撮影:伊藤圭
家族をテーマに社会変革を目指す、ユニファCEOの土岐泰之(40)。社会課題を解決するためには、NPOを立ち上げるという選択肢もあった。しかし土岐は、「子ども支援のNPOは、セーフティネットとして不可欠」としながらも、自分はスタートアップ以外の道は考えていなかったと振り返る。
学生時代のあこがれの人は、フェイスブックCEO、マーク・ザッカーバーグ。
「人生を賭けるテーマが見つかった以上、ビジネスの世界でバットを思いっきり振ってみたい、と理屈抜きで思いました。本能に近い感覚でした」
ばらばらの子ども産業を1つに
土岐は、保育事業を将来的に、他の子ども産業とも結びつけようとしている(写真はイメージです)。
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土岐は、小児医療や幼児教育などとの連携で、将来的に「ばらばらでアナログな子ども産業を一つにまとめ、社会インフラを作る」ことを目指している。
「高齢者に偏りすぎているこの国のお金の流れを変え、子どもに関わる分野へ適切に再配分するための、インフラの役割を担いたい。そのためには自社の売上高を何百億円の規模に成長させ、子どもたちへ流れるお金の量を、増やさなければいけない」
企業成長のため、親や祖父母をターゲットにした玩具や児童書の提案・販売などの領域にも進出したいと、土岐は考えている。
乳幼児期の子どもは関心のありどころが分かりづらく、親もベストセラーの絵本や、誰もが持っているキャラクターの商品など、ステロタイプなものを選びがちだ。しかし土岐は、「1歳児にも、個性はある」と強調する。
保育データを元に、虫に興味を示した子には昆虫図鑑を、音楽なら楽器の玩具を両親に提案できれば、子どもの個性を伸ばせる上に、ビジネスの可能性も広がる。
さらに土岐は、海外市場にも期待を膨らませている。
「日本の0~5歳児は約500万人ですが、中国には7000万人もいる。コロナ禍が一段落したら、なるべく早くグローバルに挑戦したい」
国内では現在、待機児童解消に向けた保育園の増設が続き、政府の保育予算も拡大し続けている。しかし長期的に見れば、少子化の影響は避けられない。ユニファの事業はセンサーが検知する体動のデータや体温などの数値、撮影画像を扱うため、言語の違いという障壁が低く、海外市場との親和性も高い。
すでにシンガポールの保育園が、午睡センサーを使った実証実験を実施。このほかベトナム、インドネシアやマレーシアなどでもチャンスを模索しているという。
「フィンテックやロジスティクスで、日本のスタートアップがユニコーンになるのは非常に難しい。しかし、海外に保育のICT、IoTを進める競合他社は少なく、ナンバー1を目指すのは不可能ではない。これはラッキーなことだし、ぜひ目指したいと思います」
起業は自分の人生と社会課題の紐づけ
土岐は、起業を志す際に必要なのはまず「自分の人生と、社会課題を紐づける」ことだと言う。
「私の場合、家族を最も大事に思って生きてきたことと、保育という社会課題を結びつけられたからこそ、苦労があっても事業を続けてこられました」
またICT技術の進歩と、スタートアップへの投資拡大も、成功の大きな要因だったと分析する。
「ただでさえ、保育は補助金依存の業界で成長性に限りがあると思われがちです。しかしこの10年ほどで、ベンチャーキャピタルが成熟するなど、だいぶお金が集まるようになった。このタイミングで起業できたのも、幸運なことでした」
土岐は、商社とコンサルティング会社で経験を積み、33歳で会社を立ち上げた。ただこの年代で起業を志す人の多くは、扶養すべき家族を抱えて家計の壁に直面するという。
土岐自身、子どもの教育資金を起業資金に充てている。成功すればその後のリターンは大きいが、失敗すれば自分自身だけでなく、家族にも大きなダメージが及ぶ。
「学生起業と違って、家計を支える人が会社を興すのは本当に厳しいし、踏み切れない人も多い。私も共働きでなければ難しかったでしょう」
土岐家では最近、妻も退職し介護関連のビジネスを立ち上げた。
「妻が働きたい時は自分が我慢し、自分が起業したら妻が頑張ってくれて、今度は妻が起業する……と、夫婦がお互いの頑張るタイミングを応援し合える。共働きは子育ての苦労もありますが、家族の幸せの総和を高めるための、選択肢が広がると思います」
「妻と子どもが大好き」心の声に向き合う
撮影:伊藤圭
土岐は「1番大事なもののために、2番目に大切なものを捨てなければいけないことがある」と語る。経営でも、最も重要なテーマにリソースを集めるため、2番目を諦められるかどうかは、重要なポイントだという。
プライベートでも、最も大事な家族のために、一度はキャリアを諦めた。家族を両立させることも、不可能ではなかったはずだ。日本では父親が単身赴任することは、特に珍しくない。土岐も検討はしたという。
しかし「妻と子どもが大好きで、離れたらやばい、という直感」に従った。
「東京でそこそこ優秀なビジネスパーソンになれたとしても、一番大事なものをあいまいにしたら本当の幸せには出合えない、と思ったんです。この決断があったからこそ、家族をテーマとした起業につながり、今の事業があると言えます」
土岐は岐路に立った時、常に「理屈じゃない、衝動のようなもの」に突き動かされて、道を選んできた。保育園児のネット写真販売で起業しようと決めた時も、精緻なビジネスプランもないまま「脳の奥が、やれと言っている」と感じ、そこに賭けた。
土岐はこんな言葉で、インタビューを締めくくった。
「常識や世間体、プライドなどにとらわれ、ふらふらと流されてしまう人はたくさんいます。でもそこに幸せはない。人生もビジネスも、自分の心の声にしっかり向き合うことが大事だと思います」
(敬称略・完)
(文・有馬知子、写真・伊藤圭、デザイン・星野美緒)