自民党総裁選は4人が立候補した。
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自民党総裁選が9月17日に告示され、河野太郎・行政改革担当相(58)、岸田文雄・前政調会長(64)、高市早苗・前総務相(60)、野田聖子・幹事長代行(61)の4人が立候補。9月29日の投開票日に向けて選挙戦が始まった。
女性の立候補は2008年の小池百合子氏以来。4人のうち女性候補は2人で過去最多だ。
現時点で公式サイトや会見などで明らかになっている各候補の政策、各候補をめぐる情勢を以下にまとめた。(※立候補表明順)
岸田文雄氏(64歳)
自民党総裁選への立候補を表明する岸田文雄氏(8月26日)
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自民党の名門派閥「宏池会」(岸田派)の会長。これまでに外相や党政調会長などを歴任した。
昨年の総裁選では安倍前首相からの禅譲を期待しながらも、菅義偉首相の出馬でその目算が外れた。今回は他に先駆けて、立候補を表明した。
スローガンは「声をかたちに。信頼ある政治」。
政策で一番に掲げるのは「コロナ対策」だ。「医療難民ゼロ」「ステイホーム可能な経済対策」「電子的ワクチン接種証明の 活用と検査の無料化・拡充」「感染症有事対応の抜本的強化」を4本柱に掲げる。
省庁再編も目指し、感染症対応を一元的に担う「健康危機管理庁」の創設も公約に入れた。
経済政策では「『成長と分配の好循環』による新たな日本型資本主義」で新自由主義」からの脱却を掲げる。数十兆円規模の経済対策も図るという。
また「成長」一辺倒ではないとアピールも。「令和版 所得倍増計画」と銘打ち、格差の是正を掲げ、安倍・菅路線とは一線を画すことを意識している。
ちなみに「所得倍増計画」は、岸田氏の出身派閥「宏池会」の創設者で池田勇人首相(任1960〜64)が打ち出した経済政策で、戦後の高度経済成長に影響を与えたもの。岸田氏は偉大なる先達に自らを重ね、演出しているようだ。
特徴的なのは、党役員任期を「1期1年・連続3期」までとし「権力の集中と惰性を防ぐ」と明言したことだ。
安倍・菅政権下で党幹事長として過去最長の任期となった二階俊博幹事長を中心とした執行部の刷新を狙う意図を匂わせた。
これは本気で総裁を狙うという党内向けの「攻め」のメッセージだ。
選択的夫婦別姓をめぐっては党内の推進議連に参加しているが、出馬会見ではBusiness Insiderの質問に対し「引き続き議論を」と答え、慎重な立場を崩さなかった。
これは最大派閥の細田派に影響力を持つとされる安倍前首相らを意識した発言と見られた。
ところが、告示日が近づいてきた15日にはBS-TBSの番組で、導入を議論すべきと軌道修正した。これは若手議員や、選択的夫婦別姓に肯定的な河野氏の出馬を意識したものと見られる。
自身の公式サイトにも政策集を掲載し、「岸田BOX」と名付けた一般からのアンケートを募集。YouTubeで自身の言葉でアンケート回答するなど「国民の声を聞く政治家」という姿勢を打ち出している。
17日の所見表明後の記者会見では改憲について言及。自民党が掲げる憲法改正4項目について、任期中に実現を目指す姿勢を見せた。
皇位継承については「女系天皇には反対」との立場を示した。
2019年の参院選では岸田氏の地元組織、自民党広島県連が推薦した現職候補が、党中央の肝いり候補との「同士討ち」で落選した。
この肝いり候補こそ、のちに公職選挙法違反で起訴される河井案里氏だった。
高市早苗氏(60歳)
自民党総裁選への立候補を表明する高市早苗氏(9月8日)
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もとは自民党の最大派閥「清和政策研究会」(現在の細田派、当時は町村派)に属していたが、現在は無派閥。これまでに総務相や党政調会長などを歴任した。
実は生粋の自民党員ではなく、過去には自由党、新進党などに所属していた。
自民党入りしてからは清和政策研究会へ。以降、党内保守派として活動している。
今回の総裁選では随一の保守派。細田派に影響力を持つとされる安倍前首相に国家観や思想が近いことから、安倍氏やその周辺から支持を受けている。
