仕事を辞めるアメリカ人は記録的な数にのぼっている。ミレニアル世代にとって「大退職」は、世代の悲劇につながりかねない。
Samantha Lee/Insider
経済が再開するなか、アメリカではここ数カ月で仕事を辞める人が急増し、記録的な数にのぼっている。アメリカ労働統計局のデータによれば、2021年4〜6月の3カ月間だけで退職者は360万人を超えたという。
退職者の多くは、労働市場や自身の経済状況に対して強気だからこそより良い機会を探す行動に出ており、それは前向きな動きといえる。
求人数は求職者数を上回り、雇用主は賃金を上げたり手厚い手当を提示したりと人材確保に必死だ。アメリカ人の貯蓄はパンデミック前より増加している。消費刺激支援策や失業手当、連邦学生ローンの返済中断策などがその要因だ。
だが、(「大恐慌」になぞらえて)「大退職(Great Resignation)」と呼ばれるこの現象は、世代の悲劇につながる恐れもある。
2021年6月時点で、退職者のうち94万2000人は次の仕事に就いていない。より良い機会を待っているだけかもしれないし、まったく仕事を探していないのかもしれない。むしろ、コロナ禍による心理的ダメージから回復するための休息や、長年の夢の追求に時間を使おうとしているのかもしれない。
しかし、アメリカで最大のボリューム層であるミレニアル世代には、これまでたび重なる不況など不運が続いた。今でも彼らはその影響と格闘しており、失業は、たとえ短期間であっても彼らの経済的状況を悪化させかねない。
ミレニアル世代が社会に出たのは、逆風が吹く最中だった。2008年のリーマンショックの影響で10年以上にわたり賃金は低く抑えられ、巨額の学生ローンを返済しながら貯金を増やすことは困難を極めた。
ある研究によれば、過去5年間において、ミレニアル世代はようやく失われた機会を取り戻しつつあるという。しかし1980年代生まれの彼らは、ひとつ前の世代に比べ、同年齢における資産が11%少ない。次の仕事が決まらないまま退職することは、そこからさらに資産を減らすリスクを抱えることになる。
安定した収入がなければ、貯金を取り崩して生活しなければならない。もちろん前提として、取り崩せる貯金がある場合だ。最近のバンク・オブ・アメリカの調査によれば、ミレニアル世代の半分近くは積み立てをしていない。
今の売り手市場であっても、退職者の望みどおりすぐに仕事が決まるとは限らない。オンライン求職サイト運営会社フレックスジョブ(FlexJobs)の調査によると、求職者の半数近くは求職活動にフラストレーションを感じているという。望む仕事が見つからないためだ。
「アドバイスを求められたら、教育を受けるとか定年だからといった特別な理由がない限り、次の仕事が決まらないうちに退職するのは絶対にやめたほうがいいと強く言いますね」と、取材に応じたバンクレート(Bankrate)のシニア・エコノミック・アナリスト、マーク・ハムリックは語る。
ミレニアル世代は、大退職の開始時より、その後さらに悪化した状況に陥るおそれもある。「明らかになりつつあるのは、ミレニアル世代は長きにわたる経済不安に疲れ切っているということです」と語るのは、ファセット・ウェルス(Facet Wealth)の認定ファイナンシャル・プランナー、ケイト・ハワートン(Cait Howerton)だ。ハワートンはこう続ける。
「彼らは自分が学んできた教育内容ややりがいを感じられない仕事をすることに疲れています。次の仕事が決まらなくても退職するのは、そうした仕事にけりをつけるため、もうそれについて考えなくてもいいようにするため。後のことは後で考えようというわけです。
そこで働いていたのは単に生活のためなので、辞めることに抵抗を感じないのでしょう」
「即興的な退職」はうまくいかない
もちろん、次の仕事が決まらないまま退職することが適切な場合や、必要な場合も多い。自分に悪影響のある環境で働き続けるのはメンタルヘルス的にダメージを与えかねないし、別のところに移ったほうが自分の才能や情熱を活かせると判断すれば、新天地を求めて飛び出すことも時には必要だろう。
しかし退職の理由が何であれ、大きな経済的変化に対応するための明確な計画なしに、そうした変化を起こすのは避けるべきだ。
ミレニアル世代にも助言を与えているビヨンド・ユア・ハンモックの認定ファイナンシャル・プランナー、エリック・ロバージ(Eric Roberge)はInsiderの取材に答えてこう警鐘を鳴らす。
計画が「新しい仕事を探す」ことだけなら、ミレニアル世代は大きな経済的問題を抱えかねない。何事にも、適切な進め方と、即興的な進め方がある、と。
では、混迷の時代における「適切な仕事の辞め方」とはどういうものなのだろうか? ロバージは、3つのプランが必要と言う。「理想形のプランA、それからプランB、さらにプランBがうまくいかなかった場合のバックアッププランの3つです」
例えば、就職活動中の生活を維持するために3カ月分の貯蓄があるとしよう。プランAは、3カ月以内に現職と同等かそれ以上の給与の職を得る、という計画だ。この場合、緊急準備金(貯蓄)は使い果たすが、新たな収入によって貯蓄を再開できるし、定年退職や長期的目標に向けて投資もできるかもしれない。
