「少年ジャンプ+」のヒット編集者に聞く、遊べる漫画ネーム作成サービス「World Maker」の狙い

World Makerを使っているところ。漫画のストーリーを見せる骨格である「ネーム」が、非常に簡単につくれる。

World Makerを使っているところ。マンガのストーリーを見せる骨格である「ネーム」が、非常に簡単につくれる。

撮影:西田宗千佳

Twitterでマンガがシェアされるのは日常になってきた。この9月8日から、ちょっと変わったテイストのマンガがシェアされ始めているのにお気づきだろうか。これらのマンガはみな、同じツールで作られたものだ。

そのツールの名は「World Maker」。現在は一部ユーザー向けのクローズドベータの段階だが、9月22日からは誰もが使えるオープンベータを開始する。

提供しているのは、集英社『少年ジャンプ+』編集部、企画は『チェンソーマン』『SPY×FAMILY』などのヒット作を手掛ける編集者である林士平(りん・しへい)さんだ。

少年ジャンプ+はなぜ、漫画の設計図とも言える「ネーム」を作るツールを、無料のWebサービスとして提供をはじめたのだろうか? 林さんに狙いを聞いた。

選ぶだけでマンガ風に制作、ネットに拡散できるツール

「日本の小説は面白いのに、なかなか世界市場にはたどりつきません。でも、マンガはそうじゃない。わかりやすくビジュアライズする人が増えれば、もっと広がるんじゃないか、と」(林さん)

Zoom取材の冒頭、林さんはこう答えた。

いうまでもなく、漫画はストーリーをビジュアル化したものだ。セリフがあり、ト書きがあり、さらにコマ割りが行われ、キャラクターがその中に描かれることで、ストーリーに流れが生まれて読みやすいものになる。

『少年ジャンプ+』の編集者・林士平さん。『チェンソーマン』『SPY×FAMILY』など数々のヒット作を担当してきたことで知られている。

『少年ジャンプ+』の編集者・林士平さん。『チェンソーマン』『SPY×FAMILY』など数々のヒット作を担当してきたことで知られている。

Zoomインタビューの模様を編集部撮影

だが、漫画を描いてシェアするのは大変なことだ。まずは「絵」が描けないとどうしようもない。コマを割ってストーリーの流れを作るにも一定のセオリーがある。それらを理解して、多くの人が楽しめる作品を作るためのハードルはそれなりに高い。

「でも、選ぶだけならできるんじゃないか」

World Makerはそんな発想から作られた。

作るのは漫画そのものというより、その手前の段階である「ネーム」と呼ばれるもの。漫画としての完成系ではないが、ストーリーの流れは追える。「漫画の設計図」とも言われ、映像における絵コンテに相当するものだ。

World Makerの操作画面。Webアプリ(Webサービス)なのでブラウザーからアクセスする。コマ割りや背景、オノマトペを選んでいくと、実に簡単にストーリー表現ができる。

World Makerの操作画面。Webアプリ(Webサービス)なのでブラウザーからアクセスする。コマ割りや背景、オノマトペを選んでいくと、実に簡単にストーリー表現ができる。

World Makerはスマホ用のウェブサービス。一般向けの利用登録は9月22日からとなっているが、登録しさえすれば無料で使える。

使い方はシンプルだ。セリフや説明などを文字で入力すると、それが自動的に吹き出しなどになる。コマ割りも基本的には自動だ。

キャラクターはサンプルが入っているので、絵を描く必要はない。表情や仕草を選んでいくだけでいい。位置やサイズなどの変更も可能だ。背景や集中線を入れたり、いかにもジャンプっぽい「書き文字(オノマトペ)」を追加したりと、かなり自由度は高い。

出来上がった作品はそのままTwitterに投稿するような導線になっている。これも理由は「楽しんでもらうため」だ。

「漫画家さんの多くは『マンガの面白いところは読者からの反応があるところ』と言います。なるべく多くの読者から反応がもらえるよう、Twitterを最初の出どころにしました。」(林さん)

「World Maker」の構想は2018年から進んでいた

World Makerは、誰もが簡単に使えるよう、かなりコンセプトが練り上げられたサービスだ。

林さんは、集英社のネットコンテンツ戦略最前線である『少年ジャンプ+』編集部に所属している。さぞサービス構築に詳しく、経験も豊富なチームで開発が進められているのだろう……と考えていた。

だが、実はそうでもない、と林さんは明かす。

「社内の担当者は、笑っちゃうくらい一人でした。もちろん開発会社のご協力は得ていますが……。あまりに確認するものが多かったので、つい先日やっとサポートメンバーを一人増やしてもらいました」

企画がスタートしたのは3年前、2018年のことだ。

林さんが紙の雑誌である『ジャンプSQ.』」から、ネット媒体である『少年ジャンプ+』に異動する際、「新しい部署はアプリも作れる、みたいな話だったので、なにか作りたいと思った」というのが発端だ。

「集英社でなければ、IT企業に入ろうと思っていた」という林さんだが、実際にアプリなどの開発経験があるわけではなかった。当初は、サービス開発の「要件定義書」(開発に必要な条件を取りまとめた開発に必須の仕様書)の存在や、書き方すら知らなかった。

