二酸化炭素を「資源」に。三菱ケミカルHDグループが取り組む「人工光合成」技術への挑戦

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地球温暖化や化石資源の枯渇など、環境問題は山積みだ。しかし、三菱ケミカルホールディングスグループが進めてきた「人工光合成」の技術が実現すれば、これらの環境問題が解決に近づくかもしれない。

光合成は植物が光エネルギーを使って水と二酸化炭素から有機物を合成することだが、この光合成を人工的に行い、太陽光の力で水を分解することで水素を作り出し、その水素と二酸化炭素を反応させて有用な物質を合成するのが「人工光合成」である。

NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)から委託を受けて人工光合成の研究を進めているのが「人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem)」であり、プロジェクトリーダーを務めるのが三菱ケミカル エグゼクティブフェローの瀬戸山 亨氏だ。

人工光合成とは具体的にどんな技術で、いったいどこまで進んでいるのかを、瀬戸山氏に伺った。

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画像:Shutterstock

地球温暖化は思った以上に速いスピードで進んでいる。様々な解決策が世界中で研究されているが、その中で、“夢の技術”と言われつつも社会実装への道筋を進んでいるのが、二酸化炭素を資源として活用し、化学原料を作り出す「人工光合成」だ。

2021年8月に公表されたIPCC第6次評価報告書によると、「現在の水準で温室効果ガスを多く排出し続けると世界の平均気温は産業革命前と比べて2021~40年の間に1.5度以上上昇する可能性が非常に高い」と記されている。二酸化炭素などの温室効果ガス(GHG)の削減は急務だ。2021年4月には、日本政府も「2030年度までにGHG排出量を2013年度と比べて46%削減する」という目標を設定した。二酸化炭素を排出する原因となる化石資源もあと数十年で枯渇するといわれている。つまり、世界各国で二酸化炭素の削減と、太陽光や風力などの再生可能エネルギーの活用の両方を進めていく必要に迫られている。

この問題に対し、EUやサウジアラビアなどの国々では、脱炭素社会の実現を目指し、多額の資金を投入して「グリーン水素」の普及に力を入れている。

水素は、燃やしても二酸化炭素が発生しないので、将来のエネルギー源として期待されており、その製造方法によって、「グレー水素」、「ブルー水素」、「グリーン水素」に分類される。

グレー水素は、石炭や天然ガスなどの化石燃料を原料とし、製造過程で二酸化炭素を排出する。この排出する二酸化炭素を回収し、貯留するプロセスまで組み入れているものはブルー水素と言われるが、回収率や貯留方法については、まだ開発の途上にある。

グリーン水素とは、発電時に二酸化炭素を発生しない再生可能エネルギーの電力を利用して、水を電気分解して作られた水素のことを指す。つまり、グリーン水素が普及すれば脱炭素社会の実現に近づくというわけだ。しかし、グリーン水素の製造には大規模な設備が必要で、現時点では大きなコストがかかることが難点だ。

グリーン水素の研究を進める国がある一方で、国土の狭い日本は再生可能エネルギーによる発電の普及には制約が多く、先進国の中で後れを取っている。しかし、現在日本で研究が進められている「人工光合成」が実現すれば、二酸化炭素を資源として使うことによって削減できるし、石油など化石資源への依存を減らすことにもつながる

人工光合成の研究を進めている「人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem)」は、気候変動問題への対応の必要性が認識される中、2012年に発足し、現在は合計10の大学を含む研究機関と5つの民間企業で構成されている。その中心となる企業が、三菱ケミカルホールディングスグループの三菱ケミカルだ。

三菱ケミカルはARPChemが発足する10年前から人工光合成に取り組み始め、冒頭で述べたように人工光合成プロジェクトのプロジェクトリーダーを務めるのは同社エグゼグティブフェローの瀬戸山氏だ。三菱ケミカルは人工光合成に必要な3つの工程すべてに携わっている、まさに人工光合成のリーディングカンパニーなのである。

