特殊スーツに身を包み、ファイザー・ビオンテックのmRNAワクチンの製造工程検査を行う従業員(2021年3月、ドイツ・マールブルク)。
Abdulhamid Hosbas/Anadolu Agency via Getty Images
製薬業界は今、新しく熱い目標に照準を合わせている。それは、RNA(リボ核酸)分子だ。
遺伝物質であるRNAは、DNAからタンパク質を合成する。過去数十年を費やして、科学者はRNAから医薬品を作り出す方法を開発した。
承認薬の中にはRNAの活動を停止させ、細胞が病気の原因となるタンパク質を作るのを防ぐものもある。一方、新型コロナウイルス感染症のワクチンは、メッセンジャーRNA(mRNA)を細胞に送り、新型コロナウイルスと同じスパイクタンパク質(ウイルス表面に突起のついたタンパク質)を合成させる。その結果、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質を標的とする抗体がつくられる。
そして今、mRNAワクチンの成功を受け、小さなバイオテック企業から巨大多国籍製薬会社まで、多くの企業がこぞってRNA分野におけるマーケットリーダーを目指し、取り組みや提携を始めている。
RNA分野への参入ラッシュは、製薬業界の群衆心理の表れだ。
製薬業界では、鎮痛剤や血圧降下剤から次世代がん治療に至るまで、医薬品でのブレイクスルー(飛躍的成功)が達成されるたび、企業がその分野の研究に続々と参入してきたという例に事欠かない。
こうした参入ラッシュは、果たしてバブルなのか、あるいは急成長を意味するのか。この疑問は、いつもバイオテック業界について回る。
RNAに急シフトする小型バイオテック企業
RNAを専門とする企業は多様だが、昨今のRNAブームを受けて、いくつかの小型バイオテック企業が戦略を大きく転換している。
投資家は当初、新たにRNAにシフトした企業に飛びついた。しかし、そのような反応は一時的だったようだ。
例えば、ブルックリン・イミュノセラピューティクス(Brooklyn ImmunoTherapeutics:BTX)は、2021年3月に上場した。NTNバズタイム(NTN Buzztime)という、クイズなどのゲームアプリ企業との逆さ合併による上場だ。
BTXは当初、早期がんに対する医薬品に特化していた。ところが、BTXの株価は2021年4月と5月だけで1500%以上跳ね上がり、時価総額は最大32億ドル(約3520億円)に達した。高騰の要因は、mRNA技術をライセンス供与する契約の締結と、mRNA技術を「多種のがんや血液疾患」の遺伝子治療に幅広く利用する計画だった。BTXは、この分野における最初の臨床試験が行われるのは数年先としている。
しかし、BTXのハワード・フェデロフ(Howard Federoff)CEOは、mRNAへの注力が「株主に対し大きな価値と新たな医薬品の提供能力を創出する」と述べている。
RNAに舵を切ったのはBTXだけではない。
2015年の創業当初、免疫力強化ワクチンによるがん治療に特化した小さなバイオテック企業だったグリットストーン(Gritstone)は、2021年にRNA分野に参入し、株価を上昇させた。
グリットストーンは、2018年の上場後、2020年末までに70%超の大幅な株価下落を経験した。しかし2021年1月、感染症研究と新型コロナウイルスに対するmRNAワクチン開発を開始すると発表すると、株価は発表からわずか数日間で300%以上急騰し、時価総額は12億ドル(約1320億円)に達したのだ。
Insiderの取材に対しグリットストーンのアンドリュー・アレン(Andrew Allen)CEOは、mRNAへの取り組みは方向転換ではなく、事業の拡大だと説明している。創業以来、mRNA研究を進めてきたという。とはいえ、RNAに注目が集まったことでグリットストーンの資金調達がしやすくなったのは、アレンも認めるところだ。2021年9月には、5500万ドル(約60億5000万円)の私募調達を成功させた。
「(RNAの)波に乗ることで、資金調達などがしやすくなります。調達した資金は手元においておきます。その波が他に向かったときに必要となるからです」とアレンは言う。
しかし投資家にとっては、バイオテック企業のこうした戦略は苦い結果を生んでいる。グリットストーンの株価は2021年1月のピークから63%も下落した。BTXの株価は2021年5月の上場来最高値から90%近く急落した。
以前からRNAに特化している企業も大きな賭けに出ている。
例えば、グリーンライト・バイオサイエンシズ(GreenLight Biosciences)は2020年、農薬代替品に特化していたmRNAへの取り組みを、人間向け医薬品開発へと拡大した。mRNAの波に乗ったグリーンライトは、2021年8月、特別買収目的会社(SPAC)を通じた上場を発表した。買収時のグリーンライトの評価額は12億ドル(約1320億円)とされる。
「グリーンライトが目指すのは、RNAによって世界の重要な問題を解決することです。安価なワクチンや治療法の開発から、ミツバチの保護までです」と、グリーンライトのアンドレイ・ザルール(Andrey Zarur)CEOは述べている。グリーンライトは、2022年に新型コロナのワクチンの治験を開始する予定だ。
RNA研究に殺到する大手製薬会社とベンチャーキャピタル
一方、大手製薬会社もRNA技術を自分たちのもとに取り込もうと必死になっている。
2021年9月、1200億ドル(約13兆2000億円)の企業価値を持つフランスの製薬会社サノフィ(Sanofi)は、mRNAに特化したバイオテック企業、トランスレート・バイオ(TranslateBio)を30億ドル(約3300億円)で買収した。
イギリスの製薬会社グラクソ・スミスクラインとアストラゼネカは、RNA研究の分野での取り組みを強化するため、mRNAに特化したバイオテック企業キュアバック(CureVac)とバックスエクイティ(VaxEquity)にそれぞれ出資している。ファイザーは、ビオンテック(BioNTech)との提携により新型コロナ感染症のワクチンを開発したが、コロナ後を見据え、他の疾病に取り組むmRNAチームのための人材を自社で採用している。
起業家とベンチャーキャピタルは、製薬業界による新たなmRNAへの取り組みを歓迎している。ラロンド(Larond)、レプリケイト・バイオサイエンス(Replicate Bioscience)、ストランド・セラピューティクス(Strand Therapeutics)、そして中国の斯微生物科技(Stemirna Therapeutics)や艾博生物科技(Abogen Biosciences)といった新たなRNAバイオテック企業が次々と誕生し、数億ドル(数百億円)の調達を行っている。
RNA分野の盛り上がりが、医薬分野における次のブレイクスルーにつながるか否かは、いずれ明らかになるだろう。
[原文:COVID-19 vaccines revolutionized RNA - now everyone else wants in]
(翻訳:住本時久、編集:大門小百合)