欧米で活用されているジョブ型雇用を日本に導入する議論は続いている。周囲の反応はどうだろうか?
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コロナ下でジョブ型人事制度を導入する企業が相次いでいる。
職務が明確で配置のミスマッチがなくなるとのうたい文句で若い世代の支持率も高いが、給与面でのデメリットなど手放しで喜べない“副反応”も見えてきた。
8割近くがジョブ型「良いと思う」だが……
パーソル総合研究所の調査(2020年12月25日〜2021年1月5日)によると、ジョブ型人事制度をすでに導入している企業は18%、導入を検討している(導入予定含む)企業は4割近くに上る。とくに企業規模が大きいほど導入検討企業が多く、従業員1000人以上では40%を超えている。1月頭の調査であり、今ではさらに導入が進んでいるだろう。
働く人の支持率も高い。エン・ジャパンの「『ジョブ型雇用』実態調査」(2021年8月6日発表)によると、「ジョブ型雇用」をどう思うかとの質問に対し、76%が「良いと思う」と回答し、「良くないと思う」は24%しかいない。ただし、この回答には留保が必要だ。
ジョブ型雇用という言葉と意味を知っているのは14%にすぎなかった。その上で「仕事内容・勤務条件などがあらかじめジョブ・ディスクリプション(職務記述書)により定められており、入社後のミスマッチや不本意な配置転換を避けられます。一方、専門性を期待されるため、未経験者が採用されにくくなる傾向があります」という説明を加えたうえでの回答であるからだ。
そして、良いと思うと答えた人に理由を聞くと「ミスマッチが減りそうだから」(74%)、「(入社時に仕事内容・勤務条件が定められる)安心感があるから」(49%)、「不本意な異動・配置転換が避けられるから」(44%)という回答が最も多い。
確かに欧米のジョブ型雇用は、入社時の職務記述書に定めた職務や労働条件などの契約で決まり、日本のように会社命令による人事異動もなく、異動させる場合は本人の同意が必要だ。採用においても新卒・中途に限らず、必要な職務スキルを持つ人をその都度採用する「欠員補充方式」が一般的だ。
しかし、現在ジョブ型と称される日本企業の職務記述書は、詳細に定義されているものは少ない。また、新卒一括採用による内部育成も実施され、会社主導の人事異動や転勤も行われている。
転勤も異動も「あり」のジョブ型
日本で導入され始めているジョブ型には転勤も異動もあり、「場所を問わない働き方」の実現にはまだ時間がかかりそうだ。
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たとえば「KDDI版ジョブ型」と呼ぶKDDIの労働組合幹部は「会社は人事異動も転勤もあると言っている。職務記述書も以前の制度の定義より多少細かく記述されているが、能力的要素も入る大括りで抽象的な内容になっている」と指摘する。
同様にジョブ型を導入した大手精密機器メーカーの人事担当者は「一般的には明確なジョブディスクリプションを作成することがジョブ型の基本だと言われているが、そのやり方だと導入時はよくても実際に運用するのは難しい。他の大手企業でも職務記述書を細かく書いているところは少なく、せいぜい3〜4行のジョブサマリーを書いているだけだ」と語る。
また、高いポストに就くなどの人事異動についてジョブ型企業は「社内公募制」を導入しているところが多い。ただし、三菱ケミカルは「原則社内公募」とするものの、候補者がいない場合は、会社主導の異動または採用に切り替えるとしている。しかも応募した社員全員が希望するポジションに異動できるわけではなく、会社主導の人事権は残されている。
つまり、ジョブディスクリプションはそれほど明確ではないうえに、不本意な異動・配置転換の余地も残されている日本企業の制度は純粋なジョブ型雇用ではない。
肝心の給与がどうなるか?