政策的にも、安倍前首相のカラーを引き継ぐ姿勢が色濃く見える。立候補表明会見で最初に掲げたのは経済政策。「アベノミクス」を引き継ぎ、発展させるという「サナエノミクス」だ。
内容はアベノミクスと同様「3本の矢」を掲げ、金融緩和、機動的な積極出動、危機管理投資・成長投資による積極財政を主張。
安倍政権が掲げた「物価上昇率2%」に届くまでは、プライマリーバランス(国と地方の基礎的財政収支)の黒字化目標を「凍結」すると訴えた。
省庁再編にも言及し、「環境エネルギー省」や「サイバーセキュリティ庁」の創設を目指すという。
また、コロナ対策にとどまらず将来的な感染症への対応のため「ロックダウン」(都市封鎖)を可能にする法整備も主張する。
防衛政策も重視。「敵基地攻撃」の能力保有について「敵基地を無力化することを早くできた国が自分の国を守れる」と述べ、積極的な法整備を主張。電磁波による敵基地無力化や小型の核融合炉の建設なども訴えている。
これまで続けてきた靖国神社への参拝も継続する姿勢。皇位継承については「男系男子」を堅持する考え。
選択的夫婦別姓は「通称」の使用を広げることが大事だとして否定的。同性婚制度についてもこれまで慎重な立場。いずれでも慎重派の急先鋒として知られる。
Twitterの投稿は2019年1月10日が最後になっていたが、総裁選に立候補表明後に更新を再開した。
2011年にナチス・ドイツのシンボルに似た旗などを掲げ、「祖国民族を守護」「血の純血を保持」などを唱える団体の男性代表と一緒に写真を撮影していたことが2014年に報じられた。
また、1994年に出版された書籍『ヒトラー選挙戦略』に推薦文を寄せていたことも同年に報じられ、批判を受けた。
河野太郎氏(58歳)
自民党総裁選への立候補を表明する河野太郎氏(9月10日)
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現役閣僚で唯一の立候補者が河野氏。2009年以来、2回目のチャレンジだ。
安倍政権では外相、菅政権では行政改革担当相。行政手続きにおける「はんこ」の必要性に疑問を呈すなどで注目された。
コロナ禍にあって、ワクチン担当相も担っている。
総裁選でのスローガンは「日本を前に進める。自民党を変え、政治を変える」。
政策集の先頭に「命と暮らしを守る政治」を掲げ、科学的知見に基づく感染対策やワクチンの3回目(ブースター)接種実施などを掲げた。
経済政策には「地域経済と社会を支える中小企業や個人事業主」を支えると明記。エネルギー政策も重視。
菅政権が掲げた「2050年までの温室効果ガス排出量“実質ゼロ”」目標を引き継ぐ考えを示す。
また、社会保障改革に向けて厚生労働省の所管業務を「年金」と「医療」で分担すべきと主張。岸田氏、高市氏と同様に省庁再編も視野に入れているようだ。
河野氏の持ち味といえば、党の方針や有力者も批判してきた、歯に衣着せぬ「異端児」の姿勢だ。
過去には「脱原発」や、母方が天皇の血統を引く「女系天皇」の検討を主張するなど、自民党内では異色の「与党内野党」として存在感があった。
ところが今回の総裁選出馬をめぐり、これまでの持論はトーンダウンさせている。
「脱原発」については「いずれ原子力はゼロになるだろう」と述べるにとどめ「再生可能エネルギーを最優先で導入していく」「足りないところは安全が確認された原発を当面は再稼働していくのが現実的」と語っている。
皇位継承について。「女系天皇」や父方が天皇の血統を引く「女性天皇」については、あくまで「政府の有識者会議での議論を尊重する」という姿勢を見せた。
これらは党内の保守派への気配りと見える。
河野氏の所属派閥は「志公会」(麻生派)だが、今回は派閥としての全面バックアップは得られなかった。
一方、派閥の色が薄いこと、党内の実力者の中では比較的若いことから、当選3回以下の若手議員からは古い自民党のイメージを刷新できると信望は厚い。
無派閥で安倍氏とは距離を置いてきた小泉進次郎氏、過去の総裁選で安倍氏や菅氏と争った石破茂氏などが支持を表明している。
報道各社による「次の首相」を問う世論調査でも軒並みトップに名を連ねていることから「選挙の顔」として期待する向きがある。
選択的夫婦別姓と同性婚制度については、9月16日のグループインタビューで「賛成」を明言した。
一方で「国会で議論を」と、導入に前のめりな姿勢は打ち出していない。
