撮影:伊藤有
YouTube業界において、いまや圧倒的な存在感を放つUUUM株式会社(以下、UUUM)。前回は、UUUMのビジネスモデルを考察したほか、売上構成や費用構成の特徴から、同社のビジネスはかなり労働集約的なモデルであることが分かりました。
YouTuberの動画コンテンツ制作の支援という事業の性格上、クリエイターへの支払いという原価と、コンテンツ制作支援等にかかる人件費は常にある一定の割合でかかり続けます。
今後もYouTube動画市場の広告収入を増やしていく努力は続けるにしても、企業全体として見ればアドセンス広告やタイアップ広告だけではない成長機会を積極的に探っていく必要がありそうです。
そこで本稿では、UUUMの今後の事業におけるリスクと機会について考察していくことにしましょう。
時価総額の伸び悩みに垣間見える事業リスク
UUUMの時価総額は、2019年1月には当時のアミューズやエイベックスといった大手芸能事務所の時価総額をも大きくしのいで1000億円を超えました。しかしその後は下降を続け、本稿執筆時点では250億円前後にまで下がってしまいました。
(出所)楽天証券マーケットスピードⅡをもとに筆者作成。
その理由を会計的な視点から考えてみると、粗利率がそれほど高くないこと、売上の成長が落ちていること、という2つの点が考えられます。
(出所)UUUM 有価証券報告書より筆者作成。
前回見てきたとおり、UUUMはクリエイターへの支払いが発生することから売上の70%以上を原価が占め、粗利率は26〜27%前後です。この構造はこれまで大きく変わっていませんし、この先短期間で変わることもないでしょう。
粗利率を上げることが難しいとなると、今後UUUMがさらなるキャッシュを生むためには、基本的には「売上高成長率を上げる」しかありません。
(出所)UUUM 有価証券報告書より筆者作成。
しかし話はそう簡単ではありません。動画市場自体は今後も伸びていくことが予想されるとはいえ、YouTube自体はいまや完全にレッドオーシャンです。業界トップのUUUMといえど安心はできません。実際、YouTubeの登録者数ランキングで見ると、2018年5月期時点ではトップ10のうち実に8組のクリエイターがUUUMの所属だったのに対し、直近では4組しかランクインしていません。
そんななか、UUUMでさえも有名YouTuberが離れ始めています。例えば、2019年後半から2021年1月にかけて、UUUMとのマネジメント契約を解除したトップクリエイターは次のとおりです(カッコ内は2020年1月時点のチャンネル登録者数)(※1)。
- ハイサイ探偵団(108万人・パオパオチャンネル 130万人)
- 関根理沙(141万人)
- エミリン(158万人)
- ヴァンゆん(222万人)
- すしらーめんりく(545万人)
- 木下ゆうか(551万人)
契約解除の理由はいろいろありますが、その一つとして、クリエイターにとっては20%を超えるUUUMへのマネジメント報酬支払いが痛い、ということが考えられます。
例えば、YouTubeのアドセンスで5000万円稼ぐことができるクリエイターがいたとします。ほぼ自前で動画を制作したとしても、UUUMに所属しているだけで20%以上、金額にして1000万円以上のマネジメント報酬をUUUMに支払う必要があります。
もちろん、UUUMからの支援内容によって、これを高いと見るか安いと見るかは変わってくるでしょう。ですが一部のクリエイターにとっては、UUUMに所属することで得られるメリットとマネジメント報酬を支払うことを天秤にかけた結果、契約を解除するほうが合理的だと考えることはあるはずです。
このような課題は、決して目新しいものではありません。芸能事務所でも、時間とお金をかけて育て上げたタレントに独立されてしまうことはよくありますし、プロレス業界においても、猪木、馬場から始まり、天龍、長州、大仁田、前田、高田、船木、三沢、橋本、武藤ら多くの有名プロレスラーが独立してそれぞれ団体を設立した結果、プロレス団体が乱立するという事象が起こりました。
このように、タレントマネジメントのある種の宿命とも言える問題が、今まさにUUUMをはじめYouTuberをマネジメントする事務所で起きているのです。
サポートのさらなる充実でスイッチングコストを上げる
もちろん、UUUMはこうした才能の流出を、手をこまねいて見ているわけではありません。UUUMはYouTuberにとどまらず、TikTokやInstagramなど他のプラットフォームで活躍するインフルエンサーやタレント、ミュージシャンなどより幅広くのクリエイターに対し、これまで以上に幅広いサポートを提供するようになってきています(図表4)。
(出所)UUUM 2021年5月期決算説明資料より。
この結果、UUUM所属のクリエイターにとっては、独立したり他の事務所へ移るコスト(これを「スイッチングコスト」と呼びます)が高くなります。
