パタゴニアのライアン・ゲラートCEO。
Patagonia
パタゴニアのライアン・ゲラートCEO(Ryan Gellert)は、あるパラドックスと戦っている。それは「アウトドア用品メーカーとしての優れた業績、慈善活動、目的は、その存在意義を肯定するにはまだ十分ではない」というものだ。
2020年にパタゴニアの指揮を任されたゲラートは、「パタゴニアがなければ、世界はもっと良い場所になっていたことでしょう。地球から受け取るばかりで、私たちからは十分なお返しができていません」と言う。
CEOとしては異例の情緒的な発言だが、もちろんパタゴニアの理念に基づく言葉で語られている。登山家であり、環境保護活動家で、期せずして億万長者となったイヴォン・シュイナード(Yvon Chouinard)が約50年前に創業したパタゴニアは、環境保護活動、適正な価格設定で知られている。そしてパタゴニアが時に「パタグッチ」(グッチのように洗練されたブランドであるという意味)と呼ばれるにはそれなりの理由がある。
パタゴニアは長年にわたり、カーボンフットプリント(二酸化炭素排出量)を低減するため、他社に先駆けて環境に配慮した革新的な技術開発を行ってきた。利益を犠牲にしてでも活動家としての政治的スタンスを貫き、環境保護活動に1億4500万ドル(約160億円)を投じてきた。創業者のシュイナード家が未公開株を保有するパタゴニアは、特定の社会・環境パフォーマンス基準を満たしていることを示す「Bコーポレーション(B Corp)」の認証も受けている。
現在49歳のゲラートは米フロリダ州東海岸の小さな町で育った。熱心な登山家であり、地方でスノーボードを楽しむ彼は、MBAと法学の両方の学位を持っている。CEOに指名される前は、パタゴニアのヨーロッパ部門を率いていた。それ以前はアウトドア・レクリエーション製品の販売会社、ブラックダイヤモンド・イクイップメントの社長を務めていたが、パタゴニアに狙いを定めていた。
広く尊敬を集めるローズ・マーカリオ元CEOから社を引き継いだゲラートにとって、パタゴニアは常に期待以上のことを実行に移している会社だ。彼は(少なくともZoom越しに)、クールでアウトドア好きな登山家としての一面と、猛烈な仕事人間としての一面とを垣間見せる。
「パタゴニアは目覚ましい成長を遂げましたが、消費において私たちが果たせる役割とは何なのか、非常に頭を悩ませています」と語る。
パタゴニアは常にアメリカで最も賞賛されるブランドのひとつと位置づけられており、38店舗、2000人の従業員を抱えている。財務情報は公開していないが、『フォーブス』は年間売上高を8億ドル(約880億円)と見積もっている(パタゴニアの広報担当者は、ネット上で公開されている数字は「不正確である可能性が高い」と述べている)。
その洗練されたデザインと耐久性のある製品には、筋金入りの自然愛好家から、都会に住むハイカー、さらにはテック関係者や金融関係者まで、幅広い層の熱烈なファンがいる。パタゴニアのフリースベストはかつて、シリコンバレーやウォール街での非公式のユニホームだと見なされていたほどだ。
最近では、自社製品に企業や団体などのロゴを入れるという長年のサービスを終了すると発表した同社。「パタゴニアのイメージを変える動きだ」と見る向きもあるが、新CEOが語る、その真意とは?
——パタゴニアはこれまで、トップの役割を担う人材は社内から採用し、外部からの採用には慎重でしたね。それはなぜですか?
パタゴニアは少し変わった組織で、自分たちが何者であり何を成し遂げたいのかという考えを強く持っています。課題を解決するたびに、それはさらに大きな課題への誘いなのだと捉えます。環境への影響を最小限にするためにいかに注力し、尽力し、投資してきたとしても、自分たちを真の持続可能な企業だとは考えていません。
私たちが人間として直面している課題と、私たちがビジネスとして貢献している課題は実際に存在するものであり、かつ問題は加速しています。当社が変化の繰り返しと短期的思考によるアプローチをとり続ける限り、課題解決にはほど遠いでしょう。
——私たちが直面している、途方もなく大きな課題を解決するには何が必要でしょうか?