「発信力」に定評があるとされ、Twitterのフォロワー数は242万1500超。安倍前首相(227.8万)や菅首相(47.6万)をおさえ、国会議員では最多だ。
だが、閣僚であり公的な情報を発信するアカウントでありながらフォロワーを相次いでブロックする姿勢には批判の声もある。今回の総裁選では専用のTwitterアカウントを用意した。
外相時代の2018年、記者会見で北方領土問題をめぐる質問を受けた際に再三「次の質問をどうぞ」と述べ質問に答えず、批判された。
8月24日に開かれたオンライン会議の場で、資源エネルギー庁の幹部職員にパワハラを行った疑いがあると、9月1日に「週刊文春」が報じた。
河野氏は「言葉遣い、気を付けなくちゃいかんところはある。そこは反省しなくてはいけない」と釈明している。
野田聖子氏(61歳)
自民党総裁選への立候補を表明する野田聖子氏(9月16日)
野田氏のFacebookより。
二階幹事長を「幹事長代行」として支えてきた野田氏は、告示日前日の9月16日に立候補を表明した。
野田氏は過去3回の総裁選でも立候補を模索してきたが、党国会議員20人からの推薦の壁に阻まれ、出馬を断念してきた経緯がある。
今回は切り崩しを警戒しつつ、推薦人の獲得に奔走。ギリギリで初の立候補表明にこぎつけた。
告示直前になったため、具体的な公約・政策については選挙戦を通して訴えていくとしている。
野田氏は1993年に初当選。98年に当時の小渕恵三内閣で郵政相に抜擢。当時37歳での閣僚就任は史上最年少だった。その後も総務相、党総務会長などを歴任した。
立候補表明のぶらさがり会見では、
「他の候補者の政策からは小さき者、弱き者を奮い立たせる政策を見つけ出せなかった」
「これまで主役になれなかった女性、子ども、高齢者、障害者が生きる価値があると思える保守の政治をつくりあげたい」
と訴えた。
立候補表明は4人の中で最も遅かったが、告示日が近づくにつれてTwitterで「だれもが『わかる政治』を」と題して政策について連日表明。「コロナ禍で女性たちが抱える孤独感や困難に寄り添うことから始めたい」と日々、方針をつづった。
加えて、菅政権が発案した「こども庁」の実現、こどもの誕生・成長、虐待や貧困に対応する「こどもまんなか社会」事業などにも意欲を見せる。
野田氏自身も、人工呼吸器や胃ろうなどが必要な「医療的ケア児」の息子がいる母でもある。
立候補を表明に先立つ9月16日朝には、「個性・多様性の源泉である女性、高齢者、障害者、LGBTQなど、全ての国民が力を発揮できる『フェア』な制度に向け、改革を推進します」と表明した。
さらに16日にはTwitterで「選択的夫婦別姓の実現を目指します」とも明記した。野田氏は若手議員の頃から選択的夫婦別姓に「賛成」の立場だ。
2002年には、家庭裁判所の裁定を通じて例外的に夫婦別姓を実現できる法案提出を目指したが党内保守派の高い壁を超えられず、断念している。
所見発表では日本初の女性総理になったら「閣僚の半分は女性を目指す」と表明。
また、森友問題の再調査にも4候補で唯一言及。財務省での決済文書の改ざんを批判した上で「総裁になったら党に解明チームをつくり、必要に応じて調査する」と述べた。
加えて、皇位継承問題については「総裁選で皇位の議論をすべきではない」とした上で、「女系天皇」も「選択肢の一つ」との見解を示した。
週刊文春は9月8日、野田氏の夫が警察庁のデータベース上で「過去に暴力団に所属していたと記録されていることがわかった」と報じた。過去にも週刊文春は野田氏の夫が暴力団員だったと報じてきたが、野田氏側は否定し名誉毀損だとして訴え、訴訟になった。
東京地裁は2021年3月に、大筋で名誉毀損を認めつつも「夫は元暴力団員」とした部分については「真実と信じる相当な理由があった」との判決を下したが、野田氏側・週刊文春側ともに控訴している。
自民党総裁選、過半数なければ「決選投票」 党内に渦巻く思惑
自民党本部8階ホールには歴代総裁の肖像画が飾られている。次に描かれるのは誰だろうか。
撮影:吉川慧
今回の総裁選は、全国の自民党員・党友も投票に参加する「フルスペック」の選挙となる。
党所属の国会議員ごとに1票で「382票」、党員・党友票「382票」の計764票で争う。投票総数の半分を占める党員・党友票は、選挙人は110万人超からの投票に応じて各候補にドント方式で配分する。
4人のうち過半数(383票)を獲得した候補が新総裁となる。
