9月に『週刊文春』の取材に応じた後も、表舞台には戻れていない小山田圭吾氏。その問題の本質とは?
撮影:西山里緒
コーネリアスとして活動していた小山田圭吾氏が、過去の「障がい者いじめ」の告白によってオリンピックの開会式の作曲担当を辞任してから、3カ月が経とうとしている。
9月には、経緯を説明した謝罪文を出すと同時に『週刊文春』からの取材も受け、騒動について語ったが、現在に至るまで表立った活動はできていない。
その一方で、当該のいじめ記事を掲載した『ROCKIN'ON JAPAN(以下、ロッキング・オン)』と『QUICK JAPAN(以下、クイック・ジャパン)』の出版元であるロッキング・オンと太田出版は、7月に公式声明を出した後、第三者からの取材には応えていない(太田出版は9月、当該のいじめ記事の取材・執筆を担当した編集者のコメントを新たに掲載した)。
なぜインタビュー記事が出たのは『週刊文春』だったのか。この騒動の問題はどこにあるのか。小山田氏本人の独占インタビューを敢行した、ノンフィクション作家の中原一歩さんに聞いた。
なぜ小山田圭吾は唯一のインタビューを受けたのか
── 小山田氏を取材することになった経緯は。
きっかけは、偶然でした。たまたま知人に(小山田氏が卒業した)和光学園の関係者がいたんです。
実は僕は小山田圭吾というミュージシャンについてはほとんど知らなかった。だから最初は自由な教育で知られる和光学園ってそんないじめが放置されるような学校だったの?と驚き、取材を始めたんです。
関係者を辿って複数人の同級生に話を聞いたら、ほぼ口を揃えて同じことを言ったんですよ。当時を知っている立場からしたら、記事の方が違和感があった、「小山田くん」というキャラからはあまりにもかけ離れた内容だった、と。
それともう一つ、違和感があったんです。あの騒動の発端となったブログ記事です。
問題となっている『クイック・ジャパン』『ロッキング・オン』の原文を読むとわかるんですが、ブログの書き方は非常に恣意的で、原典となる2つの記事を正確に引用したとはとても言えないものだった。小山田氏が辞任した時の謝罪文にも、「事実と異なるところがある」と書いてありました。
複数のメディアも原典にこそ当たっていましたが、小山田氏本人に当たった形跡がない。そうなのだとしたら、僕は小山田氏本人に直接当たろう、と。(辞任から2週間あまりが経った)8月中旬のことでした。
── 小山田氏は、なぜ中原さんの取材だけを受けたのだと思いますか?
取材を依頼した時、同級生にも取材を重ね、自分なりに掴んでいた事実を先に提示しました。
ある仲介者を通じて、本人にコンタクトを取ったところ「会いましょう」と。
おそらく、事前に取材をした上で、インタビューしたいと申し出た媒体が他になかったのだと思います。事前取材も、小山田氏が取材を受けることを判断した材料にはなっていると思います。
最初に小山田氏のいじめについてのブログが出たのは2006年。この20年間近く、いじめ疑惑はくすぶり続けてきたのに、直接取材のために連絡を取ってきたのはあなたが初めてだ、と同級生たちからは言われました。
つまり今まで誰も事実を確かめようとしてこなかったんです。
『ロッキング・オン』『クイック・ジャパン』の原文とブログを比較して、どこがどう引用されているのかも全て確認しました。「引用」と「要約」は意味が違います。ブログの当該部分と雑誌の原文を印刷して付き合わせると、どこが違うのかすぐに分かりました。
── 会った時の小山田氏の印象は?
