSSIBLE BABY(不)可能な子供:朝子とモリガの場合」

提供:長谷川愛

極限環境ラボホテルの隣にあった作品は、「(IM)POSSIBLE BABY(不)可能な子供:朝子とモリガの場合」。長谷川の代表作品だ。実在する同性カップルの一部の遺伝情報からできうる子どもの容姿や性格を予測して制作した家族写真だ。

この制作過程については次回で詳述するが、現在はまだ人間では技術的にも倫理的にも法的にも“不可能な”子どもだ。だが、中国では2018年に遺伝子操作技術を駆使して、オス同士、メス同士のマウスから子どもを誕生させたことがニュースにもなった。人間でも遺伝子データ上であれば、同性間で生まれてくる子どもを推測するシミュレーションはできるという。

科学技術はこれまでの不可能を加速度的に可能にしていく。私たちはそれをどう受け止めるのか。倫理的、法的な問題をどう議論し、誰がその是非を判断するのか。同性間で子どもをつくることは、そもそも倫理に反することなのか—— 長谷川が投げかけてくるのは、技術的にはすでに進行し可能になりつつあるのに、私たちには見えていない問題、もしくは見て見ぬ振りをし、やり過ごそうとしている問題だ。

米留学中に体感した人種差別の実態

ai-altbiasgun

「Alt-Bias Gun」(2018)は、機械学習させた「誤解されやすい顔」を、銃に付属したビデオカメラで認識させる。

提供:長谷川愛

私が初めて見た長谷川作品は、一つの銃だった。通常の銃の上にカメラが装着され、そこには何人もの黒人の顔写真が映し出されている。作品名は「Alt-Bias Gun」(2018)。

2020年5月、米ミネソタ州で起きたジョージ・フロイド事件。黒人男性のフロイド氏が警察官の暴力によって亡くなった事件によって、黒人の命と人権の大切さを訴えるBlack Lives Matter運動は全米中に広がった。しかし、この事件や運動の前からアメリカには黒人に対する警察官の暴力や銃の誤射、誤認逮捕は根強くあった。

長谷川が銃の作品を制作したのは、アメリカ・ボストンにあるMIT(マサチューセッツ工科大学)への留学中だった。それ以前約10年間イギリス・ロンドンで暮らし、学んでいたが、アメリカの方がイギリスより人種差別が「きつい」と感じた。ロンドンではどんな高級店でも嫌な顔をされなかったが、ボストンではずっとガードマンに見られていたり、レストランではガラガラなのに待たされた挙句、良くない席に案内されたり。「私」に対する扱われ方が随分違うと感じた。

「どちらでもアジア人の女性というマイノリティであることには変わりはない。ロンドンでも私は移民だったし、ビザの関係で自分の置かれた立場が変わると不安定さはありました。でも、弱者である怖さを心底感じたのはアメリカでした」

「誤解されやすい顔」には銃を3秒ロック

フィランド・キャスティル事件

警察に打たれた恋人の動画を撮影したダイヤモンド・レイノルズ氏。この動画はFacebook上で約300万人が視聴したとされる。

REUTERS/Eric Miller

2016年、そのアメリカで長谷川は、Facebookで衝撃的な映像を目にする。興奮して怒鳴る警察官と運転席で叫ぶ血まみれの男性。無実にもかかわらず、一方的に撃たれた男性の映像を見て、長谷川は思いつく。

ウェブ上に公開されている警察に誤射された人たちの顔を機械学習させ、「誤解されやすい顔」を銃に認識させ、その特徴の顔に銃口を向けた際に3秒間ロックされる銃をつくったらどうだろう。その3秒間に警察官が冷静になったり、誤解が解けたりすれば、無実の人は殺されず、警察も罪を犯さなくて済むのではないか。

もともとは人々の中にある無意識のバイアスを、顔認証という技術を使って気づかせることが狙いだった。長谷川の中には、そうしたバイアスを植えつけられるような文化や環境の中で育ってきた警察官もまた、被害者なのかもしれないという気持ちもあった。

人の意識は本当にその人だけの責任なのか、そこには構造的、社会的な背景もあるのではないか。意思はどこまでその人の自由意思なのか……作品には多くの問いかけが含まれている。

当初の作品タイトルは「Anti-Bias Gun」だった。なぜAnti(アンチ)からAlt(オルタナティブの略)に?

「もちろん黒人差別はあってはならないことですが、正義もまた暴走しやすいと思うんです。Antiというとこれが正義だ、正解だと見えてしまう。いろいろな価値や考えがある、という前提を忘れないという意味でAlt(オルタナティブ)。

過去、人間がどんな『正義』を振りかざしてきたのか、武器に関する技術はどこに『正義』を置くか、謙虚な態度をもって考えないと、もっと恐ろしいものになってしまうと思ったんです」

現在、AIによる顔認証技術そのものがさらなるバイアスを増幅させ、差別を助長させてしまう可能性があることもまた問題になっている。

テクノロジーへの期待と恐怖に揺れる私たち

長谷川愛_アーティスト

撮影:MIKIKO

AIやロボット、バイオテクノロジー……科学技術の発展によって人々の仕事はロボットに置き換わり、無人の工場や自動車、店が日常の風景になる日はそう遠くないだろう。生命の誕生や寿命をコントロールすることも、技術的に可能な範囲は広がっている。

私たちはそうした科学技術の進化を目の前にして、過剰な期待と過度な恐怖の間を行ったり来たりしている。この技術で何をするのか、この技術はどういう方向に使うべきなのか。何が正しいのか正しくないのか。その二極の中で、期待と恐怖の間で立ちすくみ、思考停止しているような状況だ。

長谷川の作品は萎縮している私たちの意識を容赦なくかき乱す。5月に開かれた展覧会を見た後の感覚は決して「楽しい」「ワクワクする」ものではなかった。心の中がぞわぞわし、見終わった後は少しぐったりした。それは私たちが普段、見て見ぬ振りをしているものをビジュアルとして目の前に差し出されたからだ。

進化する科学技術、テクノロジーを真正面から見据え、先入観を持たず、考えるきっかけをつくる。長谷川は2択しかないように見える未来に、「こういう可能性もあるのでは」とオルタナティブな視点を提示し、私たちには見えていない未来を提起する。

次回から長谷川の作品の制作過程や、なぜ彼女がこのような表現方法に行き着いたのか、その背景に迫っていく。

(▼敬称略、続きはこちら)

(文・浜田敬子、写真・MIKIKO、デザイン・星野美緒)

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