Amazonの家庭用ロボット「Astro」。
出典:Amazon
米アマゾンは9月28日(現地時間)、オンラインイベントを開催し、同社が開発中の新しいハードウェア製品と、それに関わるサービスを発表した。
もっとも大きなトピックは、家庭用ロボット「Astro(アストロ)」を発表したことだ。家の中を歩き回って様々な監視業務をしたり、家族とコミュニケーションを取ったりできる。
本格的な一般販売はまだ先で、日本市場投入も決まっていないが気になる存在だ。アマゾンも「一家に一台のロボット。SFの世界を現実にする」と説明し、相当の意気込みで臨んでいる。
アマゾンのハードウェア製品事業の責任者である、Amazon Devices & Services・シニアバイスプレジデントのデイブ・リンプ氏に、発表直後にオンライン・インタビューした。
ロボット掃除機とは「似て非なる性能」がいる
Amazon Devices & Services・シニアバイスプレジデントのデイブ・リンプ氏。
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Astroは、大きな車輪のついた台座にタブレットが乗ったような構造をしている。ディスプレイ部は情報やビデオ通話の表示だけでなく、「表情の表現」にも使われる。
周囲の様子をスキャンして安全に移動し、家族の顔を見分ける。スマホからの命令に従い、家の中を確認できる。
高いところを見るための「ペリスコープ」もついていて、オーブンの火が消えているかをチェックすることも可能だ。
高いところを見るための「ペリスコープ」があり、外出先から「オーブンの火が消えているか」も確認できる。
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「Astroの開発は4年前に始まった」とリンプ氏は明かす。
「Astroとその前身を、4年ほど前から社内で開発していました。完全に社内での独自設計です。AI処理やセンサーなど、最先端のロボット技術が、顧客のユースケースを満たせる価格にまで下がってきている……と考えたことがきっかけです」(リンプ氏)
Astroは4年ほどかけて開発された製品だが、アマゾン社内で開発された独自設計だという。
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ただ、解決すべき課題は大きかった。特に重要だったのは「適度な速度での自律航行」だという。
Astroはスキャナで部屋の中を把握して動くが、同じような機能を持つ自動掃除ロボットとは機能が大幅に異なるという。
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家の中を動き回る機器としては、すでに「ロボット掃除機」がある。それとAstroはどこが違うのだろう? リンプ氏は特に2つの点を挙げる。
1つ目は「速度」だ。
Astroは家の中で、人やペットと同じように動き回る。だから、人についていけたり、邪魔しなかったりするスピードで動けなければいけない。
これに対し、ロボット掃除機は遅くてもいい。なぜなら、ロボットが動いている時、部屋には誰もいないからだ。
テストの結果、Astroに求められる移動速度は「毎秒1メートル」(時速3.6キロメートル)だった。それに対して、ロボット掃除機はその数分の1の速度でいい。
「結果として、毎秒1メートルで動いても人や物にぶつからないナビゲーションとアルゴリズムが必要になります。ロボット掃除機の速度だと、物などにぶつかってしまいます」(リンプ氏)
もう1つの課題は「重さ」だ。
ロボット掃除機にはディスプレイもペリスコープもない。Astroはそれらを備えている分重くなる。カタログによれば本体だけで約9.35kgもある。一般的なロボット掃除機はその半分以下だ。
つまり、人と一緒に暮らすロボットをつくるためには、ロボット掃除機より重いボディーを数倍の速度で動かせる能力と、周囲のものを避けられるアルゴリズムが必要、ということだ。
プライバシーは? 重視される「オンデバイスAI」の活用
Astroは家の中の様子の映像や情報をどう処理するのか。
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家の中を歩き回るという点を考えると、どうしても「プライバシー」問題が気になる。
「スマホを介してAstroから家の中を見ることができますが、こちらはカメラをオンにするとスクリーンが点灯し、音が流れます。
誰かが周りにいることを確認するために、約10秒間はライブビデオをオンにしません。近くにカメラを起動したくない人がいれば、その人がボタンを押してカメラをオフにできます。
Echoと同じく、押すとカメラやマイクが、完全に電気的にオフになります」
この他、「自宅を管理するアプリ」もある。Astroが侵入できないエリアをつくり、部屋に入らせないように指示できる。この辺は、最近のロボット掃除機に似たアプローチだ。
もう1つ重要なポイントは、AIの動作にネット接続を必要としない(ロボット上の演算だけで完結する)「オンデバイスAIで処理する」ということだ。
「Astroに搭載されている大量のAIは、プライバシー上の理由からローカルで実行されています。
ナビゲーションのために、家の中を移動する際に使う情報がクラウドに送られることはありません。このデバイスには『ビジュアルID』機能もあり、もしあなたが自分の後をついてきてほしいと言えば、顔を認識してついていきます。
家の中で特定の人物を探して会いにいくこともできます。ただし、その顔認識も、すべてローカルです」(リンプ氏)
オンデバイス処理によって個人情報を守ることは、アマゾンだけでなくアップルやグーグルも追求する、テック業界の「基本路線」だ。
今回、スマートスピーカーの「Echo」では、英語音声での「完全オンデバイスAI化」が実現した。では、他の言語についてはどうだろう?
