今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
複数報道によれば、アマゾンは百貨店のような大型小売店を出店する計画があるそうです。アマゾンといえばEC界の世界的王者。それがなぜ実店舗を構えようとしているのでしょうか。同社の真の狙いを、入山先生に読み解いてもらいました。
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なぜアマゾンが、いまさら百貨店なのか
こんにちは、入山章栄です。常に話題を提供してくれるアマゾン(Amazon)ですが、また気になる動きがあるようです。
BIJ編集部・常盤
少し前になりますが、アマゾンが百貨店に進出するのではないかというニュースがありました。これまでにもアマゾンはアマゾン・ゴー(Amazon Go)やアマゾン・フレッシュ(Amazon Fresh)、アマゾン・ブックス(Amazon Books)などのリアル店舗を出してきましたが、今度はより大規模な店舗になりそうなのだとか。
詳細はまだ明らかになっていない段階なのですが、アマゾンはどういう意図を持っているのか……。入山先生、推測してみていただけますか?
あくまで推測でよろしければ……とはいえ、これはもう僕の推論を、ズバリ一言でお答えしましょう。僕は、アマゾンの狙いは「仕組みの外販」にあるのではないかと思います。アマゾンは最先端の技術で運営する実店舗を構えることで、そこで得られた仕組みやノウハウを他の小売業者に外販しようとしているのだと思います。
例えばコンビニのアマゾン・ゴー。僕もまだ行ったことはありませんが、シアトルにある無人店舗ですよね。僕が某所から聞いた話によれば、実はこのアマゾン・ゴーの技術レベルが、最近目覚ましく向上したらしい。
今までアマゾン・ゴーでは、お客さんが何をいくつ買ったか判別するのに、2つの方法を併用していました。まず商品がトレイに載っているので、そのトレイから物が離れた瞬間、重量が軽くなるので売れたと分かる。それと同時に、天井に設置したカメラの画像と照合することで、お客さんへの正しい料金の請求や在庫管理ができていたわけです。
無人レジのスーパー「Amazon Go」は2016年にオープン。現在アメリカ国内に29店舗展開している。
MariaX / Shutterstock.com
ところがある人から聞いた話だと、それに加えて最近、AIによる画像解析の技術が非常に上がったらしいのです。AIはデータを溜めれば溜めるほど賢くなりますから、いまや画像だけで、どういう人がどの商品をどれだけ買ったか、ほぼ完璧に分かるようになり、トレイで重さを計る必要がなくなったとすら言われています。こんなすごい仕組みを欲しがる小売業者はいくらでもいるでしょう。
アマゾンからすれば、アマゾン・ゴーもアマゾン・ブックスも、リアル店舗を出せば出すほど余分な固定費が増えてアセットが重くなるわけですから、おそらくそんなことはやりたくないはず。でもアマゾン・ゴーの画像解析の仕組みを、世界中のスーパーやコンビニに売ればどうでしょう。どう見てもそのほうが、アマゾン自らが店舗を出すより得です。お店のほうもこれを導入すれば店員を減らせるし、無人店舗もつくれる。
あらゆるお店がこの仕組みを導入すれば、導入しないお店は人件費が経営を圧迫して、コスト的にやっていけなくなっていく。つまり、世界中のスーパーとかデパートのDX(デジタル・トランスフォーメーション)の基幹の部分を、アマゾンは取りにいこうとしているのだと思います。
小売店の役割が変わる
シリコンバレーで始まったb8ta(ベータ)というお店があります。日本の有楽町や渋谷にも店舗がありますが、ここは商品を実際に手にとってみたい人のためのショールームのようになっていて、家電製品から食品、洋服など最新の商品が陳列されています。さらにすごいのは、そこで顧客行動のデータもとれるようになっていること。
このように、いまや店舗の目的は、そこで買ってもらうことではなくなってきているんですね。こんなふうにリアル店舗の役割が変わって、かなりデジタル的な仕掛けが必要になっているのに、既存のデパートもスーパーも、そういったものを持っていないのです。
