イラスト:iziz
シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。さっそくお便りを読んでいきましょう。
平日はIT企業でエンジニアをしている者です。リモートワークで時間ができたことをきっかけに、趣味でイラストやマンガを描き始め、SNSやイラストのサイトにUPしてきたのですが、有難いことにぽつぽつと仕事の依頼が舞い込んでくるようになりました。
会社が副業OKだったので申請をして受けられる仕事は受けているのですが、最近あるマンガ誌の編集さんから読み切りを描いてみないかと誘われました。ただ、マンガはかなり時間がかかるので、今の仕事をしながら描くのは正直難しいと感じつつ、やってみたい気持ちもあります。
そのためには仕事をやめてフリーになる選択などがありますが、結婚もしており、月に十数万の生活費は稼がなくてはいけません。ただ、マンガでお金を貰える保証もないし、フリーのエンジニア仕事でいきなりそんなに稼ぐのは難しいのではないか……とおよび腰になっています。どのようにして、踏み出していくのがいいでしょうか。
(ミケさん、20代後半、男性)
副業解禁の「本当の理由」
シマオ:大前提としては、副業について、どのようなスタンスで臨めばよいかということですね。
佐藤さん:近年、社員の副業を解禁する企業が増えており、このコロナ禍でさらに拍車がかかっていますからね。ところでシマオ君、それはなぜだと思いますか?
シマオ:えっと……働き方の多様性みたいなことでしょうか。
佐藤さん:それもゼロではないでしょうが、いちばんの要因は、企業がこれまでのように全ての社員に十分な給与を支払うことができなくなってきているからです。だから、足りない分を社員が自ら補填しなさいと。これが、副業解禁の意味です。
シマオ:正社員なのに、「年収は自己責任」ってことですか!
佐藤さん:その通りです。かつての副業は、十分な給料をもらった上で、さらにリッチな生活をするためのプラスアルファでした。しかし、今は生活に必要なお金を稼ぐためで、まさに背に腹は代えられないものに変化しているんです。
シマオ:でも、副業で穴埋めといっても、本業もあるし、どれくらい力を入れてやればいいのか……。
佐藤さん:私がおすすめするのは、まずは年収の5%を目指すことです。逆に言えば、それ以上の副業をしようとすると、本業が疎かになってしまう危険性が高いでしょう。
シマオ:5%ということは、年収400万円の人で年に20万円か。たしかに、頑張れば何とかなりそうかな……くらいのラインですね。
佐藤さん:副業で生活資金を稼ごうとするときに見落としがちなのは、本業で収入を上げることのほうが優先順位は高いということです。一概には言えませんが、ある仕事を極めようとすれば、マニュアル職で30歳くらい、高度専門職であれば40歳くらいになってようやく一人前です。
シマオ:それまでは、まだ本業の能力を磨くことを最優先しなければならない、と。
佐藤さん:はい。一人前になる前に副業にかまけていれば、どこかで本業の手を抜かなければいけなくなる。そうなれば、信頼を失い、本業でのキャリアが頭打ちとなってしまいます。
結婚しているから、むしろ都合がいい
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シマオ:では、ミケさんの場合はどう考えればよいでしょうか? 読み切りって、1話完結のマンガってことですよね。
佐藤さん:ミケさんについて言えば、答えは簡単です。すでに読み切りの依頼が来ているのですから、応じてみればいいのではないでしょうか。ただし、そのマンガ誌が商業誌であることが前提です。
シマオ:商業誌はもし人気が出れば、連載になるかもしれないですしね!
