ドイツ総選挙にのぞむ各党党首(街頭の看板をコラージュ)。左上から時計回りにラシェット党首(キリスト教民主同盟)、シュルツ党首(社会民主党)、リントナー党首(自由民主党)、ベアボック共同党首(緑の党)。
REUTERS/Wolfgang Rattay
来る日曜日(9月26日)にドイツ連邦議会選挙(総選挙)が開催され、すでに政界引退を発表しているメルケル首相の後継者ひいては欧州連合(EU)の舵取り役が決まる。
メルケル首相の所属する与党・キリスト教民主同盟(CDU)はラシェット党首の洪水被災地での談笑スキャンダルがいまだに尾を引いていて、復調が見られない。
8月下旬には現在の連立パートナーである中道左派・社会民主党(SPD)に逆転を許す痛恨の展開を強いられ、9月に入ってから実施された世論調査の結果を見ても、その流れに変化はない。
政党支持率は「SPD>CDU>緑の党」の順番で日曜日を迎えそうだ。
もっとも、独調査会社インフラテスト・ディマップ(infratest dimap)の調査による政党支持率(9月16日時点)は、SPDが26%、CDU・CSUが22%、緑の党が15%。10ポイントの間に3党がひしめいており、SPDとCDU・CSUの差も5ポイントを切っている。
どの政党も単独過半数をとれないのはもはや確実で、次善策としての連立協議も難渋する可能性が高い【図表1】。
【図表1】ドイツ政党支持率の推移。
出所:infratest dimap資料より筆者作成
政党支持率が拮抗している以上、第一党が与党になって首相を輩出できるかどうかはわからない。協議次第では第一党でも下野という可能性もあり得る。
メルケル首相は「空白期間が長くなりすぎないよう、すべてのことをする」と発言している(9月16日)が、総選挙後の混沌とした状況を覚悟しているからこその発言だろう。
前回総選挙(2017年9月)は、開票から半年が過ぎた2018年3月にようやく連立政権樹立までたどり着いた。
今回は、外交面ではタリバン政権樹立に揺れるアフガニスタン問題や気候変動対策、内政面では冬場を前にしたパンデミック対策が待ち受けている。政治空白がはらむ危うさは前回よりも大きい。
抜群の安定感を誇ったメルケル首相が去る以上、不測の事態は極力排除しておきたいと誰もが考えているはずだ。
メルケル首相の後継者は……
9月22日、ドイツ総選挙を前に最後の閣議にのぞんだメルケル首相。
Markus Schreiber/Pool via REUTERS
政党支持率の高低は、そのまま党首支持率の高低、すなわち「誰がメルケル首相の後継者に相応しいか」という民意のあらわれでもある。
後継候補の顔ぶれは、CDU・CSUがラシェットCDU党首、SPDがシュルツ党首、緑の党がベアボック党首。
過去の寄稿で紹介したように、経歴詐称や著作の盗作疑惑にまみれたベアボック党首はすでに後継レースから脱落したと言っていいだろう。
ラシェット党首は、洪水被災地での談笑スキャンダルがなければ、CDU/CSUをけん引して支持率トップのまま選挙戦を迎えることができたかもしれない。
しかし、完全につまずいてSPDのシュルツ党首が浮上した格好だ。第3回のテレビ討論会(9月19日)も、シュルツ党首が勝者との見方が大勢を占めた【図表2】。
【図表2】第3回テレビ討論会(9月19日)の勝者に関する国民の評価。
出所:Forsa、Bloomberg資料などから筆者作成
強いドイツの象徴として16年間君臨したメルケル首相の後任に求められているのは、彼女に引けをとらない派手さより、相応の堅実性だ。
その点、シュルツ党首は2018年3月から連立パートナーの党首として副首相兼財務相を手堅くこなしてきた経験が買われている。
一方のラシェット党首はドイツ最大のノルトラインヴェストファーレン州首相を務めているとはいえ、今年1月にCDU党首に就任したばかりで、有権者の本音としては見劣りする存在なのかもしれない。
もともとメルケル首相の意中の後継者は「ミニ・メルケル」と呼ばれたクランプカレンバウアー前党首(現国防相)だった。2018年12月にCDU党首に就任したものの、失言や地方選挙での敗北から1年余りで辞任に追いやられた。