芸能人が大手事務所から独立した際、「思っていた以上にお金がかかる」「細かい事務作業に追われて大変」という話はよく耳にします(※2)。ビジネスパーソンも同様で、独立したビジネスパーソンの多くが「社会保険料ってこんなに高いのか」「決算が大変」「確定申告が大変」「事務手続きが多い」「事務用品を揃えるだけでお金がかかる」と痛感するものです(これは実際に私が銀行を辞めて個人事業主登録をした際に感じたことでもあります)。
こうした諸々の手間を考えれば、今後UUUMがクリエイターに対するサービスを充実させればさせるほど、クリエイターにとってのスイッチングコストは高くなるはずです。
特に、UUUMが企画・構成・出演・撮影・編集などあらゆる面をサポート範囲にしていることを考えれば、おそらくYouTuberのスイッチングコストは芸能人やビジネスパーソンの独立よりも今後いっそう高くなるでしょう。
しかしこうした取り組み以上に、今後の収益の拡大を狙うUUUMのしたたかさを感じさせる先進的な動きが見て取れます。それが「NFT」です。
HABETは“NFT界のLINE”になれるか
UUUMのグループ会社であるFORO株式会社は2021年7月、デジタルトレーディングカードのNFTのマーケットプレイス「HABET」をリリースしました。
HABETでは、クリエイター、インフルエンサー、アイドル、アスリート、アーティスト、ゲーム、アニメなど幅広いジャンルの人物やキャラクターのデジタルトレーディングカードを発行・売買・閲覧することができます(※3)。
(出所)UUUM 2021年5月期 決算説明資料より。
NFTとはNon-Fungible Tokenの略であり、「非代替性トークン」などと訳されます。
一般的にデジタルデータには「複製が簡単でしかも安価」という特徴があります。紙のコピーと違い、複製してもデータはほとんど劣化しないため、オリジナルとコピーの見分けはほぼつきません。
これに対してNFTは、ブロックチェーン技術を活用することで、デジタルデータに「唯一の価値」を証明することができます。ということは、例えば一点物の絵画のように自由に取引することもできますし、マーケットプレイスが存在することで価格を把握することもできます。
有名なところでは、2021年3月にツイッターCEOのジャック・ドーシーが自らの初めてのツイートのNFTを約3億円で販売したことが話題となりました。
NFTの市場は現在15億ドルほど。同じくブロックチェーン技術を扱う暗号資産(仮想通貨)の市場規模(全体で約2兆ドル)と比べると、NFT市場はまだ0.1%未満であり、相対的にはまだ大きくはありません(※4)。
(出所)L'Atlelier, "Non-Fungible Token Year Report 2020; " DappLadar, "DappIndustry Report: Q1 2021 Overview."
ですが、暗号通貨市場が爆発的に拡大したのと同様に、デジタルコンテンツを扱うNFT市場もこれから大きく拡大することが予想されます。仮に暗号資産市場の10%がNFTになればその規模は2000億ドル(約22兆円)と、世界のゲーム市場全体に匹敵するサイズに成長します。
なお、暗号資産とNFTの違いを整理したのが図表8です。両者の特徴の違いを見ることで、今後の市場の拡大イメージがより分かりやすくなるでしょう。
YouTubeの世界はデジタルを扱う世界ですが、違法コピーが多く生まれやすいという課題もあります。この課題に対して、NFTを活用することで、クリエイターが生み出すデジタル作品が、あたかも一点物の絵画のように取引できるのです。
話をUUUMに戻しましょう。
UUUMは今後、HABETを通じて、コンテンツパートナーとともにNFTのプラットフォームを拡大させ、将来的には個人がコンテンツを提供・販売できるようなしくみを作ろうとしています。HABETを活用することで、UUUMはデジタル資産の管理収入を継続的に獲得できるようになります。
(出所)UUUM 2021年5月期 決算説明資料より。
つまりこういうことです。
今後仮にHABETが拡大し、NFTの一大プラットフォームになれば、競合がHABETを覆すのはかなり難しくなります。今からメッセンジャーアプリの分野でLINEに対抗しようとしても牙城を切り崩すのは相当難しいのと同様です。
これは経済学で「ネットワーク外部性」と呼ばれ、使う人が多ければ多いほどユーザーの利便性が増していく構造です。
もしHABETがそのような状況を作り出すことができれば、たとえ看板YouTuberがUUUMを去ろうとも、その後もYouTuberがHABETを使ってくれることで、UUUMは継続的な収益を確保できるわけです。
このように、UUUMは自らの事業の課題に対して、新たなビジネス機会を積極的に捉えていこうとしているのです。
「プロセスエコノミー」を追い風にできるか
今やテレビ以上に影響力を持ち始めているYouTube。これまで主にテレビで活躍してきたタレントたちが徐々に主戦場をYouTubeへと移す一方、YouTubeで活躍してきたクリエイターはテレビへも進出し……と、まさに異業種競争戦略の様相が本格化してレッドオーシャン化してきています。
この状況で、NFTに新たな足がかりを築こうというUUUMの読みはうまく当たるでしょうか?
