世界中で脱炭素の取り組みが加速しているいま、「ペロブスカイト型」と呼ばれる新しいタイプの太陽電池が注目されています。
Iaremenko Sergii/Shutterstock.com
日本では、二酸化炭素排出量を2030年までに46%削減(2013年比)するという目標に向けて、グリーン成長戦略をはじめとした脱炭素化への取り組みが進み始めました。
アメリカでも、バイデン政権が2050年に向けてアメリカ国内での発電の45%を太陽光発電でまかなう方針を発表したことが話題となりました。
世界を見渡せば、パリ協定で定められた二酸化炭素排出量の削減目標に向けて、各国さまざまな取り組みを進めています。
世界の脱炭素化を進める上で欠かせないのは、これまで火力発電などによって大量に二酸化炭素を排出してきたエネルギー産業の再生可能エネルギーへの転換です。
そんな中、実は再生可能エネルギーの代名詞ともいえる「太陽光発電」に、大きな革命が起きようとしています。
太陽光発電といえば、自宅の屋根の上に設置されたり、いわゆる「メガソーラー」と呼ばれる大規模な発電所として敷設されたりするのが一般的なイメージでしょう。
沖縄電力の安部メガソーラー実証研究設備。ここにはシリコン型の太陽電池はもちろん、CIGS型と呼ばれる別の素材からなる太陽電池も並んでいる。
撮影:三ツ村崇志
こういったところで使われるソーラーパネルのシェアの約95%は「シリコン」をベースにしたものです(参照)。
しかし実はここ数年の間に「ペロブスカイト型太陽電池」と呼ばれる、シリコン型とはタイプの異なる、新しい素材を用いた太陽電池の注目度が高まっています。
このペロブスカイト型太陽電池は、2009年に桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授によって発見された「日本生まれ」の素材です。
実験室レベルでは、すでにエネルギーの変換効率がシリコン型の太陽電池に迫っており、軽くて安価、さらに製造も簡単だとされています。
塗料のように「塗って作る」ことができる特徴から、フィルム状に加工して「折り曲げられる太陽電池」として、これまでの太陽電池の常識を覆す可能性を秘めた素材だとも言われています。
日本でも、2021年9月10日に東芝がモジュール化した状態での世界最高効率となるエネルギー変換効率15.1%のペロブスカイト型太陽電池を発表するなど、今、国内外で熾烈な開発競争が進められているのです。
東芝の開発した大面積フィルム型ペロブスカイト太陽電池モジュール。1ステップメニスカス塗布法を用いて作製された。
出典:東芝
ペロブスカイト型太陽電池は、これまでの太陽電池と何が違い、どんな可能性を秘めているのでしょうか。
9月の「サイエンス思考」では、京都大学でペロブスカイト型太陽電池の材料を研究し、ペロブスカイト型太陽電池の製品を開発するベンチャー企業「エネコートテクノロジーズ」を創業した、若宮淳志教授に話を聞きました。
シリコンが抱えてきた課題とは?
京都大学の若宮淳志教授。
写真:取材時の画面をキャプチャ
「シリコン。これはもう本当にすごいんです。広く普及していて、耐久性も良い。価格も安くなってきた。ただ、重くて製造に時間がかかる点が課題でした」(若宮教授)
シリコンをベースとした太陽電池は、太陽光を電気へと変換する効率が20%以上と高いうえ、中国などの大規模工場で大量生産されることでコストも下がり、シェアの95%を占めるまで普及してきました。
しかし、その重量が枷となって、日当たりは良いのに耐荷重が小さい屋根や、ビルの側面などには設置することができません。
今後、再生可能エネルギーの導入を進めていく上で、こういった再生可能エネルギーを活用できそうな「資源」を有効活用する必要があると考えられています。
そこで、シリコン型の太陽電池との価格競争にも耐えることができ、もっと手軽にどこにでも設置できるような軽くて柔軟な太陽電池の開発が求められていました。
そんな期待を体現しようとしているのが、まさに「ペロブスカイト型」の太陽電池なのです。
「 塗って作れる」ペロブスカイト太陽電池の利点
ペロブスカイト構造の模式図。緑色の部分にヨウ化物イオンが位置する。
提供:若宮淳志教授
ペロブスカイト型太陽電池の「ペロブスカイト」とは、原子がつくる特別な結晶構造の総称です(上図参照)。ペロブスカイト構造を持っているチタン酸カルシウムの結晶構造を発見したロシアの科学者、ペロブスキーにちなんで名付けられました。