「将来的には、すべての言語に対応させることを目標としていますが、英語以外の言語にはより複雑なものもあります。具体的にどの言語についてかは言及しません。
あなたが日本語を気にしていることは知っていますが、『私たちは取り組んでいます』とだけお伝えします。
現状、オンデバイスAI処理を実現可能なまでに、データのサイズを絞り込めていないのです。Alexaに対応したデバイスの中には、処理能力は十分でも、メインメモリー容量が非常に小さいものもあります」(リンプ氏)
正式な発売時期・価格は未定だが、「1000ドルよりは高くなる」
まずはアメリカで展開されるAstro。
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最後に気になるのは「発売時期」と「価格」だ。
アマゾンはいくつかの商品を「Day 1 Edition」というジャンルに位置付けている。この製品群は開発途上であり、ユーザーからのフィードバックを受けた上で本格販売に移行する、というもの。
スマートスピーカーの「Echo」もこのフェーズを経て一般販売に至った。そのためAstroは、アメリカでも当面「Day 1」として少数ずつ販売していく形になる。
では、正式発売はいつになるのだろうか?
「正直『わからない』が答えです。初代Echoでは、販売の招待状を出すまでに9カ月近くかかったこともありました。
Astroはすでに、私の家は非常にうまくナビゲートしてくれますし、何の問題もありません。他の家に行けば、ナビゲーションもさらに改善されるでしょう。
ただ、どこまで良くなるのか分からないという不安もありますし、困難にも直面するでしょう」(リンプ氏)
では価格はどうだろう? 「Day 1」としては999.99ドルで販売されるが、これは割引が含まれた価格だ。他の市販されているロボットと比較した場合、この値段でもずいぶん安い。
「1000ドルというのは、開発の過程を共にしてくれる方々への割引を含んだ導入価格です。最終的な価格はアナウンスしていません。
フル機能になって一般市場で売ることになれば、1000ドルよりは高くなるでしょうね。ただ、倍にはならないでしょう」(リンプ氏)
壁掛けEcho Showや子ども向け新デバイスも登場
今回のAmazonの発表事物の中では、Astro以外にもおもしろいものがある。
1つは、日本でも発売が予定されている「Echo Show 15」。大画面のスマートディススプレイだ。
カレンダーやフォトフレームとして使える他、プライム・ビデオの映像も見られる。発売日は未定だが、価格は2万9980円。
15.6インチのディスプレイを備えた「Echo Show 15」。発売時期は未定だが、日本でも2万9980円で販売される。
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「アメリカではキッチンに置く台所用テレビの人気が高まっているのですが、15インチや24インチの台所用テレビを持っている人には、Echo Show 15がぴったりです。
家庭内情報の整理整頓と、映像視聴を融合させることができます。ヨーロッパや日本のように、家が小さいところでは『壁の空きスペース』が重要です。
壁にかけてEchoとしての機能だけでなく、フォトフレームとしても使えます」(リンプ氏)
日本では発売予定がないものの、興味深いのが「Amazon Glow」だ。これは縦型のディスプレイ付きビデオチャット・デバイスと、机の上に照射するポータブルプロジェクターをセットにしたもの。
子ども向けにターゲットを絞っており、卓上に照射された映像を指で操作して遊ぶ機能を持っている。
アメリカで発売する「Amazon Glow」。子供が親や親戚とビデオコミュニケーションを取ったり、タッチで知育的ゲームで遊んだりすることを狙う。価格は249.99ドル。
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「Amazon Glowのチームは、パンデミックの前からこのコンセプトを考えていました。そして、パンデミックが製品の必要性を高めたことは疑いの余地がありません。
ビデオに直接接続できるスクリーンと、投影されたマット上での没入型プレイ体験の組み合わせは、非常に楽しい組み合わせだと思っています」(リンプ氏)
(文・西田宗千佳)
西田宗千佳:1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」(朝日新聞出版)、「ソニー復興の劇薬」(KADOKAWA)、「ネットフリックスの時代」(講談社現代新書)、「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」(エンターブレイン)がある。