保育助手として働きながら、保育士資格取得を目指している桜井莉沙さん。
撮影:横山耕太郎
新型コロナウイルスの感染拡大で休園も相次いだ保育園。
保育現場で働く保育士からは、「消毒など感染防止の作業に追われている」などの声も聞かれるが、一方で、コロナ禍で保育士を目指す人も出てきている。
大韓航空で飛び回っていたCA時代
「いただきます」——。
埼玉県新座市の栗原保育園では約15人の園児が小さな机に座り、ケーキを食べ始めた。
コロナ対策として、おやつの時間の会話は禁止されているが、保育助手の桜井莉沙さん(29)は、勢いよくおやつを食べる子どもたちをにこやかな表情で見守っていた。
桜井さんが保育園で働き始めたのは、2021年1月から。それまでは外資系航空会社のCAやジュエリー企業の営業職についており、保育業界とは全くの無縁だった。
桜井さんは大学卒業後、CAとして大韓航空に入社。成田空港をベースに韓国やヨーロッパ、アメリカを飛びまわる生活を送っていた。
もともと最長5年の契約だった。「契約終了後には日系の航空会社のCAに転職しようと考えていた」というが、大韓航空の退社後はジュエリー企業の営業職に就いた。
「CAとして接客スキルは身に付きましたが、別の業界でも役立つスキルは何か考え、営業職を選びました」
2020年夏には、別の企業の営業職に転職したものの、コロナの影響が長引き、ボーナスも支給されなかった。
さらなる転職を検討していたときに、SNSで目にしたのが保育士の仕事だった。
「CA時代から子どもと接するのが好きでした。それに加えて、コロナ禍でも資格があればどこでも働けることに魅力を感じました」
「勉強時間」にも時給を支給
桜井さんは「コロナをきっかけに資格取得を考えるようになった」という。
撮影:横山耕太郎
保育士になることを決めたのは、保育園で働きながら、資格試験の勉強ができるプログラムの存在も大きかったという。
桜井さんは民間の資格スクール「ココキャリ・アカデミー」が、保育園と協働で行っている「保育士資格取得支援制度」を利用した。
この制度では、保育園で無資格の「保育助手」として働きながら、資格取得のための講義や勉強をするもので、勉強時間にも時給が支払われる。
桜井さんは現在、週に約3日は保育園に勤務し、週の3日は試験準備のための自宅でオンライン授業や自習に当てているという。
「保育士の試験は、食事の栄養からピアノまで幅広い勉強が必要になるため、試験準備に時間がかかります。その間も働きながら資格の勉強ができるので、異業種からでも挑戦しやすい」
桜井さんが働く栗原保育園には現在、保育士10人と保育助手が3人いる。桜井さんは、子どもたちと遊んだり、教室の掃除をしたりと日々の仕事に追われる日々を送っている。
「慣れないことばかりですが、改めて『子どもが好きだな』と思う毎日です。確かに、収入で考えればCAは恵まれていました。でも今は保育士としての仕事に魅力を感じています。
子どもたちにとって、保育園は小学校入学前の大事な時期。歩けるようになったり、話せるようになったりする瞬間を見るのは、やっぱり感動しますね」
資格取得制度、問い合わせ2倍に
桜井さんが利用した資格取得支援制度は、コロナ禍で注目されているという。
「2021年1月から6月の個人の資料請求・問い合わせ数は、前年比2倍に増えた。コロナで影響を受けた、接客業で働いている方からの問い合わせが増えた印象がある」
ココキャリ・アカデミーで支援事業を担当する今井真菜氏はそう話す。資格取得支援制度は2013年に、保育士不足を解消する狙いで始まった。
資格取得支援制度では、通常のココキャリア・アカデミーで保育士試験対策の受講料40万円を保育園側が負担。保育園は厚生労働省の「キャリアアップ助成金」などの補助金を費用の一部にあてているという。
「『コロナ禍でも安定した職』として、保育士に興味を持つ人が出てきていることをうれしく感じている。保育園の現場で働きながら保育士を目指せる制度をもっとアピールしていきたい」(今井氏)
資格取得支援制度についての詳細は、ココキャリ・アカデミー特待生担当(03-6427-1625)で確認できるという。
オンライン講座も受講者増加
「これから保育士」のHPを編集部キャプチャ。
オンラインでの保育士講座も利用者を増やしている。
学習塾運営の「京進」が展開するスマートフォン学習サービス「これから保育士」の、2021年3月~8月の受講者は前年比164%に増加した。
「これから保育士」は2016年にサービスを開始。コロナで休業した業界に勤める人や、非正規で働く人の受講が増えたという。
「コロナの影響で勤務シフトが減られた方など、これを機に資格を取ってより安定した仕事につきたいと考える人が増えた。完全オンラインで学べるので、フルタイムで働きながら勉強している人も多い」(これから保育士担当者)
「コロナでもどこでも働ける」メリット
コロナ禍で特に、保育士の仕事は「変化への対応力が求められるようになっている」という。
撮影:今村拓馬
現在、横浜市内の私立保育園に勤務する40代の女性・ヒロコさんも、コロナ禍の2021年3月に保育士資格を取得した。
ヒロコさんは、新卒でベンチャー企業の広報職に就き、その後20年間、エンターテイメント業界で働いてきた。
そんなヒロコさんが、畑違いの保育業界を選んだのは、自身も出産を経験し、より子どもに関わる仕事をしたいと思うようになったからだ。
「保育士は全国どこでも仕事ができるし、時短で働けば家庭との両立も十分にできる仕事。今の保育園はコロナ対応に追われていて、どこまで消毒するのか、感染防止のためにどこまで保護者の来援を制限するのかなど、どんどん対応を求められる。その変化を楽しめる人であれば、やりがいのある仕事だと思います」(ヒロコさん)
続く保育士不足
出典:厚生労働省
コロナで注目が高まっているとはいえ、保育士の人手不足は慢性的に続いている。
2021年7月の保育士の有効求人倍率は全国の平均で2.29倍、東京では3.09倍。全職種平均の1.11倍と比べると、求人倍率は高い状況が続いている。
さらに言うと、コロナを機に保育士を目指す人が出始めている一方で、保育士の資格保有者を増やすだけでは解決しないのが現状だ。
厚生労働省によると、2018年の保育士登録者数は約154万人の一方、実際に保育園などで保育士職に従事するのは約59万人にとどまる。残りの約95万人は、一度は保育士として働いたものの離職する人など「潜在保育士」となっている。
厚生労働省の担当者は次のように話す。
「現在は、保育士を確保するための対策として、➀保育士の資格取得の補助、②離職せずに働き続けるための継続支援、③一度、保育士の仕事を辞めてしまった人への再就職支援——の3つが柱になっている。今後も、保育士を確保できるように支援を続けていく」
前出の保育士・ヒロコさんも、保育士不足を解消するためには、待遇の改善が必要だと話す。
「経験を積んで昇進しても、役職についても給与が上がりにくいのは課題で、それが離職に繋がっている。中には保育士の給与だけでは家族を養えず、バイトをしている男性保育士も知っている。魅力的な仕事ではあるけれど、こうした現実を変えていかなければ、働き続けることは難しいのも事実です」
(文・横山耕太郎)