佐藤さん:マンガの世界はヒットすれば、収入の額も桁違いです。その代わり、読者の反応が悪ければすぐに打ち切りになるシビアな世界です。
シマオ:『ワンピース』とか『鬼滅の刃』みたいになれば……。
佐藤さん:マンガの編集者は漫画家と二人三脚でストーリーなどを考えますから、一緒にやる以上、生半可には関われない。他の出版物以上に、編集者自身もリスクを負っているんです。つまり、ミケさんに依頼した編集者は、きっとミケさんの作品に可能性を感じているのだと思います。
シマオ:では、十分チャレンジするに値するということですね。
佐藤さん:それに商業マンガの世界なら、描いてみてダメならすぐに声がかからなくなります。良くも悪くも短期間のうちに答えが出るでしょう。
シマオ:ミケさんは現在ITエンジニアをされているとのことですが、漫画家を目指すことで、その収入を失ってしまうことに躊躇しているようです。
佐藤さん:もちろん、そのリスクはあるでしょうが、それは取るべきリスクだと思います。漫画家としての成功は大きなリターンであり、それを得るためにはある程度のリスクは冒さなければなりません。そのリスクを冒したくないのであれば、趣味にとどめておくべきでしょう。ただ、幸運なことにミケさんはITエンジニアですから、リスクは比較的小さいと言えます。
シマオ:なぜですか?
佐藤さん:ITエンジニアは、いま慢性的な人手不足ですから、ある程度の実力があれば就職先に困ることはないはずです。フリーランスになってもいい。
シマオ:確かに独り身ならそれでもいいんでしょうが、ミケさんは結婚していることがネックになっているようです……。
佐藤さん:シマオ君、結婚しているから、むしろ都合がいいんですよ。マンガに専念する数カ月だけ、パートナーに助けてもらえばいい。夫婦というのは、経済共同体なのですから。もし、成功したら、その分恩返しをすればいいんです。
「忙しい」を言い訳にしない
シマオ:ところで、佐藤さんが外務省へ入ったのは、チェコで神学研究をするためだったと伺ったことがあります。つまり、本業のかたわらで研究を続けようと思った訳ですよね。でも、本業が忙しいと、二足の草鞋を履くなんて難しくないですか?
佐藤さん:もちろん、若いうちはどうしても本業が忙しくなります。しかし、それを言い訳にしてはいけません。私は外務省時代、どんなに仕事で疲れていても、30分でもいいから寝る前に研究書を読んでいました。
シマオ:何としてもやるんだという気合ですね。でも、それからいろいろあって、結果的に作家になられた訳ですけど、当初から作家としての収入だけで食べていけると思いましたか?
佐藤さん:幸い、私は初期の作品が賞を受賞したこともあって、すぐに外交官時代の年収を超えることができました。ただ、重要なのはそれをいかに継続して、生き残ることができるかです。私の感触では、「ノンフィクション作家」として生き残っている人は本当に少ないと思いますし、高い年収を得ているのは一握りだけです。
シマオ:厳しい世界ですね。
佐藤さん:これは作家に限ったことではありません。例えば、通訳の世界でも、千万単位の年収を得ている英語通訳者は10本の指で数えられる程度でしょう。その下には、年収500万円くらいが2000~3000人くらい。さらにその下になると、通訳だけでは食べていけないでしょう。
シマオ:そういう世界で生き残っていくコツはあるんでしょうか?
佐藤さん:作家について言えるのは、長生きするためには、インプットとアウトプットのバランスを取っていくことと、「あぶく銭」が入る講演をやりすぎないことです。
シマオ:講演はダメなんですか?
佐藤さん:講演を生活の柱にすると、本業の執筆活動が疎かになってしまうからです。
シマオ:なるほどなぁ……。お話を伺っていて、僕もそろそろ真面目に副業を考えなければいけないのかなと思ってきました。
佐藤さん:この10年間の日本は、機会の平等さえも保証されない格差社会の傾向が強まってきたと言えます。副業解禁の波はその中で、企業も個人も背に腹は代えられずに起きたもので、手放しで喜べるものではありません。とはいえ、そういう世の中ですから、本業に支障を来さない程度に副業で収入を得たり、新たなチャレンジに踏み切ってみたりするとよいのではないでしょうか。
シマオ:という訳でミケさん、ご参考になりましたでしょうか。漫画家への道が開けるといいですね。デビューしたら、ぜひ教えてください!
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。次回の相談は10月6日(水)に公開予定です。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、イラスト・iziz、編集・野田翔)