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恒大債務問題「中国版リーマン・ショック」が誤解と言える明確な理由。「共同富裕」政策は厄介だが…

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巨額債務問題に揺れる中国不動産大手、恒大集団の上海センター。

REUTERS/Aly Song

中国の不動産大手、中国恒大集団(以下、恒大)の巨額債務問題に神経質な相場が続いている。

メディアを通じてさまざまな見方が紹介されているが、現在入手可能な情報を総合して考えると、この問題を理解するポイントは、(1)中国政府が恒大を公的救済する意思があるかどうか、(2)恒大の抱える債務の拡散度合いとその規模、の2点に尽きる。

メディアの見出しに「中国版リーマンショック」などの仰々しいフレーズが飛び交っている理由は、(1)の公的救済について中国政府にその意思がないと伝わったからだ。

中国政府の意思を強く反映する共産党系メディア『環球時報』の胡錫進編集長がSNSに「国が産業の構造を変えようとしているときは、いくら企業の問題が深刻だからといって、国がその企業を保護することはない」と投稿したことが市場に動揺をもたらしている。

中国政府は国内の格差拡大と社会不安の因果関係を重く見る姿勢を強めており、今夏から「共同富裕(ともに豊かになる)」のスローガンのもと、所得再分配政策に軸足を置くことを宣言している。

そのように「富裕層から貧困層への所得移転」を公言しているなかで、政府が恒大に公的救済の手を差し伸べるとしたら、社会に対してどんなメッセージになるだろうか。

恒大は不動産開発の資金調達手段として、国内の投資家や住宅購入者など富裕層に対して高利回りの金融商品を販売してきた経緯がある。

つまり、恒大の公的救済は国が富裕層を救済するのと同義であり、「共同富裕」を自ら否定することになる

こうした巨大企業の債務問題は、当局が公的救済の意思を表明して迅速に鎮圧するのが最善の手だ。しかし、国全体の舵取りと大きく矛盾するため、今回ばかりは躊躇(ちゅうちょ)せざるを得ない難しさがある。

しかし、そうも言ってはいられない。問題はすでに金融市場に動揺をもたらしている。

1997年11月の日本における三洋証券の破たん、2008年9月のアメリカにおける大手投資銀行リーマン・ブラザーズの破たんは、いずれも「破たんは制御可能なので自己責任で処理せよ」という行政の判断が瞬(またた)く間に市場参加者の疑心暗鬼を生み、金融危機へと発展した事例だ。

どちらも明らかに政治の失敗と認識されており、同じ過ちがまたくり返されるのではとの恐怖心が、市場に満ちている。

リーマン・ショックの教訓は生きている

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リーマン・ショックに端を発する国際金融危機を経験した世界は、ときに「過剰なほどに厳格」と批判される堅牢な自己資本規制を導入してきた。写真は2008年5月のリーマン・ブラザーズ本社外観。

REUTERS/Lucas Jackson

ただし、今回も「瞬く間に市場参加者の疑心暗鬼を生み、金融危機へと発展」するかどうかは、冒頭で指摘したポイント(2)恒大の抱える債務の拡散度合いとその規模、次第だ。

恒大の有利子負債の多くは、中国の銀行部門ないしノンバンクに散っているとの見方が多い。

8月中旬に中国銀行保険監督管理委員会が発表した2021年第2四半期(4~6月)の銀行業主要監督管理指標によれば、6月末時点の貸倒引当金残高は5.4兆元(約92兆円)。それに対し、現在報じられている恒大の債務総額は2兆元(約34兆円)。

したがって、もし恒大の債務がすべて不履行になっても、中国の銀行部門で吸収できる。

中国国外の大手機関投資家が恒大の社債を保有しているとの報道もあるが、その規模も(現在明らかにされている分に限れば)国際金融システムを瓦解させるほどではない。

例えば、ロイター通信(9月21日付)は世界最大の資産運用会社である米ブラックロックが2021年1~8月に恒大の社債を3130万口購入したと報じているが、それは総額17億ドル(約1870億円)のファンドの1%に相当する分(つまり20億円弱)だという。