この疑問について考えをめぐらす際、鍵となるのが「プロセスエコノミー」です。プロセスエコノミーとは、nanapiの運営会社の元社長、けんすう氏が提唱した概念で、できあがった成果物(アウトプット)だけでなくその制作過程(プロセス)にも価値があるとする考え方です(※5)。
これまで私たちの価値観は、できあがった成果物に着目する「アウトプットエコノミー」が中心でした。音楽や映画の制作過程ではお金を稼がず、完成した作品で稼ぐということですね。
しかしプロセスエコノミーの世界では、消費者は制作過程そのものにも価値を見出します。古くは約20年前に人気番組『ASAYAN』から誕生したモーニング娘やケミストリー、近年の例ではアイドルグループのAKB48やNiziUなどもまた、プロセスエコノミーの文脈で捉えることで大ヒットの理由が理解できます。
テレビのような洗練されたコンテンツと比べると、YouTubeに並ぶコンテンツは見劣りすると感じる人もいるかもしれません。ですが上記の例のように、必ずしもアウトプットだけでなく、その制作過程という「プロセス」を含めて楽しみ、価値を感じてお金を払う人が増えているのは紛れもない事実なのです。
そして、YouTubeで人気を集めるコンテンツの中にも、これぞまさしくプロセスエコノミーというようなコンテンツが数多くあります。前回、トップYouTuberであるHikakinがNHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』に出演したことに触れましたが、Hikakinは番組に密着取材を受けているプロセスそのものを自身のYouTubeコンテンツにしており、再生回数270万回超のヒットにつなげています。
また、NFTもプロセスエコノミーとの親和性は高いと言えます。例えば先日、小学生が夏休みの宿題で作ったNFTアートが380万円で落札されたというニュースが話題になりました。これは「小学3年生」「夏休みの宿題」「NFTアート」というプロセスに価値を見出された結果であって、仮に同じ作品を他の人が作ったとしてもこれほどの価値は生まれなかったでしょう。
加えて、NFTには「ブロックチェーンのしくみを通じて所有者の変遷が記録される」という特徴もあります。有名な野球選手が子どものころに使っていたバットには、型番が同じ別のバットよりも高い値がつくように、NFTの世界ではデジタルなものに対しても、所有が移るというプロセスを通じて価値が生まれます。
つまりYouTube動画であれNFTであれ、UUUMが足場を築いている領域はプロセスエコノミーという新たな消費トレンドとの相性が高いという点で、今後の成長に期待が持てる領域でもあるわけです。
UUUMは果たして、YouTubeコンテンツを通じて培ってきたプロセスエコノミーのノウハウを活かして、NFTの市場でも新たな旋風を巻き起こせるのでしょうか。
その狙いが思惑通りに実現するかどうか、同社の手腕に大いに注目したいところです。
※1 シバタナオキ「UUUM、退所続出もなぜ売上増?再生回数減を補った2つの『選択と集中』、YouTube依存脱却、クリエイター支援の新手とは?」MONEY VOICE、2021年2月9日。
※2 「中居正広『元気がない』独立後の金銭的ストレスで、広がるヒロミとの“ディスタンス”」週刊女性PRIME、2021年9月7日。
※3 「[グループ会社リリース]FORO株式会社(UUUMグループ会社)、デジタルトレーディングカードのNFTマーケットプレイス「HABET(ハビット)」を今夏、オープン決定」UUUM、2021年7月14日。
※4 日本総合研究所先端技術ラボ「NFTに関する動向」日本総合研究所、2021年6月10日。
※5 けんすう「『プロセス・エコノミー』が来そうな予感です」note、2020年12月1日。また、プロセスエコノミー全般については以下に詳しく解説されています。尾原和啓『プロセスエコノミー あなたの物語が価値になる』幻冬舎、2021年。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。