中国の電子コミックサービス「快看」では、動くWEBTOONマンガも登場して、人気を集めている(詳しくは後述)。
出典:快看
オールカラーで描かれ、縦スクロールで読み進める ── 。モバイルに特化したマンガ「WEBTOON(ウェブトゥーン)」が世界を席巻している。
ネットフリックスで2020年にドラマ化され、日本でも社会現象となった『梨泰院クラス』。原作は韓国のカカオエンターテイメントの電子コミックサービス「ピッコマ」から配信されたオリジナルWEBTOONだ。
同じくネットフリックスで2020年12月に配信されたホラーミステリー作品『Sweet Home ー俺と世界の絶望ー』は、韓国のネイバーが提供する「LINEマンガ」発のオリジナルWEBTOONが原作。
こちらは近未来を舞台にしたサバイバル・サスペンスだが、配信開始わずか4週間で全世界2200万人が視聴する人気となり、70か国以上でトップ10内にランクインするなど話題となった。
ネットフリックスの「Sweet Home ー俺と世界の絶望ー」もLINEマンガのWEBTOONが原作だ。
出典:ネットフリックス
WEBTOONは従来なら映像化が難しいと思われる奇抜な設定の作品も多い。しかし『Sweet Home』のヒットは、ネットフリックスのように過激な表現にも寛容なストリーミングサービスとWEBTOONの相性の良さを象徴する現象となっている。
韓国ネイバーとカカオは世界覇権を狙い激突
韓国のネイバーとカカオエンターテイメントが「WEBTOON」の世界市場を牽引する。
画像:Business Insider Japanが製作
日本の電子コミックサービスでも縦スクロール型のオリジナル作品は数多く配信されている。しかし世界市場は韓国のネイバーとカカオエンターテイメントの躍進が目立つ。
例えば「LINEマンガ(日本)」を包括しているネイバーの「WEBTOON worldwide service」の月間利用者数(MAU)は7200万人に上る。
カカオは、利用者数を非公表としているが、2020年「ピッコマ」がApp Store(ブックカテゴリ)とGoogle Play(コミックカテゴリ)の合計で、グローバルで年間セールス1位を獲得したと発表。
カカオエンターテインメントの最高経営責任者(CEO)は5月、ニューヨークでの上場を検討しているとブルームバーグに明かしており、その企業評価額は20兆ウォン(約1.8兆円)を超えるかもしれないという。
ネイバーとカカオによる2つの「グローバル戦略」
WEBTOONは、従来のマンガのような単行本ではなく、モバイル配信を前提として制作される。縦スクロールで読むため、右上から左下(日本)、左上から右下(アメリカ)と、国による「マンガの読み方の差異」がないのが特徴だ。
事前に翻訳などのローカライズを施すことで世界同時配信ができ、また読者の反応もダイレクトに収集しやすい。テストマーケティングを繰り返し、細かく読者の傾向を分析しながらコンテンツを育てていける強みもある。
さらに、WEBTOON飛躍の決め手となっているのは、各サービスでしか読めないオリジナルコンテンツ(マンガ)だ。それらを映像化して世界でヒットさせることで知的財産権(IP)戦略を進め、ライセンス収益やさらなる読者の獲得へ繋げる。
ネイバーとカカオは、人気となるオリジナル作品を増やすために以下の戦略を取っている。
グローバルなM&Aで事業規模を拡大
カカオが運営するマンガアプリ「ピッコマ」。縦スクロール漫画は「SMARTOON」というタブで見られる。
撮影:西山里緒
WEBTOONを配信するサービスは世界的に大きなシェアを持つプラットフォームが未だ存在しない。両社はWEBTOONの世界的な人気を足掛かりに、活発にM&Aをし、電子コミックのプラットフォームとしての事業規模を拡大させている。
ネイバーは2020年にWEBTOON事業部をアメリカ法人・WEBTOON Entertainmentに託し、アメリカ法人が世界各国のWEBTOON関連系列会社を牽引する構造へと改編した。
知的財産(IP)ビジネスの本場であるアメリカに事業部を移し、戦略的に海外展開を推進している。
そして今年1月には6530億ウォン(約615億円)でカナダの小説創作プラットフォーム「Wattpad」を買収しWEBTOON事業と統合。「Wattpad WEBTOON Studios」というスタジオを設立した。「Wattpad」の世界9000万人の会員を取り込んだことで、ユーザー規模は世界1億6000万人となった。