社会のいたるところにある、目的達成のための「てこ」が協調して動く必要があります。団結してリーダーシップを発揮する政府も必要です。この点について私たちは政府に失望させられ続けていますからね。
日々の生活の中で、そして市民社会の一員として、一人ひとりができることをする必要がありますが、それだけでは十分ではありません。そうした活動を一歩先へと進めるために企業が必要なのです。
しかし、これまで企業は口を閉ざし、株主の利益を最大化するためだけに存在しているという都合のいい言い訳の陰に隠れてきました。
——状況は変化しつつあると思いますか?
トランプ前政権下での過去4年間で見えた明るい兆しのひとつは、上場企業のCEOの多くが、これまで語られてこなかった課題に取り組み始めたことです。これは進歩ですが、変化するには意見を言うよりもはるかに多くのことが必要です。
「消費においてパタゴニアが果たせる役割とは何なのか、非常に頭を悩ませています。環境と気候の危機における最大の問題は、実は人口と消費の掛け算だと思うからです」と語るゲラートCEO。
パタゴニア提供
——ご自身を左寄りのCEOと思いますか?
パタゴニアはよく、リベラルで進歩的な組織だと言われます。私はそうは思っていませんが、私たちが活動している世界が二極化していることは感じています。
私が苛立ちを覚えるのは、パタゴニアが何か強く感じたことに対して取り組むと、まるで私たちまで、にわかに「目覚めて」急に主張し始めた企業であるかのように受け取られることです。
でも私たちがこれまでに成し遂げてきたことの本質を見てもらえれば、そうではないと分かるはずです。
——採用された当初はパタゴニアのヨーロッパ部門の統括を任されましたね。当時ヨーロッパ部門はパタゴニアの「アキレス腱」だったと思いますが、どういった経緯でその仕事に携わることになったのですか?
当時パタゴニアは本当にヨーロッパで苦戦していたのですが、私にはまったくその理由が分かりませんでした。そこで私はこれを好機と捉えることにしたんです。パタゴニアの事業を築き、環境問題について強い問題意識を持つコミュニティの中で、当社の影響力を高めるチャンスだと。
——最大の課題は何でしたか?
私はかなり内向的な人間なので、天賦の商才があるとはとても言えないタイプです。当初は気が遠くなる思いでした。まったくの新参者がヨーロッパのパタゴニアというブランドを前にしていたわけですからね。パタゴニアのストーリーには大きな誇りを持っていましたが、自分は何も貢献していないと感じました。
もうひとつ大変だったのは、他のブランドを気にするのではなく、自分たちがやっていることにチーム全体の足並みを揃えることでした。自分たちの個性を見過ごしてしまったら悔しくてたまらないだろうと思いました。
「私たちはフランスのアウトドアブランドをちょっと良くしたものを売るためにここにいるわけじゃない。本当に特別なものをここで売るんだ。万人受けするものではないけれど、それでも可能な限り自分たち史上最高の存在であろう」と思ったことを覚えています。
あれはパタゴニアにとって必要なターニングポイントとなりました。そこから新しい人材をたくさん引き入れて新たな社風を築きました。
俳優のザック・ウッズが演じるドナルド“ジャレッド”ダンは、HBOの番組『シリコンバレー』でパタゴニアのフリースベストを着用している。
HBO提供
——パタゴニアは自社製品に企業や団体などのロゴを入れるサービスをやめました。パタゴニア製品をIT企業の社員の制服のように扱ってほしくないからだ、と見る向きもありますが、いかがですか。
確かにパタゴニアは、他の企業のロゴを自社製品に入れるというサービスを提供してきました。しかしそうすると、会社を辞めた後はその服は着なくなり、誰かに譲ることもできません。これでは環境保護に対する当社の強い思いに反するため、やめることにしたのです。
それが別のところにまで影響を与えてしまいましたけれどね。実は投資銀行の方なども当社の商品を愛用してくださっているんですよ。ただ、パタゴニアに共感してくださる方々に当社の思いをより深く理解していただきたいということ以外、私は気にしていません。
——伝えたいこととは具体的に何ですか?
