提供:コープさっぽろ
持続可能な社会の実現とビジネスの両立に取り組む企業を表彰する新たなアワード「Beyond Sustainability(ビヨンド・サステナビリティ)」。その中で、「地域資本主義を実践、SDGsのパイオニア“生協”大解剖」と題したトークセッションを展開。
登壇したのは、ローカル部門で受賞した生活共同組合コープさっぽろ理事長の大見英明さんと、同理事で早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄さんだ。
小さな経済圏を確立し地域をつなぐ生協は、社会貢献とビジネスをどのように両立しているのか? Business Insider Japan副編集長の常盤亜由子が聞いた。
189万人の道民が参加する“自律的な半官半民の組織”
──まずは生活協同組合(生協)の仕組みを教えてください。株式会社とどう違うのでしょうか?
大見英明さん(以下、大見): 生協は産業革命後の1844年、イギリスのマンチェスターで産声を上げました。
当時、産業革命によって隆盛した繊維織物工場にイギリス全土から労働者が集まったのですが、工場の売店では粗悪な商品しか買えませんでした。それで10数名の有志の労働者が1ポンドずつ出し合って自分たちで食べ物を調達しようと組織を作りました。これが生協の始まりです。
一人の資本家が資金を出して、あるいは複数の資本家から資金を集めて事業を起こし、たくさんの労働者を安い賃金で支配することで富を築き上げる私企業ではなく、一人ひとりの消費者が組合員としてお金を出し合って組織を作り、運営し、なおかつ利用するという3つの枠組みで事業を回しています。
──コープさっぽろはどのような組織なのですか?
大見:我々は北海道在住の組合員から出資を受けて、北海道全域を商圏としてさまざまなビジネスを展開しています。
生協は地域住民が参加している自律した組織なので、生協法で活動できる範囲が決められています。コープさっぽろの場合、北海道の外では活動できません。
コープさっぽろに参加している組合員は約189万人。北海道の世帯数は約276万人なので、道内世帯数の68%はうちの組合員ということです。理事はその組合員から選挙で選ばれて経営業務を委託代行している経営者という立ち位置です。
189万人もの組合員が参加しており、自律的な組織風土があるので、行政の手が回らない案件までやります。その意味では半官半民のような組織とも言えます。
入山章栄さん(以下、入山):今、大見さんがおっしゃったことは非常に重要なポイントです。コープさっぽろは行政と民間の中間に立ち、結果として民間の経営力を使って行政が担えなくなってきた案件を肩代わりしています。
つまり行政に代わってより効率的に、大規模に、効果的に問題解決に取り組み、成果を出しているのがコープさっぽろの1つのあり方なんです。
事例の1つに、小学校のランチの配食事業があります。北海道の複数の市では給食事業を維持するのが難しくなっています。そこでもともと食を手掛ける組織で、大量の料理が作れて、道内に張り巡らされた非常に強い流通網を持っているコープさっぽろが、行政の代わりに小学校の子どもたちに温かいランチの配送事業を始めました。
これはまさにコープさっぽろにしかできない事業です。
行動原理は「社会に役立つことだけやる」
(左上から時計回りに)古紙100%のリサイクル紙袋、コープさっぽろ全店に設置されたマイボトルを推進する棚、マイボトルアクションのイメージカット、事業所や組合員家庭から出る資源を回収しリサイクルにつなげる「エコセンター」。
提供:コープさっぽろ
── 経営の現場では「選択と集中」がよく言われますが、コープさっぽろはリサイクル施設である「エコセンター」を作ったり、脱プラや電力供給まで手掛けるなど、幅広い取り組みを行っています。入山先生はこれを経営学的な視点からはどうご覧になっていますか。
入山:一見、手当り次第に事業をしているように見えますが、コープさっぽろはきちんと選択をしています。その基本軸は、「社会の役に立つことだけを手掛けよう」ということです。
日本はこれから世界屈指の課題先進国になりますが、その中で最も課題を抱えているのは北海道です。
コープさっぽろは協同組合という民間の仕組みを使って社会の困りごとの解決に取り組むことで社会貢献しつつ、ビジネスとしても成立させ、さらにその利益をまた社会に還元しているのです。
大見:我々の行動原理は「今よりも北海道を、ひいては世の中をよくする」ことです。この原点をなくしたら普通の民間企業と変わらないので、何よりも大事にして行動しています。
経営破綻からV字回復。組織構築のお手本はニトリ
生活共同組合コープさっぽろ理事長の大見英明さん。「公序良俗に反しないで社会貢献になることはすべてやる」と言う。
出典:Beyond Sustainability
──コープさっぽろは1998年に実質的に経営破綻してからV字回復し、売上高は20年で2倍以上になりました。大見さんは2007年より理事長に就任されて、どのように立て直したのでしょうか。
大見:当時、事業規模1500億円で400億円以上の赤字という壊滅的な経営状況の中で、まず大規模リストラを実施し、全国の生協から支援も10年間受けました。
ただし立て直しできた最大の理由は、地域の人々がコープさっぽろを見捨てなかったことだと思います。
地域の人々のためになる事業だけに集中し、出た利益はさらにそのような事業に再投資し、できるだけ地域の人たちに還元しました。
業績が向上すると出資金も積み上がりました。これはスウェーデン、ノルウェー、フィンランドなどの北欧の国々を手本にしています。
北欧三国では、コープ(生活協同組合)が食料品関連ビジネスで30%をはるかに超えるシェアを占めています。世界的に見ても類のないこのようなケースをなぜ実現できたか。北欧三国のコープのトップに聞いたところ、一様に「どんどん社会に、組合員に還元しなさい」と答えました。
日本ではよく経団連などが、企業の社会還元は利益の1%でいいと話しますが、北欧三国のコープのトップは10%でも20%でも還元しなさいと平気で言います。
このような規模感で、得た利益を地域に還元していくと、最終的にはその地域に住んでいる人々に利便が提供されます。それで組織が大きくなることに対して抵抗感がなくなり、いつの間にか競合もいなくなり、ほぼ独占状態になったそうです。
食料品以外でも、例えばフィンランドコープはガソリンスタンドでも外食産業でもホテル事業でも国内シェアナンバー1を誇っています。さらに驚くべきは、年間約483億円の経常利益のうち、約130億円を再生エネルギーの風力発電に投資し、国全体の再生エネルギーの約30%を占めているんです。
これも、地域の組合員のコンセンサスさえ取れれば、民や官という区分ではなく、自分たちでできることはどんどんやり、その結果得た資産は組合員の共有財産という考え方だから実現できています。
現在我々も、これまで支えてくれた地域の人々にどこまでお返しができるか、彼らの期待に応えるために何をするかという視点で経営しています。
──ほかにV字回復のために行った施策は?
