撮影:今村拓馬
長年、新規事業に関わってきたモビリティテクノロジーズ 社長の中島宏(43)は、「風は起こせない」という言葉を使う。
「どれだけ素晴らしい船を造ろうが、素晴らしい地図を持とうが、素晴らしい船員を組成できようが、風が吹かない凪いだ海に乗り出したら、どこにも行き着かない。でも、波が高かろうが大嵐だろうが、風が吹いているときには、何の戦略がなくても偶然どこかに行き着くことがあるんです」
だから、新規事業は風のある場所で船出すべきだ、と。
「アプリなんか要らないよ」から一転
コロナ禍でタクシー業界は大打撃を受け、営業利益は約4割落ちた。ドライバーはその影響を否応なく受けたが、DXの好機ともなった。
REUTERS/Issei Kato
2000年代から始まったのはテクノロジーの世紀だ。特にこの数年はアナログだった業界のDX(デジタルトランスフォーメーション)が、日本産業界の浮沈を決める鍵となっている。
中島いわく、「小売りや流通に関してはEコマース化が進んで、すでにこの風は吹き終わろうとしている」。では、ここから先に風にさらされるのはどこかというと、医療や農業、そして交通など。モビリティ業界にはいま、大きな気流が流れていると感じるという。
コロナはタクシー業界に多大な影響を与えた。緊急事態宣言によって外出する人は激減し、海外からのインバウンド客は一切入ってこられなくなった。だが一方で、コロナは意外な“成長の兆し”も運んできた。アプリの利用が増えDXが進むきっかけとなったのだ。
ユーザーサイドに「現金を使いたくない」「少しでも待ち時間を短くしたい」「密な状態での通勤は避けたい」といった需要が増えただけではない。サプライヤー側である乗務員の意識も大きく変わった。
「日本のタクシー業界は乗務員の高齢化が進んでいて、まだガラケーを使っている人たちも多い。ですから、乗務員がアプリを使いこなす啓蒙活動に、数年はかかるだろうと考えていました」(中島)
しかし、コロナが時計の針を速くした。
「アプリなんか要らないよ」と言っていた乗務員の間にも、街から人が消えると、「1人でもお客さんを増やしてくれるなら、とにかく対応してみよう」という空気が流れた。一度使ってみると、アプリの利用は自分たちの腕を否定するものではないことに気づく。
どんなに経験を積んだ乗務員でも、空車の時間帯は生まれる。その時間帯にアプリを利用するだけでも売り上げは伸びる。さらに積極的に使いこなせれば、「自分の腕+テクノロジー」の併せ技で、もっと稼げるようになると、多くの乗務員が実感することになった。
アプリの利用にはユーザーと乗務員側双方のリテラシー向上が必要だが、コロナによって図らずも、双方の啓蒙活動が進んだそうだ。
AIも超えられない上位20%運転手の腕
提携会社のタクシー乗務員は、運転席にタブレットが設置し、「GO」のアプリを利用する。
提供:モビリティテクノロジーズ
面白いことに、どれほどAIでデータ分析し、乗務員に最適化した走行ルートを指定して走らせても、上位20~30%の乗務員の売り上げは超えられないのだという。タクシーに乗ろうとしている人と目線を合わせる、信号待ちでは先頭になるようにわざとゆっくり走行し、交差点での乗車率を上げる—— そういった暗黙知は、傾向とスキルの掛け合わせで行われるものなので、AIは全然勝てないのだ。
「欧米や中国の急速なDXを見ていると、『結局自分たちは新しい時代の流れに飲み込まれる運命なのだ』と思ってしまうかもしれません。でも、数十年から100年の単位で進めてきたシステムは、往々にして非常に質の高いものであることもあるのです」(中島)
アメリカでUberが一気に広がったとき、日本もなぜ規制緩和して、Uberを使えるようにしないのか?といった議論が巻き起こった。しかし1回目に書いたように、安心安全の問題や、労働条件の問題などが噴出して、今では再規制の方向に動いている国が多い。
日本はデジタル後進国になってしまっていたゆえに、この一連の問題に右往左往することなく、既存システムのDXを進める時間的余裕を持つことができた。これは、「図らずも」ではあるが、結果的に質の高い日本のシステムや暗黙知をうまく残しながら、この時代を乗り越えていく「利」になるかもしれない。
それだけではない。日本は世界の課題を先取りしている国でもある。
「世界で最も早く少子高齢化が進む日本は、DXとの相性も良い。働き手が有り余っている国では、DXで省人化することはそこまで急務ではない。でも、働き手不足が待ったなしの日本だからこそ、DXを一気に進める必要がある」(中島)
リープフロッグ(カエル跳び=新興国が先進国に遅れて技術を取り入れる際、最先端の技術や思想を取り入れ、途中の段階を踏まずに一気に発展すること)はもともと日本の得意分野だ。歴史を振り返れば、明治維新の際には開国と同時に諸外国の技術や制度を一気に取り入れ、第二次大戦後には製造業を中心に急激な発展を遂げてきた。
いま、中島らモビリティテクノロジーズが取り組む交通産業のDXは今後の日本のあらゆる産業の希望となるのではないだろうか。
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(▼第1回はこちら)
(文・佐藤友美、写真・今村拓馬)