恒大の破たんがリーマン・ショックのように世界の金融危機の引き金になる理由は現時点では見当たらず、軽々しく「中国版リーマン・ショック」といった扇動に乗ることは控えたい。

リーマン・ショック後の10余年をかけて、国際金融システムへの自己資本規制は過剰と言えるほど厳格なものに仕上がっている。今回のような一企業の問題が世界金融危機の再来につながらないよう、あえてそうしてきた経緯がある。

もちろん、相対取引が基本となる不動産売買は、どの国であっても実態把握が容易でない。情報の透明性が極端に低い中国では一段とその度合いが強まる。本当は何が起きているのかわからない、という漠とした不安が市場心理を脅かす現在の状況は理解できる。

それでも、金融市場における歴史的な大事件であるリーマン・ショックまでたとえに持ち出すのは、さすがに了承できない。

「延焼」のもたらすリスク

ただし、ここまで示した筆者の基本認識には「破たんが恒大1社で済めば」という前提が付く。

三洋証券の破たんもリーマン・ショックの破たんも、その後同業他社の経営不安という形で「延焼」した。2010年代前半の欧州債務危機もギリシャに始まり南欧全土に拡がった。

延焼が始まれば、鎮火には時間を要する。金融機関の与信能力低下、実体経済における消費・投資意欲の低下はいずれ物価低下につながり、それに対応するために中央銀行が金融緩和を強いられ、金利低下が促される。日米欧で嫌というほど見てきた光景だ。

事業会社や金融機関の破たんに向き合う行政の「誤った最初の一手」は、市場の猜疑(さいぎ)心を膨張させ、最終的にはファンダメンタルズ(財務状況や業績)がさほど悪くない対象にまで被害をおよぼすことがある。

速やかな処理を怠り、「取引相手を信じられないから金を出さない」という態度が同時多発すれば、実体経済の心臓である金融システムは停まってしまう。

企業や国家は赤字それ自体で破たんするわけではない。必要な流動性が獲得できなくなった時点で破たんするのである。極論すれば、安定的に黒字を出しても、流動性(=資金調達)が止まれば破たんする可能性はある。

歴史に倣(なら)えば、中国では今後も第二、第三の恒大を疑う事案が出てくる可能性が高い。日米欧いずれもそうだった。恒大以外の同業他社や周辺業種で同じような高利の金融商品を提供しているケースを、市場は血眼になって探すことになるだろう。

そうなってしまえば、公的救済の是非など議論する余裕もない。だからこそ、そうなる前に救済によって完全に鎮火し、恒大1社の問題として収束させるのが、日米欧の教訓から得られる最善手と考えられる。

ただひとつ、中国政府が習近平国家主席の肝煎り政策として掲げた「共同富裕」の旗印がそうはさせない、というのが非常に厄介な状況だ。

中国経済の減速に無影響とはいかない

恒大の巨額債務問題が実体経済にもたらす直接の悪影響も当然のことながら想定される。

不動産開発会社として資金が枯渇している以上、進行中の計画などがとん挫する可能性がある。例えば、購入したマンションが引き渡されないといった事案がそれにあたる。

中国では、個人金融資産の多くを住宅に費やす傾向もよく知られており、恒大の破たんがストレートに個人消費を直撃する展開も想定される。

また、国際金融システムを揺るがす大事件に発展しなくても、恒大が巨額債務を抱えて破たんすれば、(ダメージを吸収する)中国の銀行部門を毀損しないことはあり得ない。

その結果として、日常的な経済活動に対する銀行の貸出態度の悪化などが懸念される。もちろん、それは景気を悪化させる展開と言える。

「中国版リーマン・ショック」という触れ込みは大げさに過ぎるとしても、中国経済の減速を招来するイベントとしては確度が相応に高い。それがアメリカの金融政策の既定路線をどの程度修正させる結果になるのか、差し当たりその点が問題になってくるだろう。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

(文・唐鎌大輔


唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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