恒大汽車は今年4月の上海モーターショーに参加し、注目を集めた。
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不動産大手・中国恒大集団の経営危機でグループ会社の株価が急落し、恒大と盟友関係にある複数の香港企業に影響が及んでいる。投資会社の中誉集団は、評価損に耐えきれず保有していた恒大のEV子会社の全株売却を発表した。恒大集団にとって不動産に続く基幹事業になるはずだったEV事業が、実際には1台も車を販売できないままグループ全体の傷口を広げる「足かせ」になっている。
恒大の株価急落で含み損膨らむ香港企業
恒大集団の株価は過去5年のピークだった2017年10月から10分の1に下がり、今月4日以降取引が停止されている。
EVを手掛ける子会社・中国恒大新能源汽車集団(恒大汽車)の株価はアップダウンがより激しい。2021年に入って急騰して4月16日に時価総額が約870億ドル(約9兆7700億円)にまで達し、米フォード・モーターを上回った。自動車を1台も生産していないにもかかわらずだ。直近の時価総額は43億ドル台(約4800億円)なので、半年で95%以上下落したことになる。
恒大のデフォルトの可能性が高まり、同社株式を大量保有している香港企業の株価も下がっている。香港不動産大手の華人置業集団は今月、2021年12月期に恒大株の売却に伴い104億香港ドル(約1500億円)の損失を計上する見通しを明らかにし、株式非公開化の方針を発表した。また、投資会社の中誉集団も今月7日、4~9月期の恒大関連株式などの評価損が4億3100万ドル(約480億円)にのぼり、保有していた恒大汽車の株式約4200万株以上を全売却したと発表した。
華人置業、中誉集団の経営者は恒大創業者・許家印氏のポーカー友達で、恒大の窮地には率先して手を差し伸べてきた。EV事業にも出資し支援してきた。だが、自分たちにも火の粉が振りかかった今回は、撤退するしかなかった。香港の盟友たちが逃げ出したことで、恒大の環境は一層の悪化に向かっている。
EVメーカー出資失敗で自社製造にシフト
恒大汽車はもともとヘルスケアを手掛けていた子会社で、この3年で急激にEVシフトした。
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恒大の自動車事業への関心が明らかになったのは2017年だ。不動産購入規制が厳しくなり、業界は踊り場を迎えていた。その頃の中国は第一次EVブームの終盤にあり(終盤であることは、当事者らは気づいていなかったが)、恒大もその波に乗ろうとした。
中国人IT起業家がアメリカで立ち上げ、「赤いテスラ」と話題になったファラデー・フューチャー(FF)が経営危機に瀕した2017年11月、恒大は子会社の恒大健康産業集団を通じてFFに出資し、量産化を支援すると決定した。
だが、恒大が支払ったお金をFFが短期間で使い果たしたことなどから2018年秋に両社は対立し、関係が泥沼化した。
この失敗が恒大を、自ら自動車を製造するという大きな博打に向かわせた。
第一次EVブームで起業した新興メーカーが、資金繰りと技術開発に苦しみ、足踏みを続けるのを横目に、恒大はお家芸の“爆買い”に打って出た。
2019年1月だけで、恒大は恒大健康を通じ、以下のM&Aを発表・実行している。
- EV企業ナショナル・エレクトリック・ビークル・スウェーデン(NEVS)の株式の51%を9億3000万ドル(約1000億円)で取得したと発表した。NEVSは2011年に経営破綻したスウェーデンの老舗自動車メーカー「サーブ」の事業を承継した企業で、当時は香港のナショナル・モダンエナジー・ホールディングスが51%、日本の投資会社サンインベストメントが49%を出資していた。
- 車載電池メーカーのCENAT(セナット、上海市)の株式の58%を約10億6000万元(約180億円)で取得すると発表。
- スウェーデンの高級車メーカーのケーニグセグと合弁会社を設立すると発表した。1億5000万ドル(約170億円)を投じ、合弁会社に65%出資する。ケーニグセグは、1台1億円を超えるスーパーカーの生産で知られる。