人工光合成で作り出すのはプラスチック等の原料

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提供:三菱ケミカルホールディングス

では、人工光合成とはいったいどんな技術なのだろうか。植物の行う光合成は、二酸化炭素と水を取り込み、太陽の光を浴びてデンプンなどの炭水化物と酸素を作るというものだ。

一方、人工光合成はこれとは少し違い、太陽光で水を分解することによって水素を作り出し、その水素と二酸化炭素を反応させてプラスチック等の化学品原料となるオレフィンを作り出す。三菱ケミカルが水素をエネルギーとして使うだけでなく、二酸化炭素と反応させてオレフィンを作る理由について「化学品原料のほうが高付加価値を生みやすく、将来の収益性が見込めるからだ」と瀬戸山氏は語る。

というのも、オレフィンは、炭素と水素の化合物で、炭素が2つ結合するとエチレン(C2H4)、3つ結合するとプロピレン(C3H6)になる。さらに、エチレン同士が何個も結合するとポリエチレンに、プロピレン同士が何個も結合するとポリプロピレンになり、いわゆる「プラスチック」として利用される。また、プロピレンに水素を反応させればプロパンという燃料にもなる。つまり、化学メーカーとしては、燃料そのものよりさまざまな化学品を作れる原料のほうが自社の強みを活かせる上に、市場競争力が高く、収益力があると判断しているのである。

それでは、具体的に人工光合成の工程を説明しよう。人工光合成には大きく分けて3つの工程がある。第一の工程では、「光触媒」に太陽光を当てることで、水(H2O)を水素(H2)と酸素(O2)に分解する。そして次の工程で、酸素と水素を分離して水素のみを回収する。水素と酸素は混ざると爆発する可能性があるため、安全に分離する技術が欠かせないのだ。こうしてできた水素と、工場から排出される二酸化炭素(CO2)とを反応させればオレフィンができる。これが第三の工程である。

つまり、人工光合成には「光触媒」と、水素と酸素を分離する「分離膜」、そしてオレフィンを合成するための「合成触媒」の3つの技術が必要だ。

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編集部にて作成

人工光合成はどこまで進んだか

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瀬戸山 亨(せとやま・とおる)氏/三菱ケミカル エグゼクティブフェロー・Science & Innovation Center Setoyama Laboratory 所長。NEDO「二酸化炭素原料化基幹化学品製造プロセス技術開発(人工光合成プロジェクト)」プロジェクトリーダー。

「光触媒」は、水を水素と酸素に分解するプロセスで重要な役割を担う。水中のシート状の触媒に光をあてると、太陽光のエネルギーを直接利用し、電気なしで水を水素と酸素に分解するので、生産段階で二酸化炭素が発生しないことが特長だ。「光触媒」には、「タンデムセル型光触媒」と「混合粉末型光触媒シート」があり、目下、ARPChem-プロジェクトとして特に注力しているのは後者だ。

前者のタンデムセル型については、実用レベルとされる太陽光変換効率(光のエネルギーが水を水素に変換する効率)10%の目標に対して、2019年にはラボスケールで7%を達成し、その後も検討は継続している。しかしながら、安価なモジュール設計と大規模展開の可能性から、後者の光触媒シートの方がより現実的だろうという結論に至ったという。

「当初は、太陽光変換効率が高いほどいいと考え、既にタンデム型では目標の10%達成の見通しもほぼつきつつありました。しかし、タンデム型は、大面積のパネル作成には大型の薄膜蒸着設備が必要ですし、複雑な積層構造のため、高効率を目指そうとするタンデム型太陽電池と同レベルの高コストが懸念されました。それが、混合粉末型光触媒シートであればスケールアップが容易になり、変換効率5%程度でも立地によっては採算が取れることが分かったのです」(瀬戸山氏)

では、その新たに開発した混合粉末型はどういうものか。それは、粉末の光触媒をシートに塗るだけというシンプルな構造で、スクリーン印刷などの方法を使って大面積で光触媒シートを生産することが可能だ。パネルを大規模に設置する際のコストも大幅に抑えられると期待されている。

