ナビキットの不足が公表されたトヨタの人気車種「ヤリスクロス」。トヨタは9月14日付けで複数車種で、ナビキットの取り付けが数カ月遅れる見通しを公表している。
出典:トヨタ自動車
こんにちは。パロアルトインサイトCEO・AIビジネスデザイナーの石角友愛です。今回は、世界中で供給不足が問題となっている半導体問題について改めておさらいし、AI活用の可能性についてご紹介したいと思います。
先日、トヨタ自動車の納車遅れが深刻化しているという報道がありました。販売から一年が経過したSUVの「ヤリスクロス」などが、ディスプレイオーディオに装着するナビキットの不足を原因に、納期が現段階で半年ほど遅れているとのことです。
そうした中、トヨタは9~10月の世界生産台数を従来計画から約40万台減らすと発表しました。2022年3月期通期の生産も900万台と3%(30万台)下方修正し、大手シンクタンクなどによると、主な原因として東南アジアでの新型コロナウイルスの感染拡大や半導体不足で部品の調達難が続いていることを挙げています。
各業界で半導体不足が起こっている要因
半導体不足の問題について改めてここでおさらいします。供給不足の原因には以下の4つが主に挙げられます。コロナ需要、地政学リスク、製品スペック向上、サプライチェーンの複雑化です。
特に、日本の自動車業界にとっては、ファウンドリ(外部の製造委託工場)である半導体受託メーカーが安定生産や利益向上を狙い、スマートフォンやゲーム機器用の半導体生産のための設備投資などに注力してしまったことが要因の1つになっています。
国産車でも準標準機能になりつつある高度運転支援機能(ADAS)や車載インフォメーションシステムには、スマホなどと同様に最先端の半導体が必要なためです。
言わば、「製造ラインの取り合い」が起こり、車載半導体用の生産体制が追いつかず供給不足になっているとされます。
また、今まで自動車業界は多重下請け構造の中、下請けメーカーとサプライチェーンの関係を構築しており、半導体受託メーカーはTier3(3次サプライヤー)以降に位置することが多いため、直接的に自動車メーカーがやりとりをする関係にありませんでした。
結果的に、生産計画などでの透明性やコミュニケーションの遅れなども問題の要因だったと言われています。
参考:https://japan.cnet.com/article/35173301/、https://www.techspot.com/news/88727-global-chip-shortages-expected-last-2022.html
CNET、TECHSPOTの記事を参考にパロアルトインサイト作成
アメリカでも同じ問題が起きています。
バイデン政権下で米国内の半導体製造を強化するプログラム(RAMP-C Program)の一環として、米国防総省からチップ製造の契約をインテルやIBMなどの大手が獲得しました。
同プログラムは、政府や国防総省の長期的なニーズを満たすため、台湾や韓国のファウンドリに依存している現在の半導体エコシステムの構造を変えることを目的に始まりました。
インテルCEOのパット・ゲルシンガー氏は、「半導体は戦略的に重要な産業であり、強力な国内半導体産業を持つことはアメリカにとって大きな価値をもたらします。インテルは、最先端のテクノロジーでロジック半導体を設計および製造する唯一のアメリカ企業です」と声明を発表。
今後は、政府の支援を軸に、200億ドル(約2兆1985億円)かけてアリゾナ州に2つの半導体生産工場(Fab)を建設予定だということです。
半導体不足は「中古車業界」にも影響
アメリカでは中古車マーケットでも、車両価格は値上がり傾向にある。
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同時に、半導体不足により新車納期が遅れた結果、周辺産業にも意外な影響が出ています。
例えば、中古車業界がその一つです。
アメリカでは、中古車の価値が高騰し、今や不動産のように扱われています。
人との接触を避ける移動手段として、パンデミックで車の需要が一気に増えた結果、新車と中古車を含め在庫不足に陥っています。結果的に中古車の価値が高まり、所有者に利益をもたらすことになりました。
あるデータによると、2021年6月の中古車の平均価格は1万8453ドル(約202万円)で、2020年の同時期から34%以上も上昇したとのことです。
中古車の価格高騰は、自動車ローンの貸し手である「銀行」にとっても追い風になっています。
今までは、銀行は未払いのローン残高をカバーするため、焦げ付きローンの借り手が所有していた車を十分に売ることができず、損失を埋めるのに苦労していました。
それが2021年6月には、アメリカの大手銀行4社が、第2四半期に焦げ付いた自動車ローンの損失額を補填できたことを発表。実にこれは20年ぶりの達成とのことです(もっとも、銀行側もこの状態がずっと続くとは考えていないようで、今後数カ月で中古車価格は少しずつ下がっていくだろう、と予測されています)。
半導体メーカーの30%はAIや機械学習で経済的リターン
また、供給量を増やすために作業効率化を実現する必要があり、AI活用という点でも半導体業界は注目されています。
マッキンゼーの2021年4月のレポートによると、ファウンドリやファブレスメーカー、組立製造業などを含む半導体メーカーに行った調査では、全体の30%はAIや機械学習を活用することで経済的リターンを生み出していると回答したとのこと。まだ成長の余地は大きくあると考察できます。
今後は、AI投資をすることで、将来的に年間950億ドル (約10兆4000億円)の経済価値が生まれる可能性もある、とマッキンゼーは指摘しています。
現状では、AI活用が半導体企業にもたらす経済的価値(税引き前の利益)として年間約50億ドルから80億ドルほどが見込まれるとのことですが、これはAI活用の潜在能力の10%ほどにしか満たないと書かれています。
特に今後注目されるAI活用領域として、製造工程における効率化によるコスト削減と、研究開発が挙げられています。
ウェハーの目視検査工程でのAI導入や集積回路設計工程における歩留まり率予測モデルなど色々なAI活用方法が紹介されています。
また、このレポートではエッジを活用することが大事だとも書かれており、半導体製造現場でのデータ収集やクラウド環境の設定がいかに重要でありながらも難しいかが分かります。
実際に、私が経営するパロアルトインサイトでも半導体組立製造メーカーに対し、目視検査工程を省人化するためにAI導入をした際に、どの過程を具体的に省人化するか、というプロジェクトのスコープ設定の部分で、デバイス設置の難しさやクラウド環境との連携などを考慮して選択した経緯があります。
参考までに、IPAが2020年に発表した日本の各業界でのAI導入率ですが、組立製造業でのAI導入率は、実導入率で3.5%でした。
マッキンゼーの試算である年間50億ドル相当の経済的リターンはまだ到達できていないかもしれませんが、今後の成長の余地の大きさを意味しているともとれます。
2020年発表の国内組み立て製造業のAI導入率は3.5%にとどまっている。
出典:独立行政法人情報処理推進機構(IPA)、『AI白書2020』公表資料
このように世界的に問題になっている半導体供給不足ですが、これをきっかけに、AI導入が積極的に議論されてこなかった半導体産業でも、必要に迫られて積極的なAI導入やデータ活用がされるようになるのではないでしょうか。
(文・石角友愛)