全米ベンチャーキャピタル協会(NVCA)によると、アメリカに拠点を置く企業が2020年に調達した額は、1640億ドル(約18兆円)に達した。
ただし銀行から借り入れをするにも、投資家を説得するにも、はたまた顧客を獲得するにも、起業家が事業を成功させるうえで欠かせないのが「売り込み」だ。
自社のプロダクト(製品・サービス)に自信を持ったうえで、それを誰かに買ってもらえるよう説得しなければならない。
Insiderでは資金調達に成功したスタートアップ企業のプレゼン資料(ピッチデック)を定期的に公開している。内容はそれぞれ異なるが、どの資料にも使われている共通のテクニックも多い。
そこで本稿では、Insiderにアーカイブされた資料を分類し、成功するプレゼン資料の特徴を紹介する。
1. チーム構成を紹介して信頼を得る
ファブリックのファイサル・マスードCEO。
Courtesy of Fabric
事業名:ファブリック(Fabric)
事業内容:電子商取引プラットフォーム
調達額:2020年10月のシードラウンドで950万ドル(約10億円)
ファブリックはプレゼン資料の冒頭に自己紹介を載せ、共同創業者たちが前職でどんなキャリアを積んできたかを紹介している。こうすることで信頼が得られるだけでなく、創業者たちの経験が彼らのプロダクト領域とどう結びついているのかを示すことができる。
オープンソース・プラットフォームのアルマナック(Almanac)もこの手法を採用している。1ページ目のスライドでこそないが、このチームがプロダクトを通じてどのように問題解決できるかを示している。
2. プロダクト紹介の前にストーリーを語る
アルマナックのCEO兼共同創業者アダム・ネイサン。
Almanac
事業名:アルマナック(Almanac)
事業内容:オープンソース・プラットフォーム
調達額:2020年5月のシードラウンドで900万ドル(約10億円)
アルマナックのCEO兼共同創業者であるアダム・ネイサンに言わせれば、起業家がプレゼン資料をつくる際、1枚目のスライドでいきなりプロダクトを紹介するのは絶対にNGだという。
そうではなくて、冒頭ではトレンド、顧客、顧客の悩みについてのストーリーを語り、共感してもらうことが大切だとネイサンは話す。
音声メッセージアプリのヤック(Yac)も冒頭から何枚かのスライドでこの手法を使っており、説得力のある統計値やコスト合計値を示すことで自分たちの存在価値を訴えている。
3. 問題提起をして、自社のプロダクトがどう解決するかを示す
ソンジ・ラロンとデイブ・サルバントは、時代に合った理髪店にする支援としてスクエアを立ち上げた。
Courtesy of Squire
事業名:スクエア(Squire)
事業内容:理髪店向けの予約・販売プラットフォーム
調達額:2020年12月のシリーズCで5900万ドル(約65億円)
スクエアの共同創業者であるデイブ・サルバントとソンジ・ラロンが作成したプレゼン資料では、同社の理髪店予約プラットフォームがどんな問題を解決するかが冒頭で示されている。
これはよく使われる手法で、スタートアップ・アクセラレーター(スタートアップ支援組織)のYコンビネータから2人が学んだものだ。それに続くスライドでは、スクエアには複数の機能があるので理髪店はサービス用途ごとにいくつものアプリを使い分ける必要がなくなると説明している。
4. 自社プロダクトの内容を説明する
パパの創業者であるアンドリュー・パーカーは、プレゼン資料で最も重要なのは「ストーリー」だと話す。
Courtesy of Papa
事業名:パパ(Papa)
事業内容:高齢者介護プロバイダー
調達額:2021年4月のシリーズCで1800万ドル(約20億円)
パパは、レディット(Reddit)共同創業者のアレクシス・オハニアン率いるシリーズAラウンドで1000万ドル(約11億円)を調達。創業以来の総調達額は9100万ドル(約102億円)に達する。
創業者のアンドリュー・パーカーがこれだけの資金調達に成功した一因は、効果的なプレゼンで自社サービスを投資家に詳しく示したことによる。プレゼン資料では顧客の体験を視覚化するだけでなく、介護士の採用・審査方法も説明している。
5. 競合との違いを説明する
アフロセンチックスの創業者、レイチェル・トゥマシ・コーソンおよびジョイセリン・メイト。
Afrocenchix
事業名:アフロセンチックス(Afrocenchix)
事業内容:美容・ヘアケアブランド
調達額:2021年6月のシードラウンドで120万ドル(約1億3000万円)