BRIDGEの報道によると「Wattpad WEBTOON Studios」から世界570万人が創作した10億以上のオリジナルコンテンツを元に、ドラマ、映画、アニメなどを制作する予定だという。
対するカカオも今年、アメリカ拠点のウェブ漫画アプリ「タパス」とウェブ小説アプリ「ラディッシュ」を、それぞれ5億1000万ドル(約566億円)と4億4000万ドル(約488億円)で買収すると発表。
2020年「ピッコマ」は日本で、それまでApp Store内の売上で日本のマンガアプリでトップだった「LINEマンガ」を抜いて1位になり、マンガ大国の日本で地固めに成功した。
今年6月にはタイと台湾でもWEBTOONのサービスを開始しており、グローバル展開を加速させている。
平均年収3000万円、高い報酬で作家を囲い込み
NEVER WEBTOONのアプリの様子。
撮影:西山里緒
では、どのように良質なオリジナルマンガを持続的に生み出すサイクルを作っているのか。ネイバーに注目すると、漫画家に高い収益を還元しているのが分かる。
LINEマンガの広報部によると、韓国の「NAVER WEBTOON」で連載を持っている作家の全体平均年収は約3000万円(日本円換算)、そのうちトップ20の作家の平均年収は約1億7000万円に上るという。その待遇の良さは世界の作家を惹きつけている。
同時にアマチュア作家の創作支援も行っている。韓国の「NAVER WEBTOON」では、誰でも自由に漫画を配信・閲覧可能な投稿ができる機能を備えている。それはまるで「漫画版YouTube」のようだ。
アマチュア作家にとっては読者の反応を確かめられる練習場ともなる。制作したマンガがヒットした場合は、そこからプロの作家へ転向できる道筋も用意されている。
中国発の「漫画版TikTok」は263億円調達
TikTokでハッシュタグ「#Webtoon」は30億回以上再生され、大きなトレンドとなっている。
出典:TikTok
2社に対抗するダークホースとなりそうなのが、独自のWEBTOONを強みとして発展を続けている中国の電子コミックサービスで、中国内首位を誇る「快看(クワイカン)」だ。
中国メディア「AI Caijing(財経)」の報道によると、「快看」の現在の登録ユーザー数は3億4000万人。月間アクティブユーザー数は5000万人。主要な読者の9割が1995年以降に生まれた「Z世代」と言われている。
今年8月、「快看」は既存株主であるネットサービス大手の騰訊控股(テンセント)などから2億4000万ドル(約263億円)の資金調達を完了したと発表した。その中でCEOの陳安妮氏は、資金調達を伝える社内メールで「漫劇(マンチュイ)」と呼ばれる分野へ力を入れていくことを明かしている。
漫劇とはいわゆる「動くマンガ」で、マンガに動きやキャラクターボイスをつけた“マンガ以上アニメ未満”といった新しい映像コンテンツ。これは縦型の短尺動画サービスであるTikTokを意識したものだ。
WEBTOONはTikTokでイラストが切り抜きされ、音楽に合わせたMAD動画投稿が人気を集めており、ハッシュタグ「#Webtoon」は37億回以上再生されるトレンドとなっている。
漫劇も「抖音(TikTokの中国国内版)」で既に再生回数が14億3000万回に上っているという。「快看」は漫劇を起点に抖音からアプリの方へ、読者となるユーザーを誘導する。
「快看」では、「漫劇」のタブ(左:赤枠)から、動くWEBTOONマンガを視聴できる。
出典:快看
実際に「快看」のアプリを閲覧すると、漫劇は専用のタブから視聴ができた。縦スクロールで次の動画へ遷移し、「いいね」やコメント欄も、TikTokを参考に緻密に構築されており、まるで「漫画版TikTok」をアプリ内に再現しているのが伺える。
すでに多数の作品を提供している「快看」だが、今後さらに新作漫劇を制作して「動くマンガ」の充実を図る計画だ。マンガを動画コンテンツとして発展させ、TikTokなどグローバルなSNSと連携する動きは広がっていくかもしれない。
中国や韓国で躍進する新しいマンガのかたち「WEBTOON」は縦スクロールというだけでなく、マンガの届け方の構造を変革し、作家たちの創作を後押しする新たな選択肢となっている。