提供:ロンハーマン
気候変動が喫緊の課題となる中、各企業も対応を迫られているが、これまでの大量生産、大量消費モデルを見直すには、さまざまなハードルもある。具体的に何から始めればいいかわからないという声も多い。
そんな中、特に環境への負荷が大きいとされるアパレル業界で、サザビーリーグのショップブランドの一つであるロンハーマンは2021年5月末に、サステナビリティに関するビジョンを発表。気候変動対策を含む目標を「公約」として掲げ、さまざまな仕組みの変革に取り組んでいる。ロンハーマン事業部長兼ウィメンズディレクター、根岸由香里さんに具体的な取り組みについて聞いた。
佐久間裕美子(以下、佐久間):根岸さんはサザビーリーグ傘下のリトルリーグカンパニーという会社で、ロンハーマンの責任者として、気候変動対策でのシフトチェンジを目指しているとのことですが、危機感を持ったきっかけを教えてください。
根岸由香里(以下、根岸):2019年に東京都と仕事をする機会があり、他業種の方とSDGsが話題になりました。温室効果ガスや環境汚染について、それまで恥ずかしながらまったく意識してなかったのですが、それを機に勉強を始めました。
取材に応じてくれた根岸由香里さん。
提供:ロンハーマン
ちょうど(ロンハーマンが)日本上陸10周年を迎える前で、その後の10年の目標について社内で話し合っていたことも大きかったです。個人的には、娘を産んで1年目だったので、「このまま何もしなければこの子が大人になるまでにまったく違う世界になってしまう」と考えたことも、スイッチが入った背景にあります。
佐久間:とはいえ、毎日職場に行けば、そこではモノを売ることを生業にしているわけですよね? 職場でその危機感をどうやって共有したんですか?
根岸:簡単ではなかったです。まず、自分も所属するウィメンズの商品部に情報をシェアしたり、イベントを通じてアクションを起こしたりしながら、リトルリーグカンパニーのカンパニープレジデントやカンパニーオフィサーに、気候変動や人権の問題を考えないと、“Happiness is the Goal”というブランドが掲げるビジョンが達成できないと話しました。まずは勉強してみようと、3人でエシカル協会の11回に及ぶ講座を受けました。
各講座後に3人で企業として変えていくべきことを話し合うなどして経営陣と足並みが揃った後は、リトルリーグカンパニーの1000人近くの社員と共有するために、各部署のキーマンで委員会を構成したり、Slackや社内メールで情報共有したり。半年ほど前、もう少しスピード感を持って進めていくために社内にサステナビリティに特化する事業部(サステナビリティ実行部)も作りました。
佐久間:ロンハーマンから始まったことが社全体の試みになったということですね。画期的ですが、アパレル事業の根幹を揺るがすことでもありますよね?
バイヤー予算3割カット、まず買付量を減らす
気候変動により、世界各地で山火事が発生。今年、カリフォルニア州では国有林の一時閉鎖を決定した。
REUTERS/David Swanson TPX IMAGES OF THE DAY
根岸:そうなんです。悩みながらアクションをしていく中で、「極論だと新しいモノはつくらないほうがいいんじゃないか」という議論にもなりました。ただ、それで止まるのでなく、成長の仕方を考え直してみよう、と。
それでまず着手したのは、無駄をなくすこと。その次は、素材や作り方を変える。そう考えると、今できることはたくさんあるとなりました。
今、企業として「成長」というものをどう考えるかは、話し合っています。私たちの会社は、これまでモノを作って小売りとして売る事業がメインでしたが、最近はその事業を成長させるのではなくて、例えば再生可能エネルギーに挑戦するとか、モノを作るのではない、面白い成長の仕方もあるよねという話をしています。
佐久間:「成長」という言葉は、経済文脈だと前年比で売り上げや利益が大きくなることを意味しますよね。そうではない成長、ということですか?
根岸:コロナ禍もあってどこも経営自体が簡単じゃない中、縮小させるべきものは縮小の方向に向かっていると思うんですね。ただ、従業員のことを考えて元に近い状態に戻したいという経営側の方針を考えたときに、ただモノを作り続けて売る、ということではないあり方を模索したいというか。
佐久間:無駄をなくす、というのは具体的には何をしたんですか?
