北海道大樹町、和歌山県串本町、大分県国東市……。
これらの町は、飛行機が空港から離発着するように、ロケットや宇宙船を打ち上げる宇宙港(スペースポート)の整備に乗り出している自治体だ。
スペースポートを中心として、宇宙産業の事業者の誘致や打ち上げを見ようとする観光客を呼び込もうとしている。
アジアで広がる「スペースポート構想」
国内外で運用が開始されている、または開港に向けて整備や検討が進められているスペースポートの一覧「SPACEPORT MAP」。
一般社団法人Space Port Japan
2020年に打ち上げられた小型衛星は世界で350機。PwCのレポート によると2030年には年間1000機の小型衛星が打ち上げられると予想されている。
人工衛星が観測するデータの需要増にともない、小型衛星の打上げが増えているのだ。
しかしその反面、不足しているのが打上げ用のロケットと、それを打ち上げる「射場」。
アメリカとイギリスでは、政府や宇宙関連企業が出資してロケットの発射設備を持つ「スペースポート」が開港された。それに続こうとアジアでは、シンガポールとマレーシアがスペースポートを建設する計画を打ち出した。
実は日本国内でも、複数の自治体が「スペースポート」を開港しようと手を挙げはじめている。
宇宙産業の発展には「町づくり」が欠かせない?
大樹町には、北海道スペースポートとロケットの打ち上げを目視できる見学場も用意されている。
撮影:井上榛香
スペースポートはどこにでも建設できるわけではない。
ロケットは打上げ時のエネルギーを節約するために、地球の「自転」を利用する。
そのため、基本的に打ち上げる方向は東向きだ(打ち上げる衛星の種類によっては南向きになることも)。
スペースポートを整備するには、東側(あるいは南側)に開けた平坦な土地が必要となる。さらに、打上げ時には発射音や震動が響くため、人口密集地は避けなければならない。
その一方、宇宙産業の発展を考えると、都市からのアクセスが良く、関係者が滞在できる周辺環境が整備されていることも必要だ。
これらの条件が揃っている場所を見つけるのは難しく、インターステラテクノロジズ(IST)を創業し、ロケットの開発を進めているホリエモンこと堀江貴文氏も、創業時には射場の選定に悩んだという。
「なつのロケット団(ISTの前身にあたる有志団体)が10年前に初めてロケットの打上げ実験を行った頃は、今のようにSNSが普及していなかったので、射場を探すのに苦労しました。鹿児島の内之浦にも見学に行きましたし、遊園地の跡地が使えないかと検討したこともあります。(今ISTがロケットを打ち上げている)北海道大樹町はエンジンの燃焼実験で北海道に来たときに、人づてに教えてもらい、やっと出会えた町です」(堀江氏)
堀江氏は、そんな大樹町を「宇宙の町」として発展させようと、自らプロデュースした飲食店をオープンさせるなど、「町づくり」に積極的だ。
「人材の定着や働き方のことを考えると、やはり町を作っていく必要があります。『こういうふうな未来が来るから、こんな準備をしておかないといけない』と考えるのが私の役割だと思っています。」(堀江氏)
シリコンバレーにIT企業が集積し、多くの先端技術が生み出されていったように、宇宙関連企業が集まる「町」というインフラを整えることが、宇宙産業の発展を後押しするというわけだ。
創業当時のISTの従業員数は十数人だったが、今や60人。従業員の家族を含めると、大樹町の人口約5500人の2%がISTの関係者にあたる。
北海道スペースポートの経済波及効果は267億円
大樹町の宇宙交流センター。大樹町で実施された実験や取組みを知ってもらうために開設された。
撮影:井上榛香
大樹町では、2021年4月に新たに「北海道スペースポート」を開港。民間企業が利用できるスペースポートはアジア初だ。
大樹町の酒森正人町長は、ロケットの打上げ企業や衛星の開発企業、衛星が取得したデータを用いたビジネスを行う企業の誘致、観光や教育面での活用を考えているという。
「北海道スペースポートが起点となり、宇宙関連産業が大樹町・北海道に集積することで雇用が創出され、地方への新たな人の流れが生まれ、人口も増加に転じるなど地方創生の起爆剤になることを期待しています。」(太樹町長 酒森氏)
大樹町がスペースポートの開港に漕ぎ着けられた背景には、35年以上にわたって宇宙開発に取り組んできた歴史がある。
始まりは、1984年に北海道東北開発公庫(現:日本政策投資銀行)が「航空宇宙産業基地構想」発表したのを受けて、当時の太樹町長を中心に進められた誘致運動だ。