大見:全事業で業績向上のために改善を繰り返してきたことや、事業領域が広がる中で、最先端の取り組みを実践している企業から学び続けてきたことです。またそれに伴い、従業員には経営に必要な教育を提供してきました。
──例えばベンチマークにしているのはどのような企業なのでしょうか?
大見:1つは北海道出身ということもあり、ニトリさんとはずっと親しくさせてもらっています。ニトリさんはすべての事業をアウトソースしないで自前で行っています。それによって自社に事業の経験値が蓄積し、会社自体がレベルアップし、事業も成長します。
我々も小売業がメインでありながら、生産から物流まで一気通貫で手掛けているので、ニトリさんの組織構造を参考にしてバーティカル・インテグレーション型の組織をこの10年ほどで構築しました。そのために従業員教育も必要不可欠なので、アントレプレナーシップ型の教育も導入しています。
──生協のセッションでアントレプレナーシップという言葉が出るとは予想しませんでした。
入山: SDGsや社会貢献は、誰でもできる簡単な取り組みもある一方で、大きな組織だからこそできる案件もあります。
先ほどの小学校へのスクールランチ配送も、誰でも簡単にできる事業ではありません。道内に張り巡らせた物流網など、強力な地力や人材を有し、しかも常に最先端の分野を意識して取り組んでいるからこそ社会貢献的事業ができる。大見さんの話を聞いて改めてそう思いました。
早稲田大学ビジネススクール教授でコープさっぽろ理事の入山章栄さん。コープさっぽろは社会の困りごとをビジネスとして成立させていると言う。
出典:Beyond Sustainability
「四方良し」のサステナビリティは実現できる
──現在、世界中で旧来型の資本主義が限界を迎え、それをどうカスタマイズして社会を回すかが議論されています。今回のお話を伺って印象を強くしたのは、生協モデルはその有力な解決策になり得るということです。最後に大見さん、今後のコープさっぽろの展望についてお聞かせください。
大見:資源リサイクルの取り組みを始めた時、リサイクル事業のビジネス構造の調査をすると、再資源化物(※)収集は人と車両のコストが6割を占めることが分かりました。
※古紙、カン、ビン、ペットボトルなどの再利用できる資源
我々は道内に店舗を持ち、トラックなどの物流も自前で完備しているので、各店舗に商品を配達した帰りに店舗から出たゴミを運べば、1カ所に無料で集めることができます。これを実施した結果、6割のコストをなくすことができ、リサイクルエコセンターは年間約5億円を売り上げ、売上高経常利益率は56%、2億数千万円の収益を達成できました。
そしてその収益を、新生児が生まれた組合員に3万円相当のベビー用品一式をプレゼントする「ファーストチャイルドボックス」という子育て支援に使っています。
つまり、既存の組合員から新しい子育て世代へプレゼントするというサイクルが回っていて、コープさっぽろという組織の中で利益を再配分しているわけです。
新生児が生まれた組合員も嬉しいし、既存の組合員はリサイクルに協力すればするほど子育て支援ができ、社会貢献になります。そして、北海道の179の市町村が実施している細分化された行政権益ビジネスの一部を我々コープさっぽろが肩代わりすることで、行政の負担が軽減されます。
このような取り組みによって、組合員・コープさっぽろ・取引先・行政の「四方良し」になる。これこそが真のサステナビリティだと思っています。さまざまな既得権益を縦横につないで再構成すれば、ビジネスモデルとしてもSDGsは実現できるんです。
SDGsは持続性を担保できなければならないので、今後もしっかり収益を上げられるビジネスモデルを作っていきたいと考えています。
──入山先生、今のお話を伺って、これからコープさっぽろに期待することは?
入山:私は理事になってまだ1年ほどですが、コープさっぽろのやり方には感銘を受けています。
コープさっぽろという組織の強みを活かして社会問題を解決し、「それならこの問題も解決できる」というように、できることがどんどんつながっている。新しい地図を作る過程を目撃しているようです。
経営者である大見さんの力も大きいと思いますが、コープさっぽろの取り組みは、今後の日本や世界に提示できる一つのモデルだと確信しています。
(文・山下久猛)