根岸:まずシンプルに、買付の量を見直しました。とにかくこれまでは買い過ぎだったね、と。着手して1年半ですが、今年の夏シーズンの終わり(9月上旬)に残ったものは最終的に段ボール1個。それだけではなくて、備品や照明の使い方を見直したらいろいろ「無駄」はありました。
佐久間:ファッション業界全体を振り返ると、ファストファッションの登場で発売のタイミングも増え、市場が求めるままに色やデザインのバリエーションをとにかくたくさん用意するようになり、物量が増えました。「無駄のない量」ってどうやって決めるんでしょう?
根岸:私はバイヤー業を始めて約20年ですが、これまでは買い付けたものが早く完売すると怒られました。完売は(販売)機会の損失だから、優れたバイヤーは消化率95〜98%と、商品を少し余らせるものだと叩き込まれてきたのですが、もうそんな時代じゃないと抜本的に見直しました。マーチャンダイザーの方に入っていただき、バイヤーに渡すバジェット自体をいったん30%削減し、後から調整していく管理の仕方にシフトしました。
佐久間:改革のひとつとしてセールを2023年までに廃止すると発表されていましたが、今年すでに売れ残りが箱ひとつということは、ほぼ達成できているということでしょうか?
セールをやめると配送料や残業代もカットできる
アパレル界には大量生産、大量消費モデルによって大量廃棄の問題も生まれている(写真はイメージです)。
Shutterstock/candy candy
根岸:今年の夏、トライアルとして千駄ヶ谷店でセールをやめたのですが、予定していた売り上げは達成しました。仕入れの量を25〜30%少なくし、セールをなくしていく。値引きせず売れば利益率は下がらないし、売り切れば今までよりも良い利益率が取れます。
理想論だ、ロンハーマンだからできる、と言われますが、根本的な問題に対する責任についての考え方だと思っています。というのも、実はセール業務って時間を取られ、スタッフの負担も大きいから残業につながる。店舗が全国にあると、セールのために在庫を動かすことから配送も頻繁になるので、環境コストもかかる。そういう意味でセールをなくすことの利点は他にもあったんです。
佐久間:気候変動に対して行動を起こすとなると、買い付けるモノの軸も必然的に変わってくると思うのですが。
根岸:変わってきました。お付き合いのあるベンダーさんは400〜500社ですが、素材のあり方、モノを作る考え方、トレーサビリティや人権についての考え方を共有している最中です。もともとそういうことにこだわってきた会社も多いのですが、「そこには興味がない」とか「長く使ってもらえることがサステナビリティ」という作り手さんもいて、今後も一緒にやっていけるかを精査しています。
その結果残念ですが、これまでの取引先とお別れするということもあります。一方、未来に向けて新しいことをやっていこう、とポジティブに変わるブランドもあり、ワクワクすることも増えました。
オリジナルに関しては2025年までに主要素材を全てサステナブルな素材に変更すると公約でも掲げたのですが、オリジナル商品はデニムやカットソーが多いので、80%がコットン由来なんですね。なので、環境の汚染や人権問題を考え、できる限りリサイクルコットンやオーガニックコットンにしよう、竹を使った代替商品にしようなど、今環境への負担を調べて素材の指標を作ろうとしています。
素材の選択なども含め、今もモノを作ることについて、ちゃんと理由が言えるようにしておきたいと考えています。
退職より会社を変えることを選んだ
佐久間:難しいと思うところはどういうところでしょう?