問題は、貯蓄の少ないミレニアル世代は言うまでもなく、求職者はえてして就職活動期間が長引いた場合にそれをカバーするだけの貯蓄がないことだ。
パーソナル・キャピタル・アンド・ハリス・ポールの調査によれば、アメリカ人の22%は定期的な収入が1カ月途絶えると生活できなくなるという。3カ月になると、60%の人がもたない。
ミレニアル世代にとって、収入が途絶えることはさらに深刻な問題だ。バンク・オブ・アメリカの調査によれば、ミレニアル世代の10人に7人が負債を抱えている。自動車ローン、クレジットカード、住宅ローン、学生ローンなどだ。返済の滞りや繰り延べは、金利負担を雪だるま式に増やすことになる。
失うのは安定収入だけではない。配偶者の仕事でカバーされていない限り、退職すると手頃な健康保険を失うことになる。独自の健康保険に加入するか、保険料を上乗せして前職場の健康保険に任意加入を継続するかしかない。さらに、それまで職場が供与していた生命保険、傷害保険、退職金積立の雇用者負担分もなくなる。
「仕事を辞めるときには、これらすべてをカバーする必要があります。失業中に幸運が降ってくることはなく、経済的負担が増すだけです。長期間の生活を支える貯蓄がない場合は特にそうです」とハワートンは言う。
だからこそプランBが必要だ。貯金を使い果たし、就職活動を3カ月続けた後もまだ仕事が見つからない場合、希望より低い賃金の仕事に就くしかないかもしれない。その場合に重要なことは、安定した生活を続けることを前提に、どこまで低い賃金を受け入れられるかだ、とロバージは言う。それを基準とするのがプランBだ。
前職より大幅に給与が低い仕事しか見つからない場合はどうするか。衣食住を満たし、必要な支出をカバーするにはいくら必要なのか。それがプランCの基準だ。
大退職は始まったばかり
今、ミレニアル世代の多くは、今より良い機会が待っていることを期待して仕事を辞めている。
もちろん、期待どおりになる場合もあるだろう。デジタルマーケティングを仕事とするセス・ザラティ(29歳)は、仕事が原因で精神的に疲弊していたため、2021年5月に次の仕事が決まらないまま退職。だが数週間でより良い仕事に就くことができた。別のミレニアル女性は、職場環境に苦痛を感じて2021年初夏に退職したが、2週間でもっと高給で待遇もよい仕事に就けた。
しかし、労働市場の表面からは見えない問題も多い。経済的不公平のために、アフリカ系およびラテン系の労働者は、就職活動に過度な時間を費やし、取り残されていることをデータは示している。
経済アナリストのハムリックによると、現時点での最大の問題は、求人内容と求職者が求める仕事のミスマッチだという。また、プロフェッショナルな仕事に就いている人は、かつてないほどの柔軟性を仕事に求めている。グッドハイヤー(GoodHire)の調査によれば、3分の1の人は、毎日オフィス出勤することが求められる求人には応募すらしないという。
あるファイナンシャル・プランナーはミレニアル世代のクライアントを引き合いに出し、売り手市場であっても仕事を辞めることにはリスクが伴うと指摘する。
そのクライアントは、30代で持ち家がある。仕事に疲れ果て、突然退職した。すぐに仕事が見つかると期待していたが、実際にはなかなか決まらず、家を人に貸して両親と同居することになった。クレジットカードの負債は積み上がり、生活のために一時的な仕事を繰り返すしかなかった。ファイナンシャル・プランナーが、外食費などの支出を抑え、臨時の健康保険や大家向けの住宅所有者保険に加入するよう助言したことで、そのクライアントはようやく苦境を脱することができた。
今後数カ月にわたり、こうした状況に置かれるミレニアル世代は急増しそうだ。2021年7月下旬にバンクレイトが行った調査によると、現在就業中のアメリカ人(ミレニアル世代の比率が大きい)の半数以上が、1年以内に新たな仕事を探す予定だという。良くも悪くも、大退職は始まったばかりだ。
私は、ミレニアル世代の気持ちが分かる。今、私はInsiderのスタッフライターの職を辞し、フリーランスの仕事を目指そうとしている。景気や私自身の経済状況が良くなければ、退職を決めたかどうかは分からない。
しかし確実に言えることは、経済面での計画がなければ、そしてプランBとプランCなしには、居心地がよくやりがいもある現在の仕事を辞めるという選択はしなかっただろう。
私は、かつてないほどの退職の波が、長期的には良い結果を生むことを期待している。より多くの人が自分に合った仕事を見つける自由と機会を得られれば、皆にとって良いことだ。
しかし、すでに資産形成に最も苦労しているミレニアル世代のひとりとして、同世代の人たちは慎重に行動したほうがいいと考えている。大切なことは、仕事を辞めるかどうかではなく、どのように辞めるかだ。ハワートンは言う。
「転職は、より良い仕事とより幸せな生活への大きなきっかけになり得ます。ただしそれは、情報を十分に得たうえで聡明な決断をする場合に限られます」
(翻訳・住本時久、編集・常盤亜由子)