1995年には全長1000mの滑走路を備えた「大樹町多目的航空公園」が整備されるなど、今ではJAXAをはじめ、大学、企業が様々な航空宇宙関連の実験を大樹町で行っている。
大樹町の滑走路。より多くの航空宇宙実験を実施できるように、1300mに延伸される予定。
提供:北海道スペースポート
日本政策投資銀行と北海道経済連合会の調査 によると、北海道スペースポートが整備されることで得られる道内の経済波及効果は年間267億円。
打ち上げ費用や射場の運営・維持管理にかかる費用、観光客の宿泊や交通費など支出に関係する「直接効果」が155億円、現地での材料購入などによって誘発される「間接一次効果」が66億円。雇用による所得の増加によって、地域での消費・支出が増える「間接二次効果」は46億円だ。
また、約2300人の雇用を誘発し、観光客も約17万人増加すると推定されている。
現在のところ大樹町に本社を構え動いている宇宙関連企業はISTの1社だが、2020年には室蘭工業大学が大樹町にサテライトキャンパスを設置するなど、新たな動きも広がっている。
射場のシェアリングサービス。費用はふるさと納税と交付金を活用
北海道スペースポートの完成イメージ
提供:北海道スペースポート
大樹町はスペースポートの開港と同時に、射場や滑走路などの設備を国内外の企業や団体に貸し出す計画を発表 した。ロケットが打ち上げられる度に企業から支払われる使用料を収益としたビジネスを進め、さらに設備を拡大していく方針だ。
2021年4月にはその運営母体として、大樹町やIST、さらに道内の企業から出資を受けたスペースコタンが設立された。
会見資料のキャプチャー。
提供:北海道スペースポート
計画では、まずISTの新型ロケットを打ち上げる射場を2023年までに整備。工事にかかる10億円の費用は、ふるさと納税と地方創生交付金で賄う。2021年8月の段階で、ふるさと納税での目標金額の半分にあたる2億5300万円が集まっているという。
この他にも、10月4日には滑走路と交流施設の命名権(ネーミングライツ)の販売を開始したり、PR費用をクラウドファンディングで募り始めたりと、ユニークな方法で資金調達に挑んでいる。
「4月に北海道スペースポートを本格稼動させ、7月にはIST社が2回連続で打上げを成功させたことにより、町民の方々にも、町として進めてきた宇宙のまちづくりが新たなステージに進んだことを感じていただき、応援や激励、期待の声を寄せていただいています。」(太樹町長 酒森氏)
和歌山や大分もスペースポートを整備中
スペースポートの整備を進めているのは、大樹町だけではない。
和歌山県串本町では、スペースワンが「紀伊スペースポート」の整備を進めている。スペースワンは、小型ロケットで衛星を打ち上げるサービスを計画するベンチャー企業。
スペースワンの担当者によると、打上げ場所から南方や東方に陸地や島がないことや本州の工場からの陸上輸送が容易なこと、地元に歓迎されていることが決め手となり、串本町を宇宙港の建設地に選んだという。ロケットの打上げは、2021年度内に開始され、2020年代半ばには年間20機を打ち上げる予定だ。
和歌山県は、スペースポートを整備することによる経済波及効果は10年間で670億円に上ると見込んでいる( 参考)。
2021年7月11日(現地時間)に宇宙旅行を成功させたことで話題になったVirgin Galacticのグループ企業であるVirgin Orbitにパートナーシップを締結している大分県では、国東市にある大分空港から衛星を打ち上げる構想を発表している。
Virgin Orbitは、改修した航空機から小型ロケットを発射して衛星を打ち上げる方法を採用しているため、既存の空港の滑走路を活用できる点が利点だ。
2019年7月に行われたVirgin Orbitの飛行テストの様子。2021年1月17日(現地時間)に初めて衛星の軌道投入を成功させ、6月末に商業打ち上げを開始している。
Virgin Orbit/Greg Robinson
大分県先端技術挑戦課によると、打ち上げ開始から5年間で約102億円の経済波及効果が見込まれているという。ロケットの打ち上げは最速で2022年から始まる。
スペースポートの開港に向けた取り組みは世界各国で行われているが、これほど多くの地域で整備が進められている国は少ない。
欧米に比べて、宇宙旅行の実現などの派手な成果がない日本の宇宙産業だが、地方創生を出発点に世界の宇宙産業の「ハブ」を目指せるチャンスが巡ってきていると言えそうだ。
(文・井上榛香)