アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)の最高経営責任者(CEO)に就任したアダム・セリプスキー。
Albert Gea/Reuters
アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)の最高経営責任者(CEO)に就任したアダム・セリプスキーが移行期の雑務を終え、生産性向上アプリケーション分野で圧倒的な存在感を放つマイクロソフトの牙城を崩すべく、攻勢に転じようとしている。
ただ、低迷を続けるビデオ会議アプリ「チャイム(Chime)」に代表されるように、アマゾンのビジネスアプリラインナップはきわめて手薄で競争力を欠く。
アマゾンもその問題は認識しており、いかにしてマイクロソフトに対抗していくかの議論が同社内でくり返されてきたことを、Insiderはこれまでもたびたび報じている。
アマゾンが静かに、しかし決して手を緩めることなく、大小を問わない提携関係の構築に勤(いそ)しんできた主な理由のひとつはそこにある。
つまり、アマゾンはクラウドソフトウェア市場でマイクロソフトにいわば「代理戦争」をしかけるために、そうしたネットワーク構築を進めてきたわけだ。
例えば、2021年9月に発表した「ノーション(Notion)」との新たなパートナーシップ。同社の「オールインワン」情報管理ツールは大きな注目を集め、最新の資金調達ラウンドを経て評価額は約100億ドル(約1兆1000億円)に達している。
両社はこれから顧客の共通化を通じて関係をさらに強化していくことになる。
そうすることで、2021年6月にAWSとのパートナーシップ拡大を発表したセールスフォースや、AWSのパートナーネットワークに参画してソフトウェアを提供する小規模なスタートアップ群との相性も良くなる。
AWSはノーションとの提携発表以前から、セールスフォースやスラック、ドロップボックスらマイクロソフトの競合企業と「反乱同盟」を結成し、各社のソフトウェアをバンドルして一本化することで「Microsoft 365」に対抗する構想を検討してきた。
そうしたソフトウェア会社を巻き込むアプローチは、アマゾンにとっても、セリプスキーCEOにとっても特段目新しいものではない。
米テック専門メディア・インフォーメーションの報道によれば、セールスフォースが2016年に生産性プラットフォーム「クイップ(Quip)」を買収する際、セリプスキーはアンディー・ジャシーCEO(当時)に続くAWSの最高経営幹部として、セールスフォースとの共同交渉をけん引するとともに、AWSとセールスフォースのクラウド契約を成立させるうえでも重要な役割を果たしたという。
こうしたアマゾンのパートナーシップ構築戦略がマイクロソフトに真の脅威をもたらすかどうかはともかく、ソフトウェア会社との関係を深めたり新たに構築したりし続けることは、少なくともAWSがクラウド市場でトップシェアを維持するのに寄与する取り組みであると、専門家は指摘する。
クラウドへの移行は単にITインフラを変更するだけの話ではなく、どの企業も新たに選んだクラウドプラットフォームと相性の良い「使える」ソフトウェアまで求めるようになっている。その意味で、ソフトウェア会社のネットワーク強化はアマゾンのクラウドビジネス強化にもつながるというわけだ。
米調査会社ガートナーのエド・アンダーソンによれば、マイクロソフトはクラウドコンピューティングサービス「アジュール(Azure)」と、生産性ツール「Office」スイートやビデオ会議アプリ「チームズ(Teams)」を組み合わせて提案するなど、インフラとソフトウェアの両ルートを通じて顧客を獲得している。
「アマゾンが競争力を発揮できる強固なポジションを獲得するには、同様にインフラとソフトウェアの両方について導入を検討している顧客にアピールする必要があります。だからこそ、アマゾンには(ソフトウェア会社という)パートナーが必要なのです」
ノーションのように比較的小規模なソフトウェア会社とのパートナーシップは、AWSのサービス導入に興味を抱いた顧客に対し、同社のプラットフォームが外部のツールと完全に統合されており、さまざまなソフトウェアソリューションの選択肢が用意されていることを示すのに役立つ。
それに、顧客関係管理(CRM)ツール「フレッシュワークス(Freshworks)」やデータ管理ツール「コヘジティ(Cohesity)」のように、ソフトウェアの開発を手がけるスタートアップがAWSを活用して新たなプロダクトを生み出してくれれば、その成長後にAWSをクラウドサービスの選択肢として選んでくれる可能性も相当に高まる。
米調査会社フューチュラム・リサーチ(Futurum Research)のダン・ニューマンは次のように指摘する。
「スタートアップに当初から組むべきパートナーと評価されるパートナーシップのあり方は、きわめてスケーラブルと言えます。その理由は“粘着性”の高さ。スタートアップが(最初に選んだ)エコシステムから離脱するのはとても難しいことなのです」
もちろん、スタートアップ側にとっても、AWSとの協業は大きなチャンスとなる。米投資銀行ベアード(Baird)のロブ・オリバーはこう分析する。
「ソフトウェアベンダーにはAWSに近づく理由があります。エンジニアリングにおける関係強化、販売チャネルの拡大、AWS利用時の優先的なステータスなどがそれです」
実際、アマゾンはソフトウェア開発を手がけるスタートアップが持つ可能性をしっかり認識していて、「サース(SaaS)ファクトリー」のようなプログラムを立ち上げ、メンタリングやリソースの提供、さらには法人顧客とのマッチングなど手厚い支援を行っている。
ログ管理ソリューションの「スモーロジック(Sumo Logic)」はまさにそのプログラムを活用して成長を遂げたスタートアップで、現在の評価額は17億5000万ドル(約1900億円)に達する。
ただし、AWSとの協業にはある面でリスクも伴う。AWSが競合企業やパートナーのプロダクトを「パクっている」との疑念は今日もなお消えないからだ。
とはいえ、スタートアップとAWSの協業は最終的には双方に利益をもたらす可能性が高い。競合する巨人マイクロソフトもアジュールを活用してソフトウェア開発に取り組むスタートアップへのアピールを強化しつつある昨今はなおさらだ。
テクノロジー専門の調査会社ヴァルアール(Valoir)のレベッカ・ヴィッテマンはこう強調する。
「AWSにとっては、そんな激しい競争のさなかだからこそ、効率的に戦い、スケールアップを実現していくためにソフトウェア会社を巻き込んだエコシステムの構築が不可欠なのです」
(翻訳・編集:川村力)