「現在の太陽光変換効率は1.3~1.4%ですが、光触媒は光半導体ですので、その欠陥を減らすとか、不純物の少ない質の良い結晶にすることが重要で、アカデミアでのラボ検討から企業での開発検討に移行する目安と考えている3%には早晩到達できると思っています。明日かもしれないし、2年後かもしれませんが、グツグツ煮えていて沸騰に近い状態だと思います」(瀬戸山氏)

仮に変換効率が10%とすると、サハラ砂漠の面積の3%に光触媒シートを設置すれば、全世界のエネルギー需要を賄うことができるという。人工水素ガス田として、砂漠地帯や海外サンベルト地帯、国内遊休地での大規模展開が将来期待できる。

2つ目の工程では、水素と酸素が混合している爆発性のある気体から、安全に水素を分離する技術の確立が不可欠だ。プロジェクトでは、高機能の「分離膜」の開発だけでなく、安全性の高い分離モジュールの開発を進め、安全対策を講じている。

さらに、水素と二酸化炭素からオレフィンを作る3つ目の工程については、高収率・高生産を実現する触媒とプロセス技術を開発し、すでに小型パイロットスケールでの実証実験も成功している。三菱ケミカルは今後2030年にかけて大規模な実証実験を行い、その後、2050年までの早い時期での大型商用化プロセスの建設を目指している。瀬戸山氏は「我々は国内でいち早く人工光合成に取り組んできたこともあり、あと10年で何らかの形にはなりそうです」と胸を張る。人工光合成の実現はすぐそこまで近づいているのだ。

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東京大学工学部 工学系研究科柿岡教育研究施設で使用されている光触媒モジュール。

では、人工光合成の環境問題への効果はどの程度期待できるのだろうか。従来の石油からプラスチックを生成する方法では、1kgのオレフィンを作る場合、オレフィンの燃焼分を含めると二酸化炭素が約6kg弱排出される。これに比べ、人工光合成では二酸化炭素を約3kg吸収できることが分かっている。グリーン水素は再生可能エネルギーを使うので二酸化炭素を排出しない、増やさないことが魅力だが、人工光合成はさらに二酸化炭素を資源として活用することで削減できるのである。

しかも、今後は従来の化学品原料の製造コストよりも同等以下を目指している。市場競争力を持つことで、化石資源由来の従来品からの代替がスムーズに進む可能性がある。こうして考えると、人工光合成が環境問題にもたらすインパクトがいかに大きいかがお分かりいただけるだろうか。

瀬戸山氏もこう語る。

「日本はこの30年、経済成長がほぼ止まっている、先進国の中で唯一の国です。世界に勝つにはオンリーワンのとがった技術が必要であり、それを世界に発信していきたい。私たちが今取り組んでいる人工光合成の技術はきっと世の中の常識を変え、気候変動問題解決への大きな一歩となるはずです。人工光合成はすでに変換効率について開発の道筋は見えています。今後は安全面における規制の変更も必要になりますが、まずはスモールスタートでも徐々にスケールアップして社会に実装していきたいと思っています」(瀬戸山氏)

提供:三菱ケミカルホールディングス

三菱ケミカルホールディングスは、2050年の目指すべき社会とグループのありたい姿を想定し、そこからバックキャストして2030年のあるべき企業像と成長の道筋を明確にした「中長期経営基本戦略『KAITEKI Vision 30(KV30)』」を策定している。さまざまな技術が複合的に実現されなければならないことはいうまでもないが、人工光合成の実用化は大きな位置を占めているのは確かだ。

近い未来、人工光合成の大規模プラントができたら、世界はどう変わるか。今後の展開から目が離せない。


三菱ケミカルホールディングスグループの人工光合成についての詳細はこちら

三菱ケミカルホールディングスグループの「KAITEKI Vision 30」についての詳細はこちら

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