林さんはそこから、コンセプトをじっくり練り上げていく。時には若い作家にも議論に参加してもらい、時には開発パートナーを選定するためにIT企業を訪ね歩いた。プロトタイプづくりを経て、最終的には開発パートナーとして株式会社カヤックと組むことになった。

実開発は「10カ月かかっていないくらい」(林さん)。

World Makerクローズドベータの操作画面。ネームに配置するキャラには「いらすとや」のキャラクターも選択できるほか、背景、漫画ではおなじみのオノマトペもさまざまなパターンがある。

World Makerクローズドベータの操作画面。ネームに配置するキャラには「いらすとや」のキャラクターも選択できるほか、背景、漫画ではおなじみのオノマトペもさまざまなパターンがある。

筆者提供

コンセプトを磨き上げ、「必要なことはなにか」を見極めた上で開発に入っている。現在のWorld Makerは、スマホのネイティブアプリでなく、ウェブアプリでデビューしている。また、動作対象がスマホのみでPCは動作対象外だ。理由は「まず(必要な機能を)絞り込んで実現するため」(林さん)だ。

ネームづくりのためのツール、という見せ方も、1つの切り口にすぎない。

「(World Makerは)マンガからスタートしますが、その理由は、ネームという設計図から商品まで持っていける方法論が弊社にあるのが『マンガ』だ、ということ。

実際には広告やアニメなど、ビジュアライズが必要なシーンは多数あります」(林さん)

World Makerの本質は「ビジュアル化することによって人に伝えやすくするためのツールである」ということだ。実際、写真を背景に使い、日記やレポートのようなものを作っている人もいる。

ビジュアル化ツールとして考えた時に重要な要素が「お手本」だ。World Makerには、コマ割りなどの基本的な部分について「お手本」が用意されていて、それに沿って作品が作れるように配慮されている。

「会話シーンにしろ恋愛ものの告白シーンにしろ、『こういう描写がわかりやすい』という暗黙知があります。自分が悩んだ時も、多数の作品をリファレンスにします。今後予算が増えていけば、そういうお手本の『コマ運び』を増やしていけるはず」と林さんは考えている。

「ユーザーの囲い込みはしない」ことへのこだわり

集英社

撮影:Business Insider Japan

ここで気になる点が1つある。

World Makerで、集英社はどうビジネス化しようとしているのだろうか?

先々、広告モデルなどで収益化していく可能性はあるが、現状、このサービスの利用は無料だ。しかも、そこでできたコンテンツについても、集英社は権利を主張しない。でき上がった作品について、「集英社として囲い込みは一切しないですし、考えてもいない」と林さんは明言する。

開発費については、「コケても『(データが取れたのであれば)しょうがないか』と言える範囲の額」(林さん)とはいうものの、規模から見れば相応に大きな額だろうことは疑いなく、さらに日々のサービス運営費もかかる。

短期的な目先の収益化は目指さず、囲い込みもしない……それでも開発にGOが出た理由は、集英社という大手出版社が変わっていく過程にありそうだ。

林さんは次のように話す。

「以前の出版社は印刷物の物流を担っているゲートキーパーでしたが、今はそうじゃない。世界のどこにだって、作品は出せる時代です。

だとするならば、出版社は作家さん・作り手の役に立たなければいけない。彼らに『ありがとう』と言ってもらえる立場じゃないといけないんです」

だからこそ、創作者の役に立つツールを生み出すことは、漫画やビジュアル創作の底上げになり、結局出版社のためになる……ということなのだ。

「独占しなくても、このツールから新しい作品に出会えればいい。結果として、作家さんの育成、掘り起こしにつながる。このツールで最初になにかを描き始めたら、その印象は一生消えないと思うんです。

だとすると、作品を創ってみたら、まずは集英社に来てくれるのではないか。お金として見えないけれど、そこが大きなところです」(林さん)

だから、社内の稟議段階のプレゼン資料の中では、利用者数などの成功指標も「あえて示さなかった」(林さん)と言う。こうした発想は、“掘り起こし”のロジックを丁寧に説明することで、社内でも意外とすんなり理解されたという。

林さんは週刊連載を複数担当し、ヒット作を手がける多忙なマンガ編集者だ。普通に考えれば、さらにそこから大規模なツールアプリの企画を1人で担当する……ということは選ばない。だが、林さんはあえてやっている。

「(World Makerの開発を通じて)ちょっと遊んでいる感覚はあります」

林さんは笑いながらこうも言う。

「自分が楽しいと思わなくちゃ、やらないですよ。World MakerのPVを自分のアカウントで公開したら、それが1日で一気に100万PVまで伸びたんです。ドキドキしましたね。『みんなが欲しいものだったのなら、この方向性でいいじゃん』と確認できました。いま、さらにアップデートの企画を練り始めたところです」(林さん)

誰かを楽しませるための企画は、仕掛ける側も楽しんでいなければうまくいかない。

それこそが、良いサービスを作るモチベーションになるからだ。

(文・西田宗千佳


西田宗千佳:1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」(朝日新聞出版)、「ソニー復興の劇薬」(KADOKAWA)、「ネットフリックスの時代」(講談社現代新書)、「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」(エンターブレイン)がある。

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