リクルート社長が感じた「恐怖」。メディアからSaaS強化への真意

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リクルートの北村吉弘社長に、国内事業のこれからを聞いた。

撮影:今村拓馬

リクルートは2021年4月、「リクナビ」のリクルートキャリアや、「SUUMO」のリクルート住まいカンパニーなど7つの国内事業会社を、1つの会社リクルートに統合する組織再編を打ち出し、注目を集めた。

求人版グーグルとも呼ばれる米国のサービス「Indeed」買収が功を奏し、海外事業は好調の一方、旅行の「じゃらん」、グルメの「ホットペッパーグルメ」などおなじみの国内メディア事業はコロナ禍が直撃している。

そんな中、新体制でリクルートが目指すのは、SaaSビジネスへの注力だ。

これから国内事業をどう舵取りしていくのか?

出木場久征社長率いるリクルートホールディングス傘下の事業会社リクルートのトップ、北村吉弘社長(47)に聞いた。

「恐怖を感じる出来事」

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SUUMOやゼクシィなどを運営していた7つの事業会社が、リクルートに統合された。

提供:リクルート

—— もともと1つの会社だったリクルートは、2012年に分社化し、2021年で再び、リクルートに統合しました。なぜ今、統合に踏み切ったのでしょうか?

北村:トリガー(引き金)になったのはある種の「恐怖」です。

この数年のデータで、各メディアサービスの顧客数が伸びていないまま、売り上げだけが上がっていたことが分かったのです。

我々が提供するメディア(じゃらん、ゼクシィ、ホットペッパーグルメなど)が獲得できる顧客数は、すでに限界に達しているのではないか。ひょっとして成熟の始まりではないか。

これはグループ全体を束ねる立場から見たら、ちょっと恐怖を感じる出来事だったのです。

例えば(リクナビなど)採用広告の市場で見れば、ある程度そのシェアを持っている。でも、リクナビを使ったことがない人もいっぱいいるわけです。もしも、僕らが提供するサービスが企業にとって有益であれば、顧客数も当然増えてくるはず。でもそうはなっていなかった。

一方で、そんな中で利用者を増やし続けていたのが、2013年11月にローンチしたのがPOSレジアプリの「Airレジ」でした。

Airレジとは:iPadまたはiPhoneで使えるPOSレジアプリ。会計や売り上げ分析など、基本的なレジ機能が無料で使え、業務負担を軽くする。

配席、注文、配膳、会計といった飲食店の一連のオペレーションをカバーできる「Airレジ ハンディ」やキャッシュレス決済の「Airペイ」、従業員のシフト管理を行う「Airシフト」などを導入することで、レジ周り作業がデジタル化により軽減され、売り上げデータなどに基づいた経営判断が可能になるという。

Airレジなどの総称「Air ビジネスツールズ」を中心とした、SaaS(Software as a Service)ソリューションの登録アカウント数は、リクルート7事業社の全メディアの顧客数を抜いたのです。そのほとんどが既存の顧客ではなかった。

7つの会社を統合する前に、Air ビジネスツールズのようなソリューションの開発に転換しようとしました。しかし、それぞれの事業会社がそれぞれのマーケットに最適化した形でやってしまい、なかなかうまくいかなかったのです。

たとえ開発リソースがあっても、事業会社ごとにバラバラに同じようなものを作る非効率も予想され、約2年間議論して、7つの事業会社の統合を決めました。

SaaSビジネスは「自己否定でもある」

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「約2年間の検討を経て、リクルートへの統合を決めた」と北村氏は話す。

—— リクルートはこれまで、飲食や旅行、物件紹介や採用など幅広い業種で、存在感のあるメディアを運営してきました。新しい顧客を増やすために、営業の強化など統合以外の方法はなかったのでしょうか?