相当、追い詰められている印象を受けました。
ただ印象的だったのが、「(記事に出てくる、いじめ被害者とされる)沢田さんに対して、いじめはなかった、とこの場で断言できますか?」と聞いたら、あれはいじめとは違いますと。僕は友達だと思っていますと、間髪入れずに言ったんです。
それまでは声も震えていて憔悴していたんですが、その断言の仕方で彼自身はそういう認識なんだ、と感じました。この時は、メモもレコーダーも持たずに「丸腰」で向かい合いました。
── なぜ最終的に『週刊文春』の取材に応じたのでしょうか。
初対面で話を聞いた上で、改めてこちらから正式に取材をしたいと申し出たところ、小山田氏から「応じます」と連絡がありました。
なので、一番反響がありそうで、しっかりとした編集者がいるところとして、週刊文春を選びました。
ただ結果として、小山田氏に禊の場を与えてしまって終わるかもしれない。その懸念もあったので、掲載するかどうかは、インタビューを聞いてから、と編集部とは話しました。
(記事が出てからの反響は)すさまじかったです。こんな奴をかばうのか、という意見もありました。この問題は、やはり大きな関心があるんだと感じました。
検証すべきは、記事を出した雑誌だ
Zoomで取材に応じた、ノンフィクションライターの中原一歩さん。
画像:Zoomより
── (最初にいじめ記事が掲載されてから)約25年間、誰も事実を確認してこなかったという話がありました。なぜ問題は放置され続けてしまったのでしょうか。
僕は、一番の責任は出版社や雑誌の編集部にあると思います。今回の問題に対して、本来検証記事を出すべきは『ロッキング・オン』であり『クイック・ジャパン』です。両社とも、現在も存続しているのですから。
この2社にも取材を申し込みましたが、「取材は受けることができない」という回答が届きました。
『ロッキング・オン』は今や大規模な音楽フェスを運営する会社でもあり、音楽業界では非常に力を持っている。いわば業界に「ロッキン村」を作ってきました。
1990年代以降「音楽情報誌ではない」と打ち出し、サブカルチャーや社会問題なども取り上げて他誌との違いを鮮明にし、ロッキン・カルチャーというカルチャーも作り上げてきました。小山田氏も何度も誌面に登場させた。
乗っかった本人に責任もあるけれども、取材に協力した小山田氏に何か問題が起きたとき、掲載した雑誌の編集部や編集者は掲載した責任があると同時に、取材を受けてくれた人も守らなければいけないと思います。
あの記事が出た後に、ある音楽ライターからはこっそりと「インタビューをしてくれてありがとう」と伝えられました。音楽情報誌は数も少なく、村的なコミュニティだから、音楽ライターはロッキング・オンに歯向かうような記事は書けない。書くと干されてしまうから。
僕はたまたま音楽業界とは縁がなかったから書けたのだと思います。
── 『ロッキング・オン』が山崎洋一郎編集長の短いコメントが7月18日に出されたのみに対して、『クイック・ジャパン』は当該記事の編集者(村上清氏)による、経緯の説明がありました。
あれも「ライター本人のたっての希望」とは書いてありましたけれども、編集部や会社としての声明ではない。会社にとって、何が問題なのかよくわかっていないことの表れだと思います。そもそもライターや編集者個人に責任が押し付けられるべきではないと思います。
’90年代「露悪的」雑誌カルチャーとは
小山田氏は、1990年代に流行した音楽ジャンル「渋谷系」を代表するアーティストの一人として知られる(写真は2006年の渋谷)。
Chris 73 / Wikimedia Commons
── そもそも、あの企画が通ってしまった時代背景にはどのようなものがあったのでしょうか。
僕は、1997年からライターとして活動を始めたのですが、その頃の雑誌は、今と比較すると人権感覚が欠如していると思われても仕方ないものが多かった。その時代背景の中では、『ロッキング・オン』も『クイック・ジャパン』も突出してセンセーショナルな記事ではなかったと思います。
元々『クイック・ジャパン』の出版元である太田出版も、1993年に『完全自殺マニュアル』という本を出して社会問題になりました。
1995年には文藝春秋社が発行していた雑誌『マルコポーロ』が、「ナチ『ガス室』はなかった」とホロコーストという歴史的事実を否定するような記事を出し、大きな問題になりました。
雑誌は廃刊となり、当時の社長は責任を取って辞任しましたが、当時の雑誌カルチャーには人権を軽視したり、歴史的事実を捻じ曲げても話題になり、売れたらいいという露悪的なカルチャーがあったのです。
この30年で時代も変わり、読み手の意識も変わった。いじめに対する社会の認識も変わったし、メディアの責任も変わった。何より30年前にはSNSがなかった。表現していいものや悪いものも、環境が変化すれば変わる。
だからこそ、雑誌はもっと早くに検証記事を出しておくべきだったんです。しかも全く問題になっていなかったわけでなく、定期的にあの記事はネットなどで燃えていたので。
── 雑誌以外の、メディアの責任はどうでしょうか。
小山田氏はNHK教育テレビの番組「デザインあ」の制作に携わっていました。「いじめ疑惑」については、これまでの何度か指摘され、番組にも批判は寄せられていたにもかかわらず、NHKも検証してこなかった。五輪という大舞台でしか、この問題が真剣に受け止め、対応されなかったのは残念です。
彼が五輪開会式の音楽の担当となったことで、いじめ疑惑がSNSで再燃して、それを大手メディアでは毎日新聞が一番最初に取り上げたわけですが、1面で取り上げるからには本人に当たるべきだったと思います。
小山田氏は、今回の件で全てを失いました。仕事もなくなり家族には誹謗中傷や殺人予告もきている。それでもバッシングは止まらない。
僕は小山田さん自身がやったことの償いは今後、彼自身が解決するしかないと思います。その意味では彼がどう変わるのか、世間は今後も注視するでしょう。
僕が今むしろ関心があるのは、「なぜ人は小山田圭吾を許せないのか?」ということです。小山田氏をバッシングし続ける人のモチベーションが一体何なのかを、知りたいと考えています。