マイクロソフトのサティア・ナデラCEOといえば、同社の社風を一変させたことで有名だ。以前は部門同士、社員同士でいがみ合うことも多い殺伐とした職場環境だったが、ナデラがCEOに就任したことで、社員間のコミュニケーションや協力が促されるようになったのだ。
そのナデラが、8月に公開された「Master of Scale」というポッドキャストでリンクトイン(LinkedIn)の創業者リード・ホフマンと対談し、ある重要な会議で声を上げなかった時のことを語っている。この時のことが、今マイクロソフトを率いる自分のスタイルにつながっているというのだ。
ナデラの苦い思い出
このポッドキャストで語られている内容は多岐にわたるが、ナデラはこの中で、ビル・ゲイツからある会議に呼ばれた時のことを語っている。
当時ナデラは検索エンジンであるBing(ビング)部門を担当していたのだが、呼ばれた会議では、マイクロソフトのクラウドサービスであるAzure(アジュール)の強化を目的とした、ソフトウェアの買収案件について話し合われていた。
Bingは当時、すでにそのソフトウェア技術を組み込んでいた。それをAzureにも取り込むことを提案したいという気持ちはあったものの、ナデラは黙っていた。
重要な瞬間であったにもかかわらず発言をためらった理由について、ナデラは、当時のマイクロソフトの職場の雰囲気があったと説明する。声を上げることもできただろうが、上の人たちからは、Bingは負け組の部門だと見られていたと思う、と。
「ある意味、優れたアイデアもこうして会社のカルチャーにつぶされてしまうんです」とナデラはポッドキャストで話す。
聞き手のホフマンはそれを「失敗談」としたものの、この経験があったからこそナデラは大きな学びを得られたのだとも話し、こう続ける。
「悪いカルチャーは優れた意見の邪魔をするんです。あのとき話したとしても、ダメ出しされることはなかったかもしれない。でもまず、話そうと思わせるような環境が作れていなかった」
コミュニケーションを組織の土台に
リーダーとしてのナデラは長らく、社員が「成長マインドセット」を持てるようサポートすることに重きを置いてきた。スタンフォード大学のキャロル・デュエック教授が2016年に「ハーバード・ビジネス・レビュー」に寄稿した記事によれば、成長マインドセットとは「優れた戦略があり、他者の意見に耳を傾け、懸命に取り組むことで」人は学んで成功できるという信念に根ざしている。
デュエック教授は同記事の中で、成長マインドセットに移行できた企業では「社員が以前よりも自分の力を信じられるようになり、士気が大幅に高まる」と書いている。
その結果、社員間の対話が増え、お互いの成長につながり、全体的に生産性が上がるのだという。
こうした志向の転換のおかげで、マイクロソフトの名は多くの「働きたい会社」ランキングや研究に登場するようになった。シンクタンクの企業生産性研究所(Institute for Corporate Productivity)による2019年の報告書では、経営陣によるカルチャー変革の功績を理由に「最も価値ある企業」という評価も受けている。
ナデラは他にも、マイクロソフトの社風を変えようと思ったのは(前任のCEOである)スティーブ・バルマーのアドバイスもあった、とポッドキャストで話している。バルマーからは、自分やゲイツのようになろうとせず、自分らしくありなさい、と言われたという。
「あのときの『自分らしくありなさい』というアドバイスは、スティーブがくれた中でも最高のアドバイスでした。他の誰かになれるわけがないんだから、前任者と同じようになろうとなんてしなくていいんだよ、とね」
CEOに就任したナデラはその言葉を胸に、同社のリセットボタンを押すという決断に至った。
「リセットするとはつまり、一流のパーパス、ミッション、カルチャーを持った企業をつくるということだと思えたのです。しかも、自分らしいやり方でね」
(翻訳・田原真梨子、編集・常盤亜由子)