それをつくるには、現場を持っていることに加えて、AIを含めた高レベルのデータサイエンス力が必要です。アマゾン・ゴーはその両方を持っている。ただアマゾンはその店舗運営自体をやりたいかといえば、おそらくやりたくない。実店舗のデータさえ取れればいいので、その仕組みをデジタル化ができなくて困っている世界中のデパートやスーパーに売ればいい。
もしかしたらアマゾンは、世界中のスーパーやコンビニのOSを作ろうとしているのではないでしょうか。WindowsのようなOSが世界中のお店に導入されれば、店側も顧客の購買行動が完全に手に入り、しかもコスト削減になります。すでに述べたようにライバルが導入すれば、それに対抗するために自分のところも使わざるを得なくなり、世界中がみんな導入する。
ということは逆にアマゾン側からすると、同社のECプラットフォームの中だけで取れていた顧客の購買行動だけでなく、今度は世界のリアル店舗の顧客の購買行動も取れだすわけですよね。「日本の〇〇県で××さんがニンジンを買った」という情報と、「アルゼンチンの田舎でも同じニンジンがこれだけ売れています」といった情報が全部アマゾンに入ってくる。アマゾンはその情報をさらに活用することもできる。
もしこんなことが現実になれば、世界中のECが今アマゾンに取られているように、世界中のリアル店舗のOSもアマゾンのものになる可能性がある。長期視点で見れば、アマゾンはそれを狙っているのかもしれません。
BIJ編集部・常盤
もし本当なら、鳥肌が立つほどスケールの大きな話ですね。
しかし、もし本当にそういう方向性に行くのだとしたら、百貨店ならではの個性はどうなってしまうのでしょう。以前この連載で百貨店業界について先生にお話を伺ったときは、「これからの百貨店の活路は外商にあるんじゃないか」とおっしゃっていました。
もしかしたら外商とアマゾン的なDXの仕組みを取り入れたら、まだまだ百貨店も生き残りの道はあるのかもしれませんね。
そうですね。やっぱりリアルなお店に来てもらうには、相当強い理由が必要でしょう。そうすると月並みですけれども、「顧客の体験価値を高める」ことが求められる。それが何かといえば、リアルな人間とのやりとりだと思います。
例えば僕の家の近所に東信水産という面白い鮮魚店があります。社長の織茂信尋さんはいろんなことをやっていますが、まず2つ、大きな改革をしました。そのひとつがDXです。鮮魚店の受発注システムを作ったのです。
鮮魚店の受発注はなかなか難しい。そもそも生ものだからスピードが必要だし、加えて独特の理由がある。例えば、魚介類は種類によって単位が違う。「1匹」という場合もあれば「1尾」という場合もあるし、そうかと思えばイカは「1杯」です。単位が違うのは一番デジタルになじまない。
そればかりか、ワカシ→イナダ→ワラサ→ブリのように成長すると名前が変わる出世魚もいるでしょう。これもエンジニア泣かせです。だからこれは自分たちでやるしかないと、「フィッシュオーダー」という受発注システムをつくった。それを外販しているのです。
もう1つはセントラルキッチン化です。一般的な鮮魚店は店舗の中で魚をさばくので、そのスペースが店の7~8割を占める。これは非効率だということで、今30店舗ぐらいある店舗の調理場を1カ所に集めて、荻窪の南口にセントラルキッチンを作ってしまった。すると1店舗における売り場面積が広がったので、いろんな種類の魚が置けるようになった。さらに魚をさばかなくてもいいし、DX化で日常業務が楽になったので、店員さんたちがお客さんと密にコミュニケーションできるようになった。
実は、僕の母親も東信水産のファンです。実家からたまに僕の家に来るときに、一人暮らしの息子に魚を食べさせたくて、例えば東信水産の店舗でアジを買おうとすると、
「今、アジはやめたほうがいいよ。アニサキス(寄生虫)が結構すごいから。1週間前から言ってくれたら、ちゃんと処理して取っておくから、連絡して」
などと言ってくれるのだそうです。その魚ならではのおいしい調理法なども教えてくれる。そうやって専門知識のある店員さんとコミュニケーションできるから、それがわざわざ店舗に行く理由になる。アマゾン的なDXを導入するからこそ、このような人のぬくもりこそが、お店にあえて行く理由になるはずです。
これからのデパートも、目指すはそういう方向なのかもしれませんね。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。