そして先の調査の説明で欠けているのは給与がどうなるかである。仮に今の制度を“日本版ジョブ型制度”と呼ぶならば、導入企業に共通して見えてきた最も大事な点は給与体系が大きく変わることだ。具体的には以下の点だ。
- 降格や職務変更による給与の減少
- 定期昇給制度の廃止(個人別の評価昇給・降給への移行)
- 家族手当・住宅手当等の諸手当の廃止
その前に日本企業の賃金制度とジョブ型の違いを説明しよう。日本企業の給与は年功的賃金と言われるが、正確に言えば「能力給」(職能給)と呼ばれる。
仕事を行う上で必要な能力を定義し、それを格付けした等級(職能等級)に基づいて給与が支払われる。つまり「彼の能力なら課長が務まるだろう」という“人基準”だ。
ただし、人の「保有能力」を厳密に判定するのは難しい。しかも能力は育成すれば年齢に応じて伸長することから結果的に年功序列的運用に陥りやすい。
職業スキルのない学生を「潜在能力」を基準に一括採用し、一律初任給を基本に生活保障給としての定期昇給と、培った能力に応じて昇格(降格はしない)し、給与が上がっていくのが日本企業の賃金制度である。
仕事基準のジョブ方は降格、給与減起こりやすい
職務スキルに応じた給与体系になれば、シビアな結果になることも。
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それに対してジョブ型は「職務給」と呼ばれ、職務に求められる知識・スキルなどの職務価値を算定し、それを格付けした等級(職務等級)に基づいて給与を支払う。
つまり必要とする職務を担うことができるかどうかでポストに登用する“仕事基準”だ。逆に職務が担えない、必要とされる職務がなくなると降格も発生する。
仕事基準である以上、年齢や勤続年数などの属人的要素を徹底して排除するのがジョブ型=職務給の前提となる。
したがって1の「降格や職務変更による給与の減少」については、従来の制度では起こり得なかった降格による給与減が容易に起こりやすい。かつて類似の「役割給」制度を2001年に管理職に導入したキヤノンでは導入3年目に管理職層300人が昇格する一方、150人が降格する現象も発生した。
同じように役割給(ミッショングレード制)を2006年に導入したソフトバンクは「2000人以上の全体の管理職のうち、役割変更によって約700人が昇格し、500人が降格しているイメージだ 」と当時の人事担当者は語っていた。
スキルアップ求められ続けるジョブ型。安住はない
変化が著しい現代でジョブ型雇用になれば、自分のスキルが必要なくなるとポストも消えてしまう。常にスキルアップが求められる。
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今回のジョブ型導入に際しても既存の社員の職務の分析と評価が実施され、職務等級に格付けされる。ただし、新制度の報酬水準に合致しない人も当然発生する。
2020年4月に管理職にジョブ型を導入した大手機械メーカーの人事担当者はこう語る。
「約1000人の管理職について従来の職務の実態を分析し、評価を行った上で、新たなジョブ等級への格付けを行った。部下はいても必要とされるマネジメントスキルや業務の専門性も高くない人が全体の約2割いた」
当然、報酬は下がることになる。
「制度移行初年度は現行水準を維持し、次年度以降3年間かけて少しずつ減らし、4年目から新しい等級の報酬水準内に収まるようにしている」
また、ジョブ型給与制度下では、ビジネス環境によって求めるスキルが変われば、職務変更によって等級ダウンを余儀なくされる事態も発生する。
そのためには新しい専門性を常に磨いてキャリアアップすることが求められる。人事コンサルティング会社プライムコンサルタントの菊谷寛之代表はこう指摘する。
「職能給は人の能力形成に応じて処遇が向上していくが、職務給に移行すると従来の賃金バランスが大きく変化する。自ら仕事をつかんでキャリアアップしていかない限り、給与が上がらない。
若いときに専門職として給与の高い仕事に就いても、40代になって専門性が陳腐化し、専門職としてキャリアアップできなければ給与が増えないことになる。
給与を上げるには管理職になる道もあるが、それも難しければ転職するしかなくなってしまう」
ジョブ型になれば現在の地位や給与に安住することは許されなくなる。
本人の選択による昇給や手当は消える
日本の給与体系で充実している生活保障給やその他手当も廃止されるのが、ジョブ型だ。
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また、2の従来の「誰もが一律に昇給する定期昇給制度」は当然、廃止される。大手企業では生活保障給として勤続年数が1年上がる度に一律5000〜6000円程度の定昇がある。脱年功を基軸とするジョブ型では廃止され、等級内で給与が増減する「評価昇給」に変わる。
具体的には人事評価結果がS、A、B、C、Dの5ランクで示され、B評価以上が昇給あり、C評価は昇給なし、D評価は減給されるというものだ。
つまりC、D評価に甘んじていれば、給与は何歳になっても上がらないままか、減額されることになる。
前述したようにジョブ型が仕事基準である以上、3のような仕事と関係のない「家族手当などの属人手当」も廃止される。前述したキヤノンに限らず、ジョブ型導入企業のほとんどが家族手当、住宅手当、皆勤手当などの属人手当も廃止し、基本給1本に統一している。
前出の大手精密機器メーカーの人事担当者はこう語る。
「基本的に担当する仕事の大きさで処遇を決めるという考え方の中で、本人が自己選択で得た属性によって報酬が上がる、あるいは下がるような手当を設けることがはたして正しいのか。家を買う、配偶者を持つことは自己選択でしかない。
職務等級を導入するに当たって手当の支給が適さないと判断されたら、導入後に手当の分を基本給に組み入れ、段階的に減額して廃止するということになる」
持ち家があるのか、結婚しているのか、子どもがいるのかという本人の属性は、職務や成果とは関係ない。ジョブ型給与の根幹を言い当てている。
欧米のジョブ型とは違う日本版ジョブ型人事制度は誤解を生んでいる面もあり、なかなかシビアだ。自分の目指す働き方やキャリアのあり方、長い職業人生を踏まえて、どう働くかをよく考えてみてほしい。
(文・溝上憲文)
溝上憲文:1958年鹿児島県生まれ。人事ジャーナリスト。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。新聞、雑誌などで経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマに執筆。『非情の常時リストラ』(文春新書)で2013年度日本労働ペンクラブ賞受賞。主な著書に『隣りの成果主義』『超・学歴社会』『「いらない社員」はこう決まる』『マタニティハラスメント』『辞めたくても、辞められない!』『2016年残業代がゼロになる』『人事部はここを見ている!』『人事評価の裏ルール』など。