ペロブスカイト型太陽電池として一般的に使われているのは、有機化合物のメチルアンモニウムイオン、ヨウ化物イオン、そして鉛イオンからなる素材です。上の図のように、格子状に並んだメチルアンモニウムイオンの隙間に、ヨウ化物イオンの八面体構造が並び、さらにその内部に鉛イオンが収納されています。
この複雑な構造のためか、ペロブスカイト構造は原子や分子の組み合わせに応じて、太陽電池としてだけではなく科学的にさまざまな「面白い」性質を持つことが知られています。
ペロブスカイト型太陽電池でも、ヨウ素を臭素にしたり、鉛をスズにしたりと材料を少し替えることで、吸収しやすい光の波長などをチューニングすることが可能だとされています。
若宮教授はペロブスカイト型太陽電池の特徴について、
「塗って作れる。これが一番大きいです。これはつまり、低温で製造できるということです」
と指摘します。
シリコン型の太陽電池を作るには、シリコンを高温で還元して、さらに溶かしてから結晶化させる工程が必要不可欠です。
一方で、ペロブスカイト型太陽電池は、ペロブスカイト構造の各コンポーネントとなる原子や分子がイオンとしてばらばらに溶けた状態で存在している液体ごと、「塗料」のように吹き付けて作ることができます。
まるで新聞を印刷するかのように薄くプリントし、乾かすだけで簡単に製造することが可能なのです。
「塗料が乾いていく過程で、液体の膜の中でペロブスカイト構造が組み上がっていくんです。最終的にホットプレートで100度くらいの温度でアニール(焼きなまし)すると、完全に溶媒が乾き、半導体構造がその場でできあがります」(若宮教授)
従来のシリコン型の太陽電池と違い、高温で還元するために大量のエネルギーを消費する必要もなければ、結晶化させるために冷やす時間もさほどかかりません。
だからこそ、フィルムのように柔らかな基板に塗布することで、「折り曲げられる太陽電池」を簡単につくることも可能なのです。
フィルム状にしたペロブスカイト型太陽電池。一般的なシリコン型の太陽電池だと、これほど曲げることはできない。
提供:若宮淳志教授
加えて、若宮教授は
「結晶のシリコン系太陽電池というのは、『高照度』のよく晴れた日には非常に高い発電効率を示すのですが、『低照度』つまり、日が落ちてくると発電効率が落ちてしまうんです。
一方で、ペロブスカイト型太陽電池は、高照度はもちろん、室内のような低照度でも発電効率が落ちない点が特徴です」
と説明します。
ペロブスカイト型太陽電池で実現される「どこでも電源」
「やっぱり『どこでも電源』として、身の回りに普及させたい」
若宮教授は、ペロブスカイト型太陽電池が活用される未来について、こう語ります。
太陽光発電の現在の市場は、既存のシリコン型が普及している屋根の上やメガソーラーなどが中心です。
将来的には、シリコン型とペロブスカイト型の太陽電池と組み合わせることで、より高性能な太陽電池を開発し、既存の太陽電池に置き換えることなどが考えられています。
一方で、軽量で柔軟なフィルムとして加工性に優れた特性や、小さくてもエネルギー変換効率が高い点、さらにそれが室内のような低照度の環境でも維持されるという特徴を活かすことで、ペロブスカイト型太陽電池はこれまでにない使い方が可能だと若宮教授は語ります。
「恐らく、用途はものすごく広がるんじゃないかなと思っています。
室内に設置するような各種センサー、それから農業でもビニールシートなどに貼って使えれば良いと思いますし、飛行機や車に貼って発電することもできます。ビルの壁やカーテンなどにも使える。あとはカーポートや高速道路の側面にある防音用のシートなんかにも貼れる。そういう意味で、本当にどこでも電源にできると思っています」(若宮教授)
ペロブスカイト型太陽電池を使った災害用発電テント。テントに太陽電池を装着しようにも、シリコン型だと重すぎてしまう。モジュールも巨大なため、ある程度の大きさがある軽いフィルム状の太陽電池を使えば、コンパクトに収納できるため活用の幅が広がる。
提供:若宮淳志教授
若宮教授の研究室では「フィルム型の太陽電池を装着した災害用テント」なども試作しています。
普段は折りたたんでコンパクトに保管しておき、災害時には電源を供給できる災害用テントとして活用できるというわけです。
「現代はスマホ社会です。しかし、スマホの充電は1日程度でなくなってしまいます。避難所にこういう発電シートがあると絶対良いだろうなと考えました」(若宮教授)
室内の照明程度の光から電力を得られるメリットも大きいと言えます。
