「再分配」で格差拡大の是正狙う岸田新政権。でも「成長なき分配」は無理筋では…金融専門家の視点

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10月4日、元外相の岸田文雄氏が第100代内閣総理大臣に選出された。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

岸田新政権が発足した。ここまで明らかになっている情報を総合すると、経済政策の要諦はどうやら「再分配」になりそうだ。

自民党総裁選に名乗りをあげてから、岸田氏は「成長と分配の好循環」を経済政策の柱に掲げている。格差拡大への問題意識は世界的に高まっており、再分配政策を重視するのは国際的な潮流とも言え、だからこそ特に違和感はない。

数十兆円規模とされる経済対策の具体的な中身については、ひとり親家庭ないし共働き家庭を対象にした(学校休校に伴う)臨時の休業手当、事業者を対象とした持続化給付金や家賃給付金の再支給などが取り沙汰されている。

そのほか、非正規雇用者や学生、女性を支援対象にあげるなど、総じて「持っている者」から「持っていない者」への再分配が強調されている。

それらは「令和版所得倍増計画」と呼ばれるが、昭和版の倍増計画が目指した「国全体の底上げを図る」ことより、「現在の『持っていない者』を底上げして中間層を再構築する」ことに狙いがあるように見える。

株式市場は「目先の成長」を要求

しかし、格差拡大の是正という世界的な潮流に合致しているからと言って、株式市場も同じように評価してくれるとは限らない。

前節で指摘したように、岸田政権の標榜(ひょうぼう)する令和版所得倍増計画は、既存のパイの分配率を修正することに主眼が置かれているように見え、それは税・社会保障の負担比率を修正することで実現されるのかもしれない。

ただ、そこで根本的な疑問が沸いてくる。昨今の日本経済が抱える問題は「パイが大きくならない(=成長率が非常に低い)こと」ではなかったか。

既存のパイをどう分け合うかを考えることは重要だとしても、それより「パイのサイズを大きくする」ことのほうが優先すべき課題ではなかったか。

岸田政権が「持っている者」から「持っていない者」への再分配を企図しているのだとしたら、今後の政策としては(株式譲渡益や配当金など)金融所得への課税強化のほか、法人税の引き上げや所得税における累進課税の強化などが考えられる。

そして、そうした政策が株式市場からは好まれない可能性は非常に高い

もちろん、政治は株価のためにあるわけではない。政権として適切な政策を遂行するのみ、という考え方もあるだろう。

とはいえ、政治資源に乏しい政権の発足当初から株価暴落という展開は避けるに越したことはない。

少なくとも目先の成長を要求する株式市場にとって、再分配や格差是正、(市場の自由競争を重視する)新自由主義からの脱却といったフレーズは歓迎されるものではない。

特に、「成長と分配の好循環」という看板そのものは良いとしても、成長と分配の「因果関係」を欠くようでは本末転倒だ。

例えば、立憲民主党の枝野代表は次期衆院選の公約として「分配なくして成長なし!みんなを幸せにする経済政策」とのスローガンを発表しているが、因果関係が逆ではないかと筆者は考える。

「分配なくして成長なし」の側面がまったくないとは言わないが、コロナ以前から国内市場の縮小が懸念されていたことを踏まえれば、「成長なくして分配なし」こそが地に足のついた発想ではないか。

成長が原因、分配が結果であって、分配の原資として「持っている者」への増税を連想させるような情報発信は好ましくない。

「新規感染者主義」からの脱却が必要

経済成長率の回復は、ごく短期的にみても急務と言える。

過去の寄稿を通じて何度か指摘したように、コロナ禍の成長率や物価の伸びについて、日本の数字は先進国のなかでも大きく見劣りする。

この状況は、高いワクチン接種率という「手段」を、経済正常化という「目的」にリンクさせることに失敗した結末だと筆者は考えている。

この「手段の目的化」とも言える状態から脱却し、欧米のような成長軌道に乗せられるのかどうかが、岸田政権に課せられた最初のハードルとなるだろう。

目先で最も注目すべきは、何をおいてもコロナ対策。まずは10月1日に解除された行動制限をどこまで持続できるか(さらにはもう二度と制限をかけずに済むか)が政権安定の試金石になるはずだ。

そのために必要なのは、いわば「新規感染者主義」からの脱却だ。

新規感染者数と支持率がリンクするこれまでのような状況では、誰が首相になっても政権運営は安定しない。歴史に「たられば」はないが、菅首相の退陣表明が2週間遅かったら、感染者数の激減を受けて政権が持続していた可能性はある。

そのような政治的混乱を招かないためにこそ、新型コロナウイルス感染症対策分科会(以下、分科会)の助言があったはずだが、分科会は「人流が減っていないので感染者数も減るはずがない」というロジックを脱することができず、提示される解決案はいつも行動規制だった。

人流抑制が感染終息ひいては経済復活のカギだと言うのであれば、欧米経済が半年前から日常を取り戻し、潜在成長率の2~3倍のスピードで経済回復・成長を続ける理由や背景も併せて情報発信する必要があるのではないか。

「後出しジャンケン」で分科会を断罪したいわけではない。純粋にここまでくり返されてきた事実から考えて、感染者数の増減要因はいまだによくわかっていないというのが実情だろう。

要因がわからないことが罪なのではない。わからないことを認めず、「人流が減らない」ことの責めに帰して、無為に経済犠牲を強いる基本姿勢が罪深いのだ。

戦略の失敗は戦術では取り返せない。「世界最速のワクチン接種進捗」という、いま考え得る最高の戦術があっても、「人流が元凶なので行動規制強化」という戦略に固執し、出口に向けたロードマップも検討しないのでは、成長率や物価の回復は絶望的だ。

こうした経緯を踏まえて、岸田政権の初動においては、コロナ対策に関して「政府と分科会の距離感」をいかに修正してくるのかに筆者は注目している。

その修正次第では、コロナ対策が良い方向に向かっていると認識され、株式市場などから好意的な評価を得られる可能性がある。

もちろん、分科会がこれまでの方法論に固執せず医療資源の拡張に舵を切るとか、行動制限を脇において出口戦略まで描けるようになるのなら、それはそれで望ましいことだ。

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岸田首相が自民党総裁選に際して示したコロナ対策「岸田4本柱」。

出所:記者会見資料「岸田文雄の政策(新型コロナ対策)」

岸田首相が総裁選立候補直後に打ち出したコロナ対策「岸田4本柱」では、電子ワクチン接種証明(ワクチンパスポート)の活用が示されたほか、野戦病院のような臨時医療施設の開設などもあげられている。

その着実な遂行を経て、新規感染者主義からの脱却を図ることができれば、幸いにも世界的な高水準に至ったワクチン接種率も相まって、岸田政権のコロナ対策は高い評価を受けるかもしれない。

行動制限「一本槍(やり)」の戦略から脱却し、短期的には成長を重視する姿勢をアピールしたほうが、結果的には政策の柱とする再分配政策を促進することにもつながるだろう。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

(文・唐鎌大輔


唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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