北村:営業マンがお客様のところに行って提案活動をして、課題解決のために工夫する。そして、短期の業績を表彰し、嬉しそうにしてる社員もいっぱいいる。

現場がモチベーションを持って働いている現状を見ながら、これから起きるであろう悪いシナリオがオーバーラップして見えてきた。

営業社員1人当たりの売り上げを考えれば、売り上げ規模が期待できる顧客以外へのアプローチはどうしても減るのは避けられません。新規の顧客の獲得にはなかなかつながらない。

だからそこは正直に社員全員に説明しました。

「本当に良いものを提供しているなら、売り上げと顧客が両方とも拡大するはず。だが、そうなっていないことを真摯に受け止めなければいけない。新規の顧客獲得の突破口になるかもしれないのが、このSaaSビジネスかもしれない」と。

これまでメディア事業は、集客や採用などの困りごとを、その部分だけを解決してくれる、いわば「パートタイムパートナー」みたいなポジションだったんじゃないか。それをSaaSビジネスに切り替えることによって、「フルタイムパートナー」になれるのではないか。

これまでリクルートでは(飲食や旅行など)特定の分野で、顧客とサービスのマッチングをしてきました。しかしSaaSビジネスは、ホリゾンタルに(水平に、業種に関係なく)使われるもので、全く違うアプローチです。

その意味ではこれまでの自己否定でもあるわけですから、怖いことでもありました。最終的には賛同してくれる人も多くてほっとしました。

「シンプル」が勝ち筋

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リクルートではAirペイなど「Airビジネスツールズ」を展開している。

提供:リクルート

—— Airペイなどの決済システムを含め、SaaSビジネスは新規の参入も相次ぎサービスが乱立しています。リクルートとしては、勝ち筋はどこにあると考えていますか?

北村:日本に限らずGDPの高い国では、情報やモノが多くて選べないという状況になっています。

日本は1年間に発売される新製品の数が最も多い国。スーパーに行くと同じ商品で味がいっぱいありますよね。日本は新商品を出し続けないと売れないという強迫観念に駆られたマーケットのように、特にここ数年は、見えるときがあります。

私はヨーロッパ出張したときには現地のスーパーに行きますが、定番品はだいたい決まっている。そして定番品は利益率が高いのです。

実際に、リモコンにボタンが数個しかないAppleTVだったり、iPhoneだったりとシンプルな製品が受け入れられている。それこそが成長力の差なのではないかと感じるのです。

これだけ情報過多の時代には「これしかできないというシンプルな価値」が求められている。

Airレジ意外にも、他のPOSレジ(何を・いつ・いくらで・いくつ売ったのかという販売情報を集積するシステムを搭載したレジ)がたくさんあります。

その中でAirレジは無料で使えるサービスで、他に比べてできないこともたくさんある。ただ結果的に、それが使いやすさに繋がった面があるのです。

今はあらゆるサービスが乱立し、どれを使ったら良いかわからない。お店側もキャンペーンが終わったらサービスを変えることもある。

私たちとしてはワンストップでシームレスに、必要な機能を必要なだけ使えるようにしたい、そう思っています。

SaaSカンパニーにはならない

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「DXが目的はなく、生産性を上げることが目的。そこをはき違えてはいけない」。

撮影:今村拓馬

——コロナ禍では、日本のデジタル化の遅れが露呈し、生産性の低さにもつながっています。日本のDXの現状をどう捉えていますか?

北村:DXって言葉は極力、使いたくないのです。というのも、何でもかんでもデジタルにすることは良いことではないなと思うからです。

デジタル化して手間が増えたら意味がありません。DXの価値は、プロセス全体を見た時に、大事なことに時間が使えるようになったか、生産性は改善したのかということ。そこにこだわりたいのです。

DXという言葉を使ってるのも日本ぐらいで、DXといってやろうとしていること自体が、遅れてるのではないでしょうか。

業界によっては、DXじゃなくて逆にカウンターでの接客の方が寄与できることだってあります。例えば、新築のマンションや注文住宅を紹介するスーモカウンター。ここではどんな住宅がいいのかを聞き取って、そのニーズを顕在化してハウスメーカーを紹介して紹介料をもらう仕組みです。

今は直接ハウスメーカーに行った人が、逆にスーモカウンターを勧められることがあります。それは、ハウスメーカーからすると、ニーズが分かっている状態の方が営業対応がしやすいから。これは決してSaaSではできないサービスです。

僕らは決してSaaSカンパニーをやろうとしているわけではありません。

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