すでに、室内の照明程度の光で発電する太陽電池を備えた電卓や時計などの簡単なデバイスは存在しています。こういったデバイスには、「アモルファス」と呼ばれるガラス状のシリコンでできた太陽電池が使われています。
この電卓のディスプレイの上にある黒い領域は太陽電池になっており、遮ると電卓が使えなくなる。簡易的な電卓ではよく使われている。
Tatchaphol/Shutterstock.com
ただ、メガソーラーなどで使われている結晶化させたシリコン型の太陽電池に比べて、アモルファスの太陽電池はエネルギー変換効率が低く、室内で大量の電力が必要となるIoTデバイスなどには活用することはできませんでした。
最近では、家庭内はもちろん、大規模な工場などでも、これまで以上に多くの電力を必要とするIoTデバイスが活用され始めています。ペロブスカイト型太陽電池を使えば、室内の照明だけでこういったIoTデバイスに電力を供給することができる可能性があるのです。
実際、若宮教授が創業したエネコートテクノロジーズでは、ペロブスカイト型太陽電池を電源とした、スーパーなどで使われる「電子棚札」を開発しています。
「タイムセールのときに、すべての札を(コンピューターなどの操作で)パッと変更できたりするのは良い試みですよね」(若宮教授)
メガソーラーなどと比べると、非常に小さなスケールだと感じる人も多いかもしれません。しかし、こういった小さな電力消費の積み重ねが現代のエネルギー大量消費社会を作り上げていることもまた事実です。
脱炭素に向かっていくには、こういった積み重ねが重要になることは間違いないでしょう。
ペロブスカイト型太陽電池に残された課題とは?
シリコン型の太陽電池は、この写真のように大規模に設置されてメガソーラーとして活用されている。将来的には、こういった施設の一部にペロブスカイト型太陽電池もうまく活用されていくかもしれない。
Shutterstock/ Fly_and_Dive
ペロブスカイト型太陽電池は、2009年に発見されて以降、急速に研究開発が進んできました。10年程度で、エネルギー変換効率もシリコン型太陽電池に匹敵するようになってきました。
若宮教授は、その要因として、有機ELなどの研究開発で培われた知見を活用することができたことが大きかったのではないかと指摘します。
ただもちろん、ペロブスカイト型太陽電池にはまだ課題も残されています。
既存のシリコン型の太陽電池に置き換えることを想定した場合は、「大型化」が必須です。しかし、ペロブスカイト型太陽電池は、大型化が難しいと言われています。
「『塗り方』がものすごく重要になります。いかに高品質なペロブスカイト半導体膜を作れるかがポイントです。その過程で、やはり小さい面積のものなら高密度で作れるのですが、大型化しようとすると、歩留まりや、均一性を担保することが難しくなってきます」(若宮教授)
高いエネルギー変換効率を維持するためには、できるだけ高密度に均一に材料を塗る必要がある一方で、面積が大きくなればなるほど、どうしても塗りムラができやすくなります。
これは、世界中で研究開発が進められているポイントです。
また、「耐久性」にも課題があります。
シリコン型の太陽電池は数十年の耐久性がある一方、ペロブスカイト型太陽電池の耐久性はまだ数千時間程度です。メガソーラーなどの施設で利用するには、数十年とは言わないまでもせめて数年の耐久性は欲しいところです。
加えて、材料として「鉛」を使用している点も課題の一つだとされています。
鉛はデバイスの素材として優秀な性質を持っている一方で、環境や人体に悪影響を与える素材であることから、極力使用が避けられている物質です。
メガソーラーなどの管理しやすい環境でしっかりと回収ルールを定めておけば、そのまま利用することは可能でしょう。しかし、若宮教授が考える、あらゆる場所で使える太陽電池として活用する上では、鉛フリーのペロブスカイト型太陽電池の開発が必要だといえます。
実際、若宮教授らの研究室では、鉛をスズに替えたペロブスカイト型太陽電池の研究開発にも取り組んでいます。
「スズは有力候補なんですが、現時点では変換効率が半分程度です。材料の安定性、純度の問題、既存の材料との組み合わせも考えなければならないし、鉛より塗るのも難しい。
ですが、私たちの背景にある技術を使えば、世界に勝てるんじゃないかなと思っています。そのモチベーションは、『どこでも電源』として本当に普及させたいから、ほかの研究者にはできないことなんじゃないかと思っているから、だからいま、一生懸命やっています」(若宮教授)
(文・三ツ村崇志)