恒大はNEVS買収にあたって「中国は世界最大の自動車生産・販売国であり、自動車業界はEVシフトが加速している。当社は不動産デベロッパーからハイテク企業への転身を図る」とコメントした。
おそらく、アメリカのGAFAに肩を並べる勢いで成長していたアリババやテンセント、ファーウェイを意識していたのだろう。
テンセント、セコイアから出資で時価総額フォード超え
本連載で何度も取り上げてきた通り、中国のEV市場は2018、2019年の暗黒期を生き残った少数のスタートアップが2020年に相次いで上場し、2021年には鴻海精密工業やバイドゥ(百度)、スマホメーカーのシャオミ(小米科技)などIT大手が次々にEV製造への参入を表明した。
恒大も2020年8月、セダン、SUV、MPVなどEV6車種を2021年に発売すると発表し、翌9月には恒大健康の社名を「中国恒大新能源汽車集団」に変更した。
許会長は「2025年までに(恒大ブランドEV車の)年間販売100万台、2035年までに500万台体制を目指す」と宣言し、ビー・エム・ダブリューのMINI部門の設計責任者がデザインし、テスラ「モデルS」をベンチマークにした量産1号EVの「恒馳1」に自ら試乗してアピールしたこともあった。
恒大の創業者、許家印氏は香港の富豪たちとポーカーで交友を深めた。
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昨年秋には本体の経営危機がささやかれていたが、恒大汽車は同8月に上海と広州の工場をメディアに公開し、順調に資金調達を重ねているように見えた。
- 2020年9月、テンセント(騰訊)、DiDi(滴滴出行)、アリババグループ創業者ジャック・マー氏によるファンド、米セコイア・キャピタルなどからの40億香港ドル(約580億円)を調達すると発表。
- 2021年1月、恒大および許家印氏と関わりのある複数の資産家を引受先として新株を発行し、34億ドル(約3800億円)を調達すると発表。
さらに3月、恒大汽車はテンセントの傘下企業と共同出資会社を設立し、車載ソフトを開発すると発表した。
資金調達、著名企業との提携で株価は急騰し、4月にはフォードの時価総額を抜いた。ファーウェイと並び、上海モーターショーの目玉にもなった。
EV市場はテスラに加えNIO、理想汽車、小鵬汽車が台頭し、後発の恒大が食い込む余地があるのか疑問を持たれていた。一方で、今年初めに参入を表明した鴻海やバイドゥ、シャオミには先行できるため、恒大はEVの市場成長性を占う上で非常に重要な存在になっていたのだ。
事業売却、シャオミと初期交渉中も……
恒大本体の経営危機がごまかしきれなくなり、恒大汽車のメッキもはがれた。9月24日に「迅速な資金注入がなければ資金ショートする」と投資家に警告し、同26日には上海証券取引所の新興ハイテク企業向け市場「科創板」での人民元建て株式の発行計画を断念したと明らかにした。
恒大のEVが売れるかについてはともかく、最初の製品を発表できないまま資金ショートが迫るという事態を想定していた人は決して多くなかった。
恒大グループが生き残るためには優良資産の売却が不可欠で、恒大汽車は従業員が離職しないよう、一定期間在籍した社員への株式付与計画を発表したり、一時帰休中の社員に対しても給料を支給しているという。製品がない以上、人材が価値の軸になるからだろう。
8月にはシャオミと事業売却に向け初歩的な交渉中であることも明らかになった。恒大がEV開発にこれまで投じた資金は500億元(約8700億円)近く。過去3年の赤字額は180億元(約3100億円)を超えた。
「爆買いした資産」を引き継ぐ側にも体力と覚悟がいる。シャオミでは荷が重すぎるようにも感じる。
不動産企業がEVを製造する、というのは容易なことではないが、ポータルサイトの経営者が立ち上げた蔚来汽車(NIO)などの前例があり、かつ恒大の体力なら夢物語ではないと市場も受け止めていた。
だが今となっては、恒大がどれほどのビジョンと戦略を持ってEV生産に取り組んでいたのか、それも疑わしい。恒大汽車が調達した資金は、開発だけでなく債務返済にも使われていたようだ。
恒大のEV事業は一体何だったのか。その検証も今後始まるのだろう。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。