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- 気候変動は、アメリカ人の家の所有に関する考え方に変化をもたらしている。
- 大きな被害をもたらす気象災害、さらには金銭的な制約が相まって、「一生賃貸に暮らす」生活を自らの意思で選ぶ人たちが増えている。
- 「森林火災の脅威にひっきりなしにさらされたことで、経済的成功へのイメージが一変した」と大学院生のサミュエル・ノヨーカス(Samuel Naujokas)さんは、若い世代の思いを語った。
賃貸住宅の借り手、マイホーム所有者、家主など、どの立場の人にとっても、新型コロナウイルスのパンデミックが住宅市場に大変動を起こしたことは周知の事実だろう。都市部では家賃が下落し、かつては大都市の中心部で暮らしていた人たちが、次々と小さな町に引っ越す動きも見られた。さらにホームセンターの混雑ぶりを見ると、今住んでいる家に金をかけて改装する人も多いようだ。
そして、未来を意識する若い人たちのあいだでは、住宅購入が経済的成功を示すステータスシンボルではなく、むしろリスクとみられるようになっている。この傾向が特に顕著なのが、サンフランシスコ周辺のベイエリアだ。この地域では、高騰する住宅価格と気候変動が引き起こす森林火災の増加により、カリフォルニア州北部に(あるいは他の場所でも)、そもそも家を購入することはそれほど大切なのかという疑問を抱く若者が増えている。
サミュエル・ノヨーカス(Samuel Naujokas)さんも、そうした若者のひとりだ。カリフォルニア州ヒールスバーグ生まれで現在23歳のノヨーカスさんは、同州モントレーにあるミドルベリー国際大学院(Middlebury Institute of International Studies:MIIS)に通う大学院生だ。
ノヨーカスさんは、2019年にカリフォルニア州北部を襲った大規模な森林火災「キンケード・ファイア(Kincade Fire)」の体験について語ってくれた。この火災では、自身が子ども時代を過ごし、今でも両親が所有しているヒールスバーグの実家にも火の手が迫ったという。
消火活動を行う消防士。カリフォルニア州ウィンザーで2019年10月27日撮影。
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「(キンケード・ファイア以降)基本的には毎年、『避難勧告が出たんだけど、あなたが残しておきたいものは何?』という内容のテキストメッセージが、母から届くようになった」とノヨーカスさんは語る。
「そこで親に、火の手から守ってもらいたい、思い出の詰まった品々のリストを送り、(両親は)避難する。ここ4年間、何度もこのようなやりとりを迫られたことで、永久に残るものなどないことを思い知った」
6年前、カリフォルニア州北部の森林火災が深刻化し始めて以来、「人生で、どうしても欲しいもの」に関する見方が変わったと、ノヨーカスさんは語る。これには、将来的に不動産を購入するかどうか、ということも含まれる。
「実家が森林火災によって消失するかもしれないという脅威にさらされたことで、不動産購入への考え方や、さらには経済的成功へのイメージまでもが一変した」とノヨーカスさんは語る。
「私にとっては、個人的な切迫感のある体験をしたことが、家を購入する計画を立てるかどうかという意識に影響を与えている」
「私は家を買いたいとは思わない。もし、これまで考えられてきたほどの意義がないならば。そもそも、(私たちが不動産所有に感じてきた)価値そのものに、何か間違いがあるのかもしれない」
ノヨーカスさんにとって、気候変動が不動産に与える脅威は、森林火災に限った話ではない。不動産所有のリスクは、「現時点では、森林火災に関するものが非常に顕著だ。森林火災は、気候変動による不動産への損害というと頭に浮かぶものだ」としながらも、さらにこう指摘する。
「だが、現実問題として私たちは、あらゆる場所でさまざまな脅威に直面するはずだ」
「キンケード・ファイア」による煙で霞む農場。カリフォルニア州ウィンザーで2019年10月28日撮影。
REUTERS/Stephen Lam
ノヨーカスさんは、大学院に通い始める前の一時期、アラスカ州に住み、米連邦緊急事態管理庁(FEMA)や環境保護庁(EPA)などの政府機関と共同で、気候変動への対応計画の検証に関わっていた。その中で学んだのは、住宅に対する気候変動の影響は、軽減して被害を抑える手段が非常に限られているということだった。
「今後数十年にわたって不動産を長期保有しようと考えるミレニアル世代やZ世代の人たちは、自身が投資した物件に気候変動が与える影響に注視している」と、ノヨーカスさんは指摘する。
ノヨーカスさんにとって、経済的成功は「家を所有することや、家の金銭的価値とはつながっていない」という。
「自分の身の安全を保ち、さらに周囲の人の安全も確保できることこそ、経済的成功だ」とノヨーカスさんは言う。
「これが、ミレニアル世代と、(それ以前の)X世代の大きな違いだと思う。周囲の人という要素が、成功の定義に含まれるようになったことだ」
ノヨーカスさんがこうした思いを明確にしたのは、カリフォルニア州で初めてとなる森林火災の季節を自らが体験した時のことだったという。
「近所の人たちは、友人でもある。全員が一斉に避難を迫られた時、町のトップや消防士、地域社会の人たちはひとつに団結した。気候変動が前例のない状況を継続的に生み出すなかでは、こうした傾向がさらに強まるだろう」
2020年10月2日、カリフォルニア州カリストガで「グラス・ファイア」の消火作業を監視する消防士。
REUTERS/Stephen Lam
コートニー・ベイヤー(Courtney Beyer)さんも、ノヨーカスさんと同様の思いを抱くミレニアル世代のひとりだ。カリフォルニア州ロスアルトスで育ち、現在は同州のメンロー・パークに住むベイヤーさんは、最近夫とともに、ミシガン州のトラバース・シティに家を購入した。しかし今でも、メンロー・パークで借りている家で、幼い子ども2人と暮らしている。
「2020年の10月、私が次男を妊娠中に、ナパでグラス・ファイア(Glass Fire)が発生した」と、ベイヤーさんは振り返る。
「気候変動を原因とする移住の動きや、今後80年から100年の間に居住不可能になる地域に関する記事を読んだ。そこで、夫とともに調査をして、トラバース・シティに家を購入した。そこを選んだ理由には、賃貸物件として価値があることに加えて、アメリカ国内で今後も住み続けられる可能性が高い場所のひとつだろうという判断があった」
友人の多くも子どもを持ち、今住んでいる地域で家の購入を考える年齢になってきたと、ベイヤーさんは語る。その上で、これほど頻繁に森林火災の煙にさらされる場所で子どもを育てることに疑問を抱くようになったのだという。
「友人のひとりが先日、とてもすてきな家を購入した。だがその家は、丘陵地帯と隣接している。この地域を森林火災が襲う確率はどのくらいあるだろうかと、私は考えずにいられなかった」と、ベイヤーさんは言う。
ベイヤーさんは、ノヨーカスさんと同様に、地域、そして世界を揺るがす異常気象を目の当たりにして、不動産所有に対する考え方が大きく変わったと語る。
「自分のライフスタイルに固執する傾向が強い人たちに、気候変動がどのような影響を与えているのか、その様子を見るのは興味深い」とベイヤーさんは述べる。
「柔軟であることこそ、新しいアメリカン・ドリームであるかのようだ」
(翻訳:長谷 睦/ガリレオ、編集:Toshihiko Inoue)