アフロセンチックスのプレゼン資料ではまず、成長著しい市場をどう攻略するかが示されている。
そのうえで、共同創業者であるレイチェル・トゥマシ・コーソンとジョイセリン・メイトは、自社製品が競合製品とどう違うか(無毒で環境に優しい、直販ブランドという点)を、図表を使って明示している。
6. 顧客を維持できる能力を示す
アートシュガーの創業者兼CEOアリックス・グリーンバーグ。
Courtesy of Alix Greenberg
事業名:アートシュガー(ArtSugar)
事業内容:オンライン・アートショップ兼ギャラリー
調達額:2021年7月に50万ドル(約5500万円)
アートシュガーはアリックス・グリーンバーグが創業した、アートギャラリーとショップを兼ねるオンラインサービスだ。グリーンバーグはプレゼン資料の中で、同社の顧客を分析した結果、アートを購入する際の顧客ニーズを同社がどれほど満たしているかを示している。
また、既存顧客を対象にしたアンケート結果も掲載し、次回アートを購入する時もアートシュガーを再訪する可能性が高いことを伝えている。
インターネット接続式のフィットネス・デバイスのメーカー、エー・チャンプス(A-Champs)も同様だ。同社のプレゼン資料では、ターゲット顧客の内訳、顧客の悩みごとを分析している。
また前出のアフロセンチックスも、顧客を維持することの重要性を強調しつつ、新規顧客を獲得することでまだまだ成長の余地があることを示している。
7. 創業からの成長を強調する
バルセロナと上海に拠点を構えるエー・チャンプスは2020年、テックスターズのスポーツテック・プログラムに受け入れられた。
Courtesy of A-Champs
事業名:エー・チャンプス(A-Champs)
事業内容:フィットネスをゲームのように楽しめるトレーニング・プログラムが行える、インターネット接続デバイス・シリーズを製作
調達額:2020年春にシードラウンドで12万4000ドル(約1360万円)
エー・チャンプスの共同創業者キリアン・サエケルが作成したプレゼン資料では、創業1カ月目に1万ドル(約111万円)だった売り上げが初年度通期で60万ドル(約6700万円)へと拡大したことが1枚のスライドにまとめられている。
先出の高齢者介護サービス企業のパパも同様で、創業以来に到達したマイルストーンをタイムラインで示し、自社の成長をアピールしている。
8. 明るい色彩やビジュアルを使って活気を表現する
請求書作成会社エクスポのトミ・アイヨオラ、ロタンナ・イジキ、アフマド・カークーティ
XPO
事業名:エクスポ(XPO)
事業内容:クリエイター向けの請求書作成サービス
調達額:2021年8月に100万ドル(約1億1000万円)
エクスポの共同創業者であるロタンナ・イジキは、プレゼン資料に鮮やかな色彩と絵文字を使うことで明るさや若々しさを印象づけている。スタートアップ企業のプレゼン資料では青や中間色が使われることが多いため、紫やピンクは目立つのだ。
前述のアートシュガーやアフロセンチックスも、ブランドイメージに合わせた色彩やグラフを活用している。
9. 知名度のあるクライアントのレビューでお墨付きをアピールする
ヤックのジャスティン・ミッチェル、ハンター・マッキンリー、ジョーダン・ウォーカー。
Courtesy of Yac
事業名:ヤック(Yac)
事業内容:音声メッセージアプリ
調達額:2021年1月のシリーズAで750万ドル(約8億3000万円)
ヤックは、プレゼン資料の随所にクライアントからのレビューや推薦の言葉を盛り込むことで、同社のプロダクトがすでに活用されていることをアピールしている。
知名度のあるクライアントに絞ることで、同社のプロダクトが成功しているのだというお墨付き、つまり「ソーシャルプルーフ(社会的証明)」を得ようという狙いだ。
10. お願いごとは簡潔かつ具体的に
ミーシャズ・カインド・フーズのチーム
Misha's Kind Foods
事業名:ミーシャズ・カインド・フーズ(Misha’s Kind Foods)
事業内容:乳成分不使用チーズのブランド
調達額:2021年4月のシードラウンドで300万ドル(約3億3000万円)
投資の依頼に関して、ミーシャのプレゼン資料は非常に明確だ。調達目標額は500万ドル(約5億5000万円)、その資金はマーケティング戦略やインフラ拡張に充てる、とスライドに記載している。
同社の共同創業者アーロン・ブロックは、投資をお願いするときには「簡潔かつ単刀直入に」と話す。
※この記事は2021年10月15日初出です。