パタゴニアは、製品を多機能で長く使えるものにしようと真剣に取り組んでいます。必要に応じて製品を修理し、使い終わった人から製品を買い取ってリサイクル品として販売できるようにしています。
これまでに製造した製品の責任を100%負い、可能な限り最も効果的な方法で製品をアップサイクル(不用品に価値を加えて販売すること)、リサイクル、またはリメイクします。
——パタゴニアの最大の弱みは何ですか?
マイクロプラスチックごみやマイクロファイバーの問題があります。私たちの事業は石油・ガス業界に全面的に依存しています。パタゴニアの製品には石油製品を使用しているのです。
リサイクル素材への移行はかなりの部分進めてきましたが、世界中に製品を出荷しているため、カーボンフットプリントを増やしていることには変わりありません。製品を生産する際に大量の水も使用します。私たちは多くの方々に愛される製品を作っているかもしれませんが、それは必ずしも必要のない製品でもあります。
これらすべてのことを本当に心苦しく感じています。
——警官による黒人のジョージ・フロイド氏暴行死事件以降におけるリーダーシップについてはどうお考えですか?
事件当時、私はヨーロッパに住んでいました。関連ニュースを読んだことは覚えていますが、当時はそれほど深く受け止めていませんでした。それがどれほど重要な意味を持つ事件だったのか、自分がいかに鈍感だったかを思い知ったのは事件から1週間ほど経ったころでした。それがアメリカでは普通のことだったのです。
パタゴニアでの職務を果たすうえで、また私生活のさまざまなシーンでも、自分に至らない点があったり他者のよくない行動に手を貸したりしたことがあったのではないかと思い至りました。自分の信念と実際の行動に大きなギャップがあると気づいたことで、自分がいかに小さな存在かを痛感しました。
また、パタゴニア内外の同僚たちと率直な意見交換をすることには困難も伴います。私個人として、あるいはパタゴニアの代表として、怒りをぶつけられたこともありました。
——パタゴニアは歴史的に白人主導の企業ですね。それを変えるためにどのようなことしようと思っていますか?
全社的にも、意思決定層の中でも、パタゴニアにはまだ多様性が十分ではありません。私たちの業界で見ても同じ状況ですし、当社が支援しているスポーツにおいてもまだまだ多様性が足りません。これが、パタゴニアをとりまく世界の偽りのない現状です。
この状況は何かで埋め合わせられるものではないし、どんな言葉も行動を伴わなければ意味がない。そんな厳しい審判を突きつけられたことを思い知りました。
このことはパタゴニアにとっても個人的にも、非常に大きな学びでした。私たちは人々に耳を傾けてコミュニケーションをとる段階から、実際に行動を起こす段階へと移ったのです。
——パタゴニアは組織的に人種差別を助長したとして過去の過失を認め、「パタゴニアの謝意」という声明を出しました。この経緯を教えてください。
あの声明はパタゴニアのスタンスを整理して皆様にお伝えするためには重要な文章でした。パタゴニアが何を正しいと考え、今後どう行動していくかを示したものです。
パタゴニアはまだ、最終的に到達すべき場所に近づいてすらいません。私たち人類の歴史の中では、緊張が急激に高まり、あらぬ方向へと行ってしまうことがあります。そうならないようにすることが非常に重要ですから、パタゴニアでは今、急激な変化ではなく体系的な変化に重きを置いて進めています。
——現在の仕事はご自身に向いていると思いますか? 企業のCEOではなく、地域社会の活動家や政策立案者になるお考えは?
私にとってパタゴニアの何より好きなところといえば、正々堂々たる営利企業だということです。誰かが生きるも死ぬも資本市場は気にも留めないし、自分の居場所は常に自力で確保しなければならない。そういう点が非常に気に入っています。
私たちは成長し続けなければなりませんし、行動的で、価値ある存在であり続けなければなりません。リサイクル材料の使用や大規模なリサイクル活動にパタゴニアが意義を見出すなら、こうしたことが実際に有益であることを証明しなければなりません。
パタゴニアは、より大きな目的を成し遂げるために全社を挙げて取り組んでいる。そのことに私は非常に満足しています。
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・常盤亜由子)