結果だけ見れば「器ではなかった」ということだろうが、メルケル首相が強過ぎた副作用で人材が育たなかった面もある。メルケル首相が対抗する人材を徹底的に排除してきた結果であって、自業自得との見方もある。
いずれにしても、シュルツ党首は自身がメルケル首相の後継と目される展開は予想していなかったことだろう。
連立政権の「メインシナリオ」が見えてこない
話を戻して、拮抗する政党支持率のなかでどんな連立政権が考えられるのか、あらためて整理しておきたい。
連立組み合わせとして主に予想されるのは、以下の3通りだ。
- 「ジャマイカ」連立(黒、緑、黄:CDU+緑の党+自由民主党[FDP])
- 「信号」連立(赤、緑、黄:SPD+緑の党+FDP)
- 「左派」連立(赤、緑、赤:SPD+緑の党+左派党[Linke])
SPDが第一党になるとして、CDU・CSUとは(前回総選挙こそ連立を受け入れたものの)今度こそ組みたくないと考えているとすれば、2が理想だろう。
ただ、経済成長を重視しない緑の党と、市場原理重視で経済界寄りのFDPが、連立政権内で共存できるのかは定かでない。
一方、1はCDU・CSUが主導するケースで、SPDと緑の党が主軸で左寄りの2よりは、FDPも乗りやすい。これも問題は2と一緒で、緑の党が気候変動対策の強化を企業部門に要求していくのは間違いなく、FDPと共存できるかどうかは疑問だ。
3は極端な左派連立で、SPDの支持者がそこまでの左傾化を望んでいるとは思えないので、可能性は高くない。
環境政党「同盟90/緑の党」の共同党首、ベアボック氏(右)とハーベック氏(左)。メルケル後継の可能性は、学歴詐称問題などで事実上なくなったと言える。
REUTERS/Michele Tantussi
そう考えると、残る現実路線と言えるのは、現在の連立政権と同じ組み合わせの大連立(赤、黒:SPD+CDU・CSU)だ。支持率の拮抗ぶりからすると、両党だけでは過半数に届かないおそれがあるので、緑の党あるいはFDPが連立に加わる可能性もある。
結局、現時点では「メインシナリオ」と呼べる展開は見えてこない。主要閣僚ポストをSPDが占め、それでもCDU・CSUが下野するよりは政権に残りたいと考えるなら、現状維持の連立もありうるといったところだ。
「リスクシナリオ」はいくらでもある
メインシナリオは見えてこないが、リスクシナリオならすぐに想像できる。
例えば、3のような極端な左派連立は、内政だけでなくEUの盟主として連帯を主導することにも危うさがつきまとう。
また、どうしても連立協議がまとまらない場合、再選挙の可能性もゼロではない。
さらに、現状維持で手っとり早そうなSPDとCDU・CSUの連立ですらも、紆余曲折を経る可能性がある。
前回総選挙では、SPDが大連立に向けた協議開始の是非を問う臨時の党大会を開催したのが、選挙から4カ月後の2018年1月だった。そこで党員投票が行われ、相当数の反対が出たものの、協議の椅子につくことは何とか承認された。
その後進められた交渉の結果、翌2月にCDU・CSUとSPDの連立は合意に至った。厳密には3月に連立合意を本当に締結していいかSPDの党員投票が再度行われ、連立は本決まりになった。
最後の最後で覆されることを危惧したメルケル首相は、連立合意文書における内政の内容についてSPDに歩み寄ったうえ、財務相や外務相、労働・社会相といった主要閣僚ポストを譲ることまで決断している。
そうした政治空白は実に半年(2017年9月〜2018年3月)にもなり、予断を許さないコロナ対策など内政・外交の緊迫度を考えれば、同じようなことがくり返されるのはリスクでしかない。
いずれにせよ、今回の総選挙も終了後にすぐ答えが出る展開は期待できそうにない。選挙だけでなく、連立協議まで含めた二段階のイベントとはじめから考えておくのが良さそうだ。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
(文:唐鎌大輔)
唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。