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「脱炭素のために目先の生活を犠牲にできるか」昨今の物価上昇は世界経済に突きつけられた“踏み絵”かも

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「脱炭素」の潮流がエネルギーの需給ひっ迫を引き起こし、エネルギー価格の高止まり、ひいては世界的な自律的物価上昇につながるとの声も専門家からはあがっている。

REUTERS/Wolfgang Rattay

新型コロナウイルスの感染拡大はいつの間にか脇に置かれ、いまや供給制約を背景とするインフレ(=物価上昇)、具体的にはスタグフレーション(=景気減速と物価上昇が同時に進行)世界経済のリスクとなりつつある。

米連邦準備制度理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)はこれを一時的な現象としているものの、筆者としては、「スタグフレーションに警戒」といった情報を真に受けるべきかどうか、一度立ち止まって考えてみるべきステージに入っているように思う。

FRBやECBのような中央銀行(あるいはそれに相当する機関)は、そもそも「足もとの物価上昇は一時的ではなく恒常的」と言い出せる立場にない。

物価は景気に遅れて動く「遅行指数」とされる。物価が自律的な上昇局面に入ったときには、すでに金融引き締めでは(効果の発現にタイムラグがあるため、景気を)制御できなくなっている可能性が高い。

だからこそ、金融政策を司る中央銀行としては、インフレ懸念を軽々しく認めるわけにはいかない。

ロシア産天然ガスに依存せざるを得ない欧州の実情

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ロシアからドイツに天然ガスを陸送するパイプライン「ノルドストリーム2」が9月に完工。昨今のエネルギー価格高騰は、ロシア産天然ガスの供給量拡大で緩和されるとの見方もあるが……。写真はロシア・チェリャビンスクの鋼管製造プラント内。

REUTERS/Maxim Shemetov

リーマン・ショック後の世界では長引く景気停滞を背景に物価上昇率の低迷が常態となり、上昇したときもほとんどが「(変動が激しい)エネルギー価格の上昇を受けた一過性の現象」と整理できた。

足もとのインフレ高進も、要因はエネルギー価格の上昇であって、欧米で起きていることの半分程度はそれで説明できる。それでも、「だからインフレ高進は一過性のものだ」とは言い切れない難しさがある。

実際には論点が複雑に絡み合っているので、ていねいに現状を分析する必要がある。

まず、需要と供給の観点に切り分けて理解するのが基本だろう。

需要面では、世界経済のコロナショックからの急回復に伴う需要拡大に、エネルギー供給が追いついていないのが現状だ。それによるエネルギー価格の上昇が、世界的なインフレのドライバーになっていることは間違いない。

そうした需要面の動きを前提に、供給面も考察することがより重要だ。

ここに来て、エネルギー供給能力の問題を指摘する声は多い。論点は多岐にわたるが、短期的には「エネルギー生産国による意図的な供給制約」、長期的には「クリーンエネルギーの脆弱性」という2つの問題に整理できる。

前者の短期的な問題について、石油輸出国機構(OPEC)と非加盟の産油国で構成する「OPECプラス」による大幅増産見送り合意が原油価格の上昇を招いたことはすでに報じられている通りとして、さらにロシアの動向が天然ガス価格の動向に大きな影響を与えているとの見方もある。

10月6日午前(欧州時間)、天然ガスの指標価格「オランダTTF」が年初に比べて約8倍に値上がりする異様な事態に陥り、価格支配力を持つロシアによる意図的な操作ではないかとの疑惑が持ち上がった。もちろん、プーチン大統領はあくまで需給ひっ迫が要因として操作疑惑を否定している。

しかし同日、9月に完成したばかりの欧州向け天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」の早期稼働と供給量の拡大について、プーチン大統領が言及するや否や天然ガス価格は急落。ロシアが陰に陽に天然ガス価格を支配している疑惑はどうしても否定できない。

欧州連合(EU)内では、ノルドストリーム2への依存が安全保障上の危機につながるとして(稼働承認に)慎重な意見も多い。

それでも天然ガスはライフラインとして必要であり、アメリカから輸入する液化天然ガス(LNG)に比べてロシアからパイプラインで陸送される天然ガスは安く、現実的には生殺与奪を握られていると言っていいだろう。

「目先の生活」と「地球の気温」を天秤にかけると

そうした短期的な問題も頭に入れたうえで、長期的な「クリーンエネルギーの脆弱性」の問題を考える必要がある。

周知の通り、世界全体が「脱炭素」に向けて舵を切り始めており、再生可能(クリーン)エネルギーへの切り替えが各分野で模索されている(その文脈で言えば、ロシア産天然ガスは安価なうえにクリーンな点でも魅力がある)。

言ってみれば、いまはエネルギー革命の最中であり、移行期ゆえに新たな時代を担うエネルギーの供給能力が万全ではない。

脱炭素のペースが早過ぎれば、供給不足が先行してエネルギー価格の需給均衡を崩すことになる。場合によっては、脱炭素を適切なペースで着実に進めるためにこそ、「化石燃料への依存はある程度必要」と黙認する政治決断も必要になるのかもしれない。

いま世界経済が直面している混乱を、批判を恐れず端的に表現するなら、「地球温暖化をくい止めるためなら仕方ない」と割り切れるかどうかを問われている状況と言えるのではないか。

「目先の生活」と「地球の気温」を天秤にかけたとき、私たちはどんな政治決断なら許容できるだろう。

例えば、内燃機関(ガソリン)車を全面的に電気自動車に切り替えるプロセスで、関連企業の従業員が「あなたの雇用は明日からなくなりますが、空気はキレイになります」と言われたら、受け入れるだろうか。

また、持続可能な世界の実現を目指して、公的年金の積立金を(GPIFが)ESG分野に傾斜投資したとして、「あなたの年金資産が半分に減りました。でも地球の気温は下がりました」と言われたら、どのくらいの人が納得するだろうか。

脱炭素が社会にもたらす実害もある

脱炭素の機運はいまのところ不可逆的な潮流と見受けられる。そして、足もとのインフレ高進は人類に脱炭素への「本気度」をあらためて問いかける動きに見える。

多くの人々は政治に目先の生活の安定を実現してほしいと希望するだろう。だから、インフレ高進は(特に景気後退局面では賃金が伸びないので)放置できない問題として何らかの措置が検討されることになる。

しかし、目先のインフレ抑制のためにエネルギー需給ひっ迫(ひいてはエネルギー価格上昇)を化石燃料の活用によって回避しようとすれば、脱炭素という目標は遠のくことになる。

ESGや脱炭素による社会への実害は、これまであまりクローズアップされてこなかったように思う。だからこそこれだけ急速に社会に浸透したのだろう。

しかし今後は、「言うは易く行うは難し」の側面も注目されてくるに違いない。社会が痛みをこうむってもなお途切れなければ、それは本物の「機運」と言えるだろう。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

(文・唐鎌大輔


唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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