気候変動の影響から、世界各地で山火事の被害が広がりつつある。
REUTERS/Tracey Nearmy
ジャハン・カンナの仕事は火事を消すことではない。その究極の目的は、火災を未然に防ぐことだ。
2021年の前半、カンナはサンフランシスコを拠点にファイアマップス(Firemaps)を創業した。
狙いはきわめてシンプル。近年、米カリフォルニア州では山火事で家が焼失する割合が高くなっており、そうした被害を軽減するのが目的だ。
「いまや世界各地で山火事が猛威をふるっています。ファイアマップスは住宅の所有者がいますぐに家屋を守るためのプラットフォームなのです」
ファイアマップスはアメリカを代表するベンチャーキャピタル、アンドリーセン・ホロウィッツ(Andreessen Horowitz)の投資家たちを口説き落とし、シードラウンドの550万ドル(約6億円)を調達した。
アンドリーセン・ホロウィッツのゼネラルパートナー、アンドリュー・チェンはこう話す。
「ファイアマップスの取り組みはまさに時宜を得たものと感じています。これほど共感を得られる企業はそうありません。きわめて強い使命感を持ち、社会にインパクトを与えたいという深い心の底からの思いに突き動かされて事業に取り組む稀(まれ)な企業です」
カリフォルニア州の山火事を何とかしたいというカンナの願いに加えて、コミュニティに焦点を当てた目標設定のあり方が、チェンと彼の率いる投資チームの心を動かした。
山火事の脅威が世界中で広がりを見せている現状を踏まえ、ファイアマップスには大きな成長の可能性があるとチェンは指摘する。
米ベンチャーキャピタル・アディション(Addition)創業者のリー・フィクセルや、米配車サービス大手ウーバー(Uber)のダラ・コスロシャヒもファイアマップスに出資している。
カンナはウーバーでプロダクト担当の責任者を務め、小売り事業者向けマーケティングプラットフォームを手がけるサイドカー(Sidecar)の共同創業者でもあり、テック系スタートアップの舵取りには十分な経験を持つ。
そんな彼が身を置いてきたスタートアップとファイアマップスが異なるのは、人々とその保有する家屋を守るという「緊急性」が加わったことだ。
ファイアマップスが重視するのは「堅牢化(ハードニング)」。住宅の性能評価を通じて、耐火性を向上させる改修の可能性を判断することを意味する。
「現地調査不要で(施工)業者から見積もりを得られる」ユーザーフレンドリーな山火事対策プラットフォームというのがファイアマップスの売り文句だ。
一見単純なアプローチのようだが、そこには最先端のテクノロジーが使われている。
「カリフォルニア州ではすべての住民に家屋の耐火性能向上が求められる状況ですが、何をどうすればいいのか誰も知りません。そこで私たちは、必要な作業や労力をコーディネートし、プロセス全体を簡素化するプラットフォームを構築したのです」(カンナ)
その流れは以下のようなものだ。
まずはドローンを使って住宅の高精細な3Dイメージを作成し、周囲の地形や家屋をセンチメートル単位で調査。それをもとに、どのような(耐火性能向上の)改修が可能かを判断する。
その後、ドローンによる性能評価にもとづいて地元業者を対象とする入札を行い、リノベーションを実施する。性能評価にかかる時間は長くても20分という。
耐火性を向上させる改修のため、ドローン撮影データから作成した3Dモデルを活用し、住宅性能評価を行う。
Jahan Khanna/FireMaps
カリフォルニア州森林保護防火局によれば、同州では2017年以降、史上最大規模の山火事が8件発生している。この5年間で少なくとも1万1000棟の住宅やビルが焼失し、リスク上昇を背景に保険会社が契約更新を回避するケースが増えている。
ハンティントン=USC(南カリフォルニア大学)カリフォルニア・米西部研究所「ザ・ウェスト・オン・ファイア(燃えさかる西部)」プロジェクトの博士研究員レベッカ・ミラーは次のように説明する。
「カリフォルニア州のハイリスクエリアにある住宅のほとんどは、山火事に耐えられる設計になっていません。山火事の可能性を考慮して建てられているのは、基本的にはごく一部の築浅住宅だけで、大半は築数十年の耐火性能の低い住宅です」
保険会社やカリフォルニア州の地元消防署は、市民に住宅の耐火改修をより強く要請しているものの、家屋の調査や業者への依頼など手続きが複雑で、もちろん費用もかかる。
そのギャップを埋めるのがファイアマップスの狙いだ。同社を創業したカンナ、出資するアンドリーセン・ホロウィッツの投資チーム、いずれもスケールアップの可能性は高いとみている。
「残念ながら、山火事のリスクはカリフォルニア以外の多くの州に広がり、毎年くり返される可能性が高いと思われます」(アンドリーセン・ホロウィッツのチェン)
山火事のリスクが高まり、広がるなか、火災の危険性がある地域の人々は迅速な対策に動く必要がある。
「住宅の所有者として何をすべきかを把握するのは非常に難しく、把握できたとしてもそれを適切に実行するのはきわめて困難です。だからこそ、ファイアマップスのプラットフォームをスケールアップするインパクトは大きいと期待しているのです」(カンナ)
(翻訳・編集:川村力)