ロンハーマンでは、オリジナル商品の素材を2025年までにサステナブルなものにすると発表している。
提供:ロンハーマン
根岸:日々新しいモノをこんなに買い付けていいのかなという迷いはありつつ、変えなきゃいけない第一段階は、自分たちで整理できました。あとは次の目標をどう設定するのかが一番難しい。
実は気候変動の勉強を始めたとき、こんな事態になっているのかとあまりにショックで、今までやってきたことも含めて手放した方が楽だと思えて退職も考えたのですが、自分が別のことをするよりも、会社を変えていくことに意味があると思えたんですね。
本気で公約を発表してシフトチェンジをしていくことで、少なくとも関わっているサプライチェーンやデザイナーさんも、変わっていけるんじゃないか。これまで遅れていた日本のファッション業界でも、(シフトチェンジを)始めないとダメだっていう空気を作れるんじゃないか。そう思って、とにかくやってみよう、と。今は小さいけれど変えていくアクションを積み重ねていこうと思っています。
佐久間:気候変動と同様に人権問題も大切だと思った理由を教えてください。
根岸:システムチェンジを公約として掲げるにあたり、環境、コミュニティ、お客様、チームメンバーという4つの軸を掲げたんのですが、勉強するほどすべてがつながっていると感じました。自分たちが買うモノが作られる過程で誰かが虐げられているとしたら、それは見逃してはいけない。うちで働くスタッフの働き方も含めてみんなが幸せに豊かに生きていくためには、今までのいわゆる日本の会社の決まりを変えていかなくては、と話しています。
再エネ事業にも取り組む
佐久間:あり方として、参考にしている企業はありますか?
根岸:ステラ・マッカートニー、H&Mの持続性の取り組みは参考にしていますが、一番はパタゴニアですね。考え方やアプローチの仕方を参考にしています。商品も買い付けているので、お話を直接聞くチャンスもあって。
佐久間:今、パタゴニアにできていて、ロンハーマンでできていないと思うことは?
千葉県匝瑳市に開設するソーラーシェアリング施設「ロンハーマン匝瑳店」。
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根岸:永久修理のサービスはすごいと思います。うちも地域ごとに全店舗に連携した修理屋さんがあるので、壊れたものはまずそこで直せます。パーツがなければ、デザイナーさんに直接商品部がコンタクトを取って直すサービスはしているのですが、パタゴニアみたいに直して使いましょう!と謳ったことはなく、修理機能が自社にあるのも強いですね。
10月にはロンハーマンでも発電所をスタートさせますが、ソーラーシェアリングで再エネ事業をやって自社をカーボンニュートラルにという取り組みを、数年前に最初にしたのはパタゴニアなんです。
佐久間:こういうアクションはサザビーリーグ全体にも広がっているんですか?
根岸:はい。広がっています。私たちリトルリーグカンパニーの活動と外部からの反響がサザビーリーグにも伝わり、会社全体としてまさに今話し合いが行われています。
既に起きているアクションとしては、サザビーリーグの各事業会社全社から公募で集まったさまざまな部署や立場、年齢、性別のメンバーと、サザビーリーグの社長と執行役員、そして私も参加する「サザビーリーグ社会への取り組み委員会」が発足しました。そこでは環境・人権・働きなどをそれぞれの立場から議論し、会社として今後どう変わっていくべきか、まずは何をアクションすべきか、などを現在進行形で定期的に話し合っています。その内容が会社の経営層にも大きな影響を与えています。
佐久間:実際にやってみて良かったと思われることはありますか?
根岸:行動を起こす、声に出すことが、こんなにいろんなつながりやチャンスを生むんだということを実感しています。勉強会で知り合った「市民エネルギーちば」と一緒に再生エネルギーに挑戦したり、公約を発表したことで新しい素材を研究している方から連絡いただいたり。自分たちの目標に一緒に何かできるような方から連絡いただいています。
お客様からの反応も基本的に良いですし、昔からお付き合いのあるお客様がうちを通して気候変動のことを知ってくださるということもあります。多少はネガティブな反応もありますが、圧倒的にポジティブな反応のほうが多いんです。
※この記事は2021年10月1日初出です。
佐久間裕美子:1973年生まれ。文筆家。慶應義塾大学卒業、イェール大学大学院修士課程修了。1996年に渡米し、1998年よりニューヨーク在住。出版社、通信社勤務を経て2003年に独立。カルチャー、ファッションから政治、社会問題など幅広い分野で、インタビュー記事、ルポ、紀行文などを執筆。著書に『真面目にマリファナの話をしよう』『ヒップな生活革命』、翻訳書に『テロリストの息子』など。ポッドキャスト「こんにちは未来」「もしもし世界」の配信や「SakumagZine」の発行、ニュースレター「Sakumag」の発信といった活動も続けている。