そのため、各都道府県連に3票ずつしか割り振らなかった前回の総裁選とは異なり、一般党員が参加する地方組織の比重が増している。
コロナ禍の中で各候補とも全国遊説や街頭演説が大々的にできないため、積極的にメディアに出演したり、インターネットの配信や動画への出演、SNSなどでアピールしている。
だが、候補者が乱立模様のため過半数の獲得が困難な可能性もある。
初回投票で誰も過半数を獲得できなかった場合は上位2名による決選投票が実施される。
ただ、決戦投票では国会議員票は1回目同様「383票」に対し、党員・党友は投票できず、各都道府県連に与えられる47票のみ。
つまり、決選投票では国会議員票の重みが格段に増す。
前回(2019年)総裁選の公開討論会(2019年9月8日)
撮影:吉川慧
各派閥は「勝ち馬」を見極めている
特に今回の総裁選は、現職の総理総裁が出馬せず、直後に衆院総選挙を控えるという特殊な状況だ。
前回の総裁選とは異なり、自民党の各派閥が雪崩を打って同一候補に「乗る」という構図は今回のところはまだ見えない。
各派閥が勝ち馬に乗り、内閣や党内の需要ポストを狙う従来の総裁選とは異なり、一般の有権者からの人気も考慮した「選挙の顔」を選ぶという面も色濃いからだ。
特に河野陣営は党員・党友票でアドバンテージを稼ぐことで、1回目の投票での過半数獲得を狙う。
ただ、一般党員から人気だからといって総裁になれるとも言えない。前々回の総裁選では党員・党友票で安倍氏を上回った石破氏が決選投票で敗れている。
繰り返しになるが、決選投票は国会議員票がカギになる。1回目の2位以下の候補者や支持者が、ここで手を組むことも容易に想定される。
そのため結束力の高い岸田派以外の各派閥では、投票を拘束しない「自由投票」や「特定の候補2名のうちどちらか」など、支持にグラデーションも生じている。
以下の表は各派閥の対応をまとめたものだ(9月17日時点)。
派閥(人数) | 河野氏 | 岸田氏 | 高市氏 | 野田氏 | |
---|---|---|---|---|---|
細田派(96人) | 支持 | 支持 | |||
麻生派(53人) | 支持 | 支持 | 容認 | ||
竹下派(52人) | — | — | — | — | 各候補の推薦人になることはOK |
二階派(47人) | — | — | — | — | 1回目は自主投票、決選投票は一本化 |
岸田派(46人) | 支持 | 岸田氏支持で一本化 | |||
石破派(16人) | — | — | — | — | 投票拘束せず。石破氏は河野氏支持 |
石原派(10人) | — | — | — | — | 自主投票 |
谷垣グループ(17人) | 容認 | 支持 | 容認 | 容認 | |
無派閥(46人) | — | — | — | — |
安倍前首相の動き、若手の警戒…まるで「空中戦」?
安倍首相は自身の出身派閥である細田派の議員に高市氏支援を呼びかけるなど、「院政」「闇将軍」のように影響力を行使しようと狙う動きも透けてみえる。
ただ、総選挙での落選を警戒する当選3回以下の若手による派閥を横断したグループ「党風一新の会」が結成されるなど、首相経験者、長老、派閥領袖が影響力を持つ状況に懐疑的な議員も出始めている。
「党風一新の会」のまとめ役は福田達夫氏。福田康夫首相の実子で所属は細田派だ。
党内の「権力闘争」であるため、総裁選では自らがやりたい政策、国民に問いたい政策が表立っては出にくい側面もある。
すでに決選投票を睨んでか、従来の持論を封じたり、立候補表明後に意見を軌道修正したりなどする候補者もいる。
また、候補者は閣僚や党役員として、安倍・菅政権を支えてきた人ばかり。これまで自らの政策を積極的に唱えてこなかった理由や訴える政策の実現可能性も問われるだろう。安倍・菅政権下での対コロナ政策の検証も当然問われる。
「総理総裁」という言葉の通り、自民党総裁選の勝者は日本の首相になることが事実上決まる。
野党が求めている臨時国会は一向に開かれていないが、総裁選後には首班指名(内閣総理大臣の指名)のため臨時国会は必ず開かれる。
新総裁・新首相は党利党略や「空中戦」に陥るのではなく、11月にも開かれるであろう国政選挙も想定した上で、国会での野党との論戦にも期待したい。
4候補の所見発表演説(2021年9月17日)
(文・吉川慧)
【UPDATE】情報を更新しました(2021/09/18 15:00)