マイクロソフトの最新OS「Windows 11」が正式に公開された。
同社のチーフ・プロダクトオフィサーであるパノス・パネイ氏が、Windows 11公開直後にアジア地域のITジャーナリストのグループインタビューに応じた。
パネイ氏の発言からは、Windowsという存在が、パンデミックによって価値が変わりつつある——というマイクロソフトの手応えを強く感じるものだった。
「スマホがあればPCはいらない」と娘に言われ……
マイクロソフトのチーフ・プロダクトオフィサー、パノス・パネイ氏。Surfaceシリーズを作り出した「Surfaceの父」としても知られる人物だ。
出典:マイクロソフト
パネイ氏はSurfaceシリーズの父としてテック業界で知られるが、現実にも娘を持つ父親であることを、これまでもエピソードとして披露してきた。
過去には、マイクロソフトの自社ブランドPC「Surface」の発表の場で、彼女を含む自身のお子さんから多数のインスピレーションを受け、Surfaceの開発が進んできたことに言及している。
インタビューの中で、パネイ氏は、3年前に「個人的にショックな出来事があった」と明かした。
「3年前、私は娘に『Surfaceの中で、どれがいい?』と尋ねたんです。すると彼女は私を見てこう言いました。『PCもSurfaceもいらない』と。『だって私にはスマートフォンがあって、必要なことはすべてスマホでできるもの』って」
3年前も現在も、パネイ氏はSurface事業の責任者だ。その本人が、娘から「いらない」と言われることは、相当に衝撃だったようだ。
「妻が『大丈夫よ、動揺しないで』と言ってくれたのを覚えています」とパネイ氏は苦笑する。
だが、今は状況は変わった、とパネイ氏。
「同じ質問を今日、彼女に投げかけたとしたら、『自分のPCが大切』と答えるでしょう。今、彼女は自分のPCを持って使っています。レノボのYogaシリーズなのですが」(パネイ氏)
パネイ氏にとって、娘からのショッキングな回答は、いわゆるZ世代がPCをどう捉えているのかを真剣に捉え直すきっかけのひとつだった。
「サティア(マイクロソフトCEOのサティア・ナデラ氏)とともにPCをより良いものにするにはどうすればいいか、という議論をする過程で、『PCがこんなに重要なものであるにもかかわらず、私の娘がそれを理解していなかったのはなぜなのか』ということも考えました」
この3年の間には、新型コロナウィルスによるパンデミックがあった。
コロナの蔓延は、今も我々の生活に大きな影響を与え続けている。ビデオ会議やオンラインでのエンターテインメントがなければ、この困難な時期を乗り越え難かったという人は多いだろう。
自由度が高く、新しいオンライン・コミュニケーションに対して、柔軟な対応ができるPCの存在感が増したことは間違いない。
「仕事の仕方、遊び方、コミュニケーションの取り方、学び方、教え方など、生活が驚くほど変化しました。そのすべてが現実であり、3年前とは異なっています。
率直に言って、オンラインとオフラインが)ハイブリッドな世界は、これからも変わっていくでしょう。私たちはPCにとって、新しい時代に生きています」(パネイ氏)
マイクロソフトが目指す「Windowsの近代化」
9月23日(日本時間)には、Windows 11を標準搭載する、完全リニューアルした新しいSurfaceシリーズ「Surface Laptop Studio」も登場した。
出典:マイクロソフト
マイクロソフトはWindows 11をどう変えようとしたのだろうか?
「Windows 11に求めるビジョンは何かと聞かれれれば、『おだやかな気持ちになれるようにしたかった』と答えます。
私たちはお客様に落ち着いた感覚を提供したいと考えました。それを実現するためには、人々が迷わないように、親しみやすい雰囲気を残しておくことが大切だと考えました。
新しいことを覚える必要はありません。私たちがやっていることは、変化に対応することです。Windows 11は、状況の変化に対応するために発売されます」(パネイ氏)
Windows 11のホーム画面。Windowsの長い歴史のなかでスタートボタンはずっと「左下」だったものが、センターへの表示へと変わった。大画面化が進む現在では、この方が好ましいという人も多いだろう。
出典:マイクロソフト
Windows 11ではいくつかのメニュー構成が変わった。
スタートボタンが中央に移動したことが話題だが、一方で、一般的な操作方法について、Windows 10から極端に変わらない。デザインや使い勝手面での洗練を加えた、という感じだろうか。
ならなぜ、OSそのものを変えるのか? そこが「変化への対応」の部分にあたる。
パネイ氏は「Windowsの近代化が必要だった」と説明する。
「3年後、2年後にどうなっているのかを考えなければなりません。2年後に必要とされるものに拡張できるハードウェアを含むプラットフォーム、製品を設計しています。
重要なのは、今日と2~3年後の両方があり、そこへ行くための『橋渡し』をする必要があるということです。つまり、今日のために設計し、3年後のために準備し、最終的にはそこに到達するための手助けをするのです」(パネイ氏)
Windows 11は、Windows 10に比べ動作条件が厳しくなった。アップグレードは無料だが、「性能的に条件を満たさないためにアップグレードができない」というPCもあり、そのことが不安視されている。
忘れがちだが、PCのハードウエアの進化は「処理速度の高速化」だけではない。
セキュリティーを保護するためのプロセスが変わり、ストレージやタッチパネルの使い勝手も変わる。マルチディスプレイが特別な使い方でなくなり、5Gなどの接続も可能になってきた。
それらの変化を受け止めるには、ある程度の「線引き」が必要だった、ということなのだろう。
オープンなプラットフォームとしての価値を強調
スマートフォンを中心とした市場では、アップルとグーグルによるアプリストアビジネスが軸になっている。そのことがもたらす閉鎖性について批判も高まっている。
インタビューの中でもうひとつ、パネイ氏が強調したことがある。それは「オープンなビジネスの場としてのWindows」だ。
マイクロソフトはこれまで、アプリストアの流れに乗り遅れ続けてきた。一方で、PCというオープンなマーケットは残されている。
マイクロソフトはWindows上のストアである「Microsoft Store」を他社にも開放し、オープンでありつつソフトウェアビジネスが活発に行われる場としてリビルドしようとしているという。
9月28日には、アップルやグーグルと争っているEpic GamesがMicrosoft Storeに参加することも発表された。
Windows 11でリニューアルした「Microsoft Store」。Windows上で動くあらゆるアプリを簡単かつオープンに配布する場所にすることで、利用率アップを狙っている。
筆者キャプチャー
「Windowsが行っているのは選択肢を増やすことです。Acer、Lenovo、Dell、HPなど多数の企業があり、Surfaceもあります。PCで育った複数の世代が、今、PCを再活性化させています」(パネイ氏)
先日の新しいSurfaceシリーズの発表は、マイクロソフトにとって、Windows 11をめぐる起爆剤の1つだ。
パンデミックから、ゆるやかに経済回復へと向かう流れの中で、マイクロソフトは新しいOSで注目が集まるタイミングを生かし、PCビジネス全体のブースターとしたい……と考えているのだろう。
(文・西田宗千佳)
西田宗千佳:1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」(朝日新聞出版)、「ソニー復興の劇薬」(KADOKAWA)、「ネットフリックスの時代」(講談社現代新書